第四話 仲間③
とにかく時間はいくらあっても足りない。
夕方、本業が終わった後に事務所へ向かう。本業をこなしながらの新規店立ち上げ準備は、一週間など一瞬にして過ぎていき、迅は二足の草鞋を履き続けることに限界を感じていた。事務所のソファで寝落ちしてしまった翌日は、日中あくびが止まらず、少なからず本業に影響が出てきていた。
(セラピスト業、一本に……)
迷いは生まれるが、生活が不安定すぎるセラピスト業にすべてを賭けてみる勇気はまだなかった。
だからといって、このまま兼業状態を続けていたら、近い将来、今以上に本業に支障をきたし、こちらの仕事も中途半端になりそうな気がした。
それが今、迅がもっとも恐れていることだ。
「ホームページに掲載する写真のことですが、やっぱり、一度でいいので撮影スタジオでプロのカメラマンさんにお願いしたほうがいい気がするんですよねぇ」
事務室の一角に作られた作業スペースでパソコンに向かってマウスを動かしながら、ホームページに掲載されている紹介パネルをじっと見つめ、ラブホがしみじみと呟いた。
以前そういった仕事に携わっていたというラブホは、現在、ホームページの作成や宣伝作業を任されている。
さすがに少し疲れが出たのか、自覚なくぼーっとしてしまっていた迅は、ラブホの呟きにハッと意識を引き戻され、パソコン画面に映し出されているセラピスト紹介ページを覗き込む。
そこには、顔の一部を隠した自撮りと思われるフウガの写真が掲載されていた。
「さすがに経費では落とせないだろうから自費ですよね。プロのカメラマンにお願いしたらいくらかかるんでしょう。ちょっとハードルは高いですよね」
「ですが、ユーザーの立場から言わせていただくと、写真はその人を指名するかどうかの重要な判断材料の一つになります。損して得を取れ、です」
「まぁ、たしかに」
真っ当な意見を主張され、迅は苦笑いで同意した。
ラブホとは事務所で顔を合わせる機会が増え、少しは話せるようになったものの、それでもまだ壁を感じて身構えてしまう。
昔のSNSでの一件以外で接触したことはないはずなのだが、なにか嫌われるようなことでもしただろうか。
「それにしても」
パソコン画面へ視線を戻し、迅はほのかな笑みを浮かべると感嘆の吐息を零す。
「ラブホさんって、センスがすごくいいですよね」
「突然なにを言うんですか」
なにも、ラブホの機嫌を取るためにお世辞を言ったわけではない。
不審そうな目を向けてくるラブホに、なぜここまで警戒されているのだとうと苦笑を零しつつ、迅は正直に思っていることを口にする。
「いや、だって。ホームページのデザイン。オレが今まで見た中で一番わかりやすくてカッコいい作りをしていると思ったので」
それは、紛れもない迅の本音だった。
他店のホームページをすべて見たことがあるわけではないが、自分のプロフィールページの参考になるかもしれないと、他店のセラピストをチェックしにいったことはある。
店舗によって特色はあれど、風俗店のホームページなどどこも似たり寄ったりしている中で、ラブホが手がけたホームページは、後々まで印象に残るセンスの光るデザインをしていた。
「……ありがとうございます。今までいろいろなお店を使ってきて、ここがいいとか、これはもっと違うほうがいいとか思ってきたので、それを反映させただけです」
まさにそれは迅が感じていたもので、そんなものだと思いながらも漠然と感じていたわかりにくさが、さりげなく改善されていたのだ。
対してラブホは照れるでもなく、一言「買い被りすぎです」と言って視線を横へ逸らしてしまう。
「そうなんですか? でも、思ったことを具体化できることがそもそもすごいと思うし、素人目から見てもデザインセンスが飛び抜けてると思いますけどね。検索もしやすそうですし」
にこり、と自然体の笑顔を向ければ、一瞬だけ驚いたような顔をしたラブホは、きゅっと唇を噛み締めた。
「迅さん、は……」
その時、出入り口の鍵が回る音がして、重役出勤してきたミサトが顔を覗かせた。




