第四話 仲間④
「迅! ラブホちゃん! ただいま!」
ミサトはいつも通りパワフルだが、それに加えて今日は一回り機嫌が良さそうだった。
「もう一人、セラピスト候補になる良さそうな子を見つけたわ!」
明るい笑顔と声が届き、迅の目は見開いた。
それが本当であれば、ミサトがなぜ機嫌が良いのか理解できる。
先日面接をした青年と、ミサトが見つけてきたという人物が本採用になれば、セラピストは四人になる。
とりあえず四人いれば、新規店オープンの体裁は保たれるだろう。
「ほんとですか? それはよかったです」
「どこで見つけたんですか?」
ミサトに対してはにこにこと嬉しそうに笑うラブホの態度には微妙な気持ちを抱きながら、迅はミサトへ丸い目を向ける。
ミサトの交流関係が広いことは知っているが、そう簡単に声をかけられるものではないだろう。
「昨日行ったバーでナンパしたの」
「バーで!? ナンパ!?」
ほろ酔い状態で気分がよくなり、つい勢いで隣の席に座っていた若い子に声をかけてしまったのだと、ミサトはあっけらかんと笑う。
「それが、意外と食いつきがよくて!」
話の流れで女性向け風俗の話をしたところ、真剣に耳を傾けてくれたかと思えば、興味があると言い出したのだという。
「二十四歳だって言ってたわ。アイドルみたいに可愛いイケメンだから、期待できるわよ」
「たしかに、イケメン枠はほしいですよね」
語尾にハートマークがついていそうなミサトに続き、ラブホがしみじみと頷きながら同意して、迅の胸には複雑な思いが浮かぶ。
迅は、自分のことを決してイケメンだとは思っていない。そして、客観的に見て、フウガも先日の青年もキラキラアイドル系の容姿はしていない。
自覚はしていても、そんなふうに二人で嬉しそうに盛り上がられると立場がなくなってしまう。
「え? もしかして、もう入店決定ですか?」
「もちろんよ! こういう出逢いは運だし、勢いも大事だから。研修の日取りが決まったら連絡するって伝えてあるわ」
「わかりました」
「しかも、その子、顔出しもオーケーって!」
興奮気味に付け足された言葉に、迅の目は驚きで丸くなる。
堂々と顔を晒してこの仕事をしている者はあまりいない。
いったいなんの仕事をしているのか――もしかしたらフリーターかなにかだろうか――知らないが、若気の至りではないかと心配になってしまう。
「それは……、逆パネマジにならないようにしないとですね」
逆パネマジとは、読んで字の如く、ゼラピストの紹介ページに掲載されている写真よりも、いざ現れた青年がびっくりするほどのイケメンだった、という現象だ。
それはそれで初めて会った瞬間に喜びが倍増するというもので、悪い意味ばかりではないと思うのだが、集客の即行性を考えると、イケメンは出せるものならば全部出したほうがいいという見解だ。
そう考えると、先ほどラブホが言っていたように、イケメンはその魅力を最大限に発揮するために、プロのカメラマンに撮ってもらうのもありなのかもしれなかった。
「これで、一応、四人、ですね」
「本当はもう一人か二人ほしいところだけど……」
油断大敵だと警戒しながら、それでもなんとか間に合いそうかと安堵を見せるラブホに向かい、ミサトは静かに頷きながら悔しそうな顔をする。
セラピストとしてデビューして、三ヵ月たってもまだ残っている率はどれくらいだろうか。
この仕事を続けられる者はそう多くはない。
ミサトの気持ちはよくわかるが、焦りは禁物だ。
「とりあえずもう待ってはいられないから、研修に入りましょう」
今から研修を詰め込んで、オープンにはぎりぎり間に合うくらいの計算だろうか。
「講師はフウガに頼むとして、問題は研修モデルとモニターね」
「SNSでもホームページでも募集はかけてますけど、まだ応募はないです」
研修にあたり、フウガが講師を務めるようになることは、初回の顔合わせの時に聞いていた。
残るは、施術の練習台になってくれる研修モデルと、デビュー前に採点をしてくれるモニターが必要となるのだが、今のところ誰からも応募はないという。
「引き続き、募集はかけてちょうだい」
「はい」
粘る姿勢を見せるミサトに、ラブホはこくりと頷いた。
「研修は一週間後。迅、あなたも参加してね」
「え?」
それから、突然話を振られ、迅は一瞬動きを止めた。
研修は、デビュー前のセラピスト候補が受けるものだ。すでに講師はフウガだと決まっている以上、この件にかんして言えば、フウガに丸投げしていいのだとばかり思っていた。
「あなたの技術を不安視しているわけじゃないわ。ただ、フウガの技術を傍で見るのは学びになると思うから。新しい子たちにも寄り添ってあげて」
「……わかりました」
そういえば、最初の紹介を受けた時にもそんなことを言われていたことを思い出す。
〝ハヤト〟はテクニックを売りにしてやってきたセラピストではなかったが、これからセラピスト業を続けていくにあたり、腕はいいに越したことはない。
マッサージの腕を上げたいとは迅も常々思っていたため、技術向上のための研修に参加すること自体はかまわない。ただ、それがデビュー前の研修となると複雑な思いが湧く。
一年弱、お客様の入りはそれほど多くはなくとも安定していたため、一定の基礎技術は身についているという自負がある。
「それで、ギリギリまで探して研修モデルが捕まらなかったら……」
迅が少しだけもやもやしているうちに、ミサトが意を決したように顔を上げる。
「その時は、私が務めるわ!」
「……え?」
「え?」
ミサトの宣言に、迅もラブホも今なにを聞いたのかと無言になる。
「えぇぇぇ!?」
叫びは、まだ簡素な室内に反響した。




