第五話 講習④
それから三日後。フウガの講習を受けた三人は、このあと予定が入っているというフウガとホテルで別れ、事務所に顔を出すために駅に向かって歩いていた。
「なんか……、すごかったっスね」
「僕も……、かなりショックでした」
今日得た学びの衝撃からまだ立ち直れていないのか、トウマとカナタが呆然とした様子で先ほどの講習を振り返る。
「今までの常識をすべてひっくり返された気分です」
「オレ、今までの彼女たちには、指入れてすぐに動かしてました」
放心状態にある二人の呟きは、迅にも身に覚えのあるものだった。
性感マッサージの講習を受けると、今まで女性に対してどれだけ自分本位な行為をしていたのか、冷水を浴びせられた気分に陥るのだ。
「オレも、はじめて講習を受けた時にはびっくりしたよ。自分が今まで信じていたものはなんだったんだろう、って」
みんなそうだからこれから学んでいけばいいと、迅は苦笑しながら励ましの言葉をかける。
自分が信じていたものが真逆だった時の精神的ダメージは計り知れないものがある。
「あれは、フウガさんだからですか? それとも、セラピストならあれくらいのテクニックはもっていて当然、のレベルなんですか?」
「まぁ、フウガだから、かなぁ……」
怖々と窺ってくるカナタに、迅は悩ましげに眉を下げる。
フウガが特別なのだと思いたい気持ちはよくわかる。むしろ、すでに一年近くセラピストをしている迅のほうが受けたショックは大きいのではないかと思う。
ミサトが、学びになるから一度見てみるといいと言っていた理由がよくわかった。関西で人気だったことも頷ける。
新人二人の手前、先輩セラピストとして平静を保っているものの、本当は放心状態に陥ってしまいそうなほどの衝撃が残っていた。
それほどフウガの性感技術は卓越しており、とても一朝一夕で学んで盗めるようなレベルではなかった。
――『ごめんね。傷つけるかもしれないけど、迅のために最後に言っておいたほうがいいかなと思うことがあって』
ふいに、一年以上も前に別れた彼女から、別れ際に告げられた言葉が頭の中に甦った。
――『大切にしてくれているのはわかるけど、エッチの時、なにも感じられなくてずっと苦痛だった。でも、言い出せなかった。次の彼女のためにも……、結果的に、迅のためにもなると思うから』
ようするに、ベッドでの行為が下手で実はずっと演技をしていたのだと告白され、別れ話そのものよりもショックを受けて放心した。
――セラピストになれば。
それがこの仕事をはじめるに至った動機の一つになったことは間違いない。
女性向け風俗の世界に飛び込み、セラピストになるための性感マッサージの技術講習を受ければ、「上手く」なれるかと思った。
実際はそんなに単純なものではなかったが、それでも元々の真面目な気質もあり、努力の甲斐あって性感技術に関しても一定の評価を得られるようにはなっていた。
だが、フウガの技術を見せつけられ、自分の未熟さを思い知らされた。
正直に言えば、悔しかった。
フウガの鮮やかで巧みな技量に比べたら、迅のテクニックなど素人を少し抜け出した程度のものだと感じた。
それと同時に、まだまだ成長する余地があるのだと、前向きに捉えることができるとも自分に言い聞かせる。
「だからって、オレたちもそこを目指さないといけない。むしろ追い越すくらいでないと」
ミサトが言っていたように、ワンランク上のサービス提供を追求するのなら、このままでいいわけがない。
迅は気合いを入れ直し、みんなで頑張ろうと声をかける。
「はい。頑張ります」
「けど、あんまり自信はないですね……」
素直に頷いたトウマの一方で、カナタは発言通り自信なさげな表情を向けてくる。
どうしたら前向きにさせられるかと考えて、迅は先ほどの講習風景を思い出しながら、まずは年長者のトウマへ声をかける。
「そういえば、トウマくんは、フウガに直されてすぐに修正できていた気がするんだけど、マッサージの経験とかあったりするの?」
「あー……、スポーツマッサージをちょっとかじったことがありまして」
「なるほどね。それで」
元々の素質はもちろん影響するが、それでもカナタよりもトウマのほうが技術の吸収力が高かったのは、そういった基礎があったからなのかと納得する。
カナタも決して不器用には見えなかったが、緊張していたせいもあるのか、一つ一つの動きがぎこちなかった気はしている。
「どうやったらテクニック磨けますか? ハウツー動画を見たりとか? やっぱり実践あるのみ、ですか?」
やる気はある。
息継ぐ間もない勢いでアドバイスを求めてくるカナタに、この向上心があれば大丈夫だろうと思った。
先輩セラピストして、自分にはなにができるだろうか。
「もちろん向き不向きはあるけど、やっぱり根本的には回数をこなさないとだよね。性感も強いほうがよかったり弱いほうがよかったり、女性によって好みは全然違うから、女性の反応やしぐさで柔軟に変えていく必要があるわけで」
「……ですよね」
「でも、知識はないよりはあったほうが全然いいから! よければ、オレが新人の頃に参考にしていた動画のURLとか送ろうか?」
「お願いします!」
女性の身体が誰一人として同じではない以上、技術向上のためには絶対的に実践が必要だが、それでも一度の実技で十を学ぶか百を学ぶかでは成長に雲泥の差が出てくる。
知識だけ増やした結果、頭でっかちになったりするのは困りものだが、基礎知識があるのとないのとでは実践に入った時の吸収力が変わってくるだろう。
迅の提案にほっとした様子で縋るような声を上げたカナタの素直な反応に、迅はいい子が入ったと嬉しく思った。
「このあと二人にはモニターテストが待ってる。いわゆる実践だね。それに合格すれば晴れてデビューだ」
モニターテストというのは、モニターとなってくれたお客様に実際の施術を受けてもらうことはもちろん、合流から解散までの一通りの流れやマナーを見てもらい、それぞれの項目に点数をつけてもらうというものだ。
迅が前に所属していた店では、二人以上のモニター女性から二回七十点以上を出してもらえれば合格、という判断基準だったのだが、ミサトはどこまでのレベルを設定しているのだろうか。
「合格点が取れるように応援してる」
セラピストになるためには、ここが最後で最大の難関だ。
ここで合格点に達しなければセラピストとしてデビューすることはできない。
とにかく頑張ってほしいと願う迅へ、カナタが真面目な顔と真剣な瞳で尋ねてくる。
「どんなところに気をつけたらいい、とかありますか?」
「……そうだなぁ……」
迅の話がどこまで参考になるかはわからないが、思いつく限りのことを話して聞かせていく。
そうして一段落がついたところで、迅は激励も兼ねて二人へ笑顔を向けた。
「二人ともテストをパスして、いよいよオープンだ」




