第五話 講習①
結局、研修モデルをしてくれる女性が見つからないまま、一週間がたってしまった。
つまり、それがどういうことを意味しているかと言えば。
(き、気まずい……)
研修所となるラブホテルに向かいながら、迅の足は少しずつ重くなっていく。
研修モデルというのは、デビュー前のセラピストが実技講習を受ける際に、身体を貸してくれる女性のことだ。
基本的にはなにもすることはなく、マグロ状態でただされるがままになっているだけでいいのだが、講師であるセラピストから施術を受けることからはじまり、それを見ていたデビュー前の未熟なセラピストの卵たちから施術の練習台にされることになるわけで、いくら多少の報酬が出るとは言っても、なかなか協力してくれる女性はいなかった。
その研修モデルを、今回、ミサトがするという。
もはや一分一秒でも時間を無駄にすることはできず、背に腹は代えられない状況とはいえ、さすがに考えさせられるものがある。
迅もフウガも、過去にはミサトへ「お客様」として施術をしたことがあるわけだが、今は雇い主と雇われる側――迅に至ってはほぼ対等と言ってもいい関係を築いているわけで、そんなミサトに今さらあれこれするというのは、どうにも気が引けてしまった。
フウガのテクニックが気になることはたしかだが、今回ばかりは研修参加を見送ろうかと、ここまできてもまだ悩んでしまっている。
迅が気にしすぎなだけで、講師となるフウガは完全に割り切っているのだろうか。
足取りは重くともホテルに着いてしまい、迅は大きな溜め息を一つ落とすと、指定された部屋に向かう。
余裕をもって家を出たはずが、扉横のチャイムを押す際に見えた腕時計は、約束の時間五分前を示していた。
「もうみんな揃ってるわよ。あなたが最後だなんて珍しいわね」
「え? オレが最後ですか。すみません。まだ少し時間はあるのに、新人さんは二人とも優秀ですね」
既にバスローブ姿になって迅を出迎えてくれたミサトは楽しそうに笑っているが、いつもの迅が早め早めの行動を取っているだけで、実際は今日もまだ少し時間的余裕はある。
ミサトとフウガが講習の準備で先に来ているのは当然だが、残りの二人が時間前行動をしていることには、当たり前だと思いつつも、素直な感嘆が洩れた。
これが実際にセラピストとして呼ばれた時のことを想定すると、お客様との待ち合わせに遅れることは、重大な過失になる。
「それじゃあ、全員揃ったところで、まずは自己紹介からかしら?」
ラブホテル特有の大きなベッドを背景に、ミサトがそれぞれの顔を見回しながら朗らかに笑う。
今日は複数人の研修ということで、複数人でも入ることができる広めの特別な部屋を抑えたため、これだけの人数がいても窮屈な感じはしなかった。
「私のことはいいわよね。そしたら、フウガから」
ミサトは、この中で唯一、すでに全員と顔見知りだ。
初めて会う者同士の自己紹介は必要だが、時間がもったいないからと話を振られたフウガは、以前会った時と変わらず、淡々と新人二人へ向き直る。
「本日講師を担当する、フウガです。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします!」
「お願いします!」
フウガに応えて挨拶する二人からは、当たり前だが緊張している様子が窺えた。
変に気合いの入った声もそうだが、全体的に挙動がすべて強張っている。
普通の会社の新入社員も、勤務一日目は緊張するものだ。特殊すぎるこの仕事においては、それ以上だろう。
「次は……」
ちら、と迅へ視線を投げてきたミサトが、目だけで「どうぞ」と促してくる。
なにか悩む様子を見せたその間の意味を、迅はすぐに理解して、ほのかな苦笑を零すと新人二人へ笑顔を向ける。
その件にかんしては、少し前から迅もきちんと考えていた。
「ジン、です。ミサトさんと一緒にお店の運営に携わりながら、セラピストとしても活動していく予定です。セラピスト歴は一年ほどですが、今日は技術向上のために参加することにしました。よろしくお願いします」
迅が名乗った源氏名に、ミサトは少しだけ驚いた様子を見せ、フウガはフウガで迅の決断を冷静に受け入れる。
前店との絡みもあって以前使っていた源氏名を使うわけにもいかず、ずっと悩んでいたのだが、すでに「ジン」で馴染んでしまったこともあり、そのまま本名を使うことにした。本名を源氏名にしたとしても、とくに問題はないだろう。
「トウマ、です。二十八歳です。めちゃくちゃ緊張してます! 今日はよろしくお願いします!」
迅の次に緊張の面持ちで挨拶したのは、六人の応募者の中から唯一採用した青年だった。
もはや履歴書に記載されていた名前は覚えていないが、そんな名前ではなかった気がするから、ミサトに言われて考えてきた源氏名なのだろう。
そして、最後の一人。ミサトがバーでナンパして引き込んだという青年を前にして、迅の目はわずかに見開いた。
部屋に入った瞬間からすでに目を惹かれていたが、こうして見るとミサトが「イケメン」だと興奮していた理由がよくわかる。
肌には透明感があり、中性的な綺麗な顔立ちをしている。少し長めの黒い髪はさらりと流れ、ミサトが言っていたようにアイドルをしていても不思議ではない、女性がもっとも喜びそうな容姿をしていた。
「カナタです。先日、二十四歳になりました。よろしくお願いします」
名乗った源氏名さえも中性的で、すらりとした体型に合っている。
これは本当に、思わずナンパしてしまったというミサトのお手柄に違いない。
「それでは講習を始めていきます。さっそくだけど、お客様を部屋に案内するところから。しっかり見ておいて。必要であればメモして」




