第四話 仲間②
それから三日後。書類審査に通った二人と面接することになり、迅とミサトはまだ簡素な事務室で一人目のセラピスト希望者を迎え入れていた。しっかりとした挨拶をして現れた迅と同年代の青年は、写真よりも実物のほうが雰囲気がよく、それは嬉しい誤算だった。
飾り気はないが端正な顔立ちをしており、長く一緒にいると良さがわかるタイプ、という感じだろうか。
自己紹介をしている間も、緊張感が垣間見えつつ落ち着いていて、第一印象としては合格点に達していた。
「まずは、セラピストに応募した理由を聞いてもいいかしら?」
迅の隣に座るミサトが真剣な表情で問いかける。
面接を受ける側も緊張しているだろうが、迅も内心ドキドキとしていた。
業種は違えど今まで多くのスタッフを採用してきたミサトはとても慣れた様子で、迅はせめて外向きだけでもと姿勢を正す。
「学生時代にホストをしていた友人がいて、ホストに誘われたことがあるんですけど、お酒があまり得意ではないこともあってその時は断ったんです。それから少し経ってから女性向け風俗の存在を知って、お酒を飲まなくてもできそうなので、ずっと気になっていて」
ホストを辞めてセラピストに転身する者や、ホストと似たような業種を求めて女性向け風俗の世界に足を踏み入れる者は多い。
彼もその類だったようで、しっかりとした口調で応募動機を口にする。
「実は先月、転職を考えて仕事を辞めたのですが、その時、ずっと頭の中に残っていた女性向け風俗の仕事をせっかくの機会だからやってみようかと思いました」
「つまり、生活費を稼ぐため?」
「はい」
「本業として頑張りたい、ってことよね?」
「はい」
目的を確認するミサトへ、青年からは「それではだめなのか」という訝しげな雰囲気がわずかに伝わってきた。
どんな仕事も基本的にはお金のためにするものだ。その答え自体に問題はなにもない。
「気になっていた、というのはどういう興味かしら?」
「単純に、エロいことは好きなので。あと、女性に対するストライクゾーンは広いです」
「なるほどね」
立て続けの質問に青年は怖気づくことなく受け答えをし、ミサトは相手を見定めるようにじっとした視線を向ける。
「ストライクゾーンが広いのはいいことだとは思うけど。一つ、聞かせてくれる?」
青年がゆっくりと頷いて、ミサトは間を置くことなく通常の会社の面接ではありえない質問を口にする。
「自分の母親より年上の、小太りの女性の足の指の間を舐めることができるかしら?」
途端、青年の目は驚いたように見開いて、小さく息を呑むと無言になる。
その反応は無理もない。
ぼんやりと想像するくらいはしていても、そこまで具体的な仕事内容を考えてセラピストに応募してくる者などいないだろう。
迅が以前所属していた店舗では、ホームページに施術内容のイメージ動画が掲載されていたのだが、迅を含め、しっかり見たことがあるというセラピストはいなかった。
「……必要であれば」
数秒間の沈黙が流れ、青年が出した答えは無難なものだった。
たしかに、それがあたりさわりのない返答であるとは迅も思う。
たとえ本心では嫌だと思っていても、ここで無理だと言えば結果は待たずとも見えている。
「僕のほうからちょっと補足させてもらいますね」
助け船のつもりではなく、これから本気でセラピストをしていくつもりならば絶対的に必要となる心構えを説くべく、迅は真っ直ぐ青年を見つめた。
これから迅が話す現実を受け止められないのなら、さっさとこの業界からは引き返したほうがいいと本気で思っている。
「僕の経験から話をさせてもらうと、女風の利用客は、上は六十代から二十歳になったばかりの人まで幅広くいます。明らかに体重が四十キロないような、拒食症を疑うような女性もいれば、逆に軽く百キロを超えている女性も見てきました」
さすがに自分の母親の世代を超えて祖母までいくとは思っていなかったのだろう。かなり驚いたような反応をした青年は、百キロ超えの女性を想像させられた瞬間、さらなる驚きと動揺を隠すことができずに瞳を揺らめかせた。
「単純にエロいことを楽しみたくて利用している女性もいますけど、それ以上に精神的な幸福感を求めて利用しているケースが多いです。だいたいの女性はなんらかの悩みを抱えて僕たちに会いに来てくれていると思っています」
夫とのセックスレスから利用する女性。中年と呼ばれる年齢になり、女性として見てほしくて利用する女性。見目や体型へのコンプレックスに悩む女性。男性向けの風俗業に従事する女性が、癒しを求めて来る場合もあれば、迅は出会ったことがないが、過去の性的トラウマを克服するためにやってくる女性もいるという。
「つまり、男性向けと女性向けとでは、同じ風俗でもまったく違うということです」
男は、一般的に即物的な快楽を求めて風俗を利用するが、女性は精神的な救済も求めて利用することが多い。
「君は、そんな女性たちを受け入れて、寄り添ってあげることができますか? ただ性的な歓びを提供するだけではなく、セラピストは、さらにその上のサービスを求められる存在です」
風俗にそこまで求められても困るというセラピストが多々いることも知っている。だからこそ、迅はミサトの考えに共感し、今、ここにいるのだ。
「……頑張ります」
迅からの真剣な問いかけに、青年はしばらく沈黙したのち、言われた言葉をすべて吞み込むように迅を見つめ返してきた。
安易に肯定することなく、努力する意思を見せた青年の反応に、今はここまででいいだろうと迅は判断する。
そしておそらく、ミサトも同じ評価だろう。
「それじゃあ、次の質問に移らせてもらうわね」
ミサトは少しだけ重くなった空気を変えるようににこりと笑みを浮かべ、次の質問に入る。
ここから面接は順調に進んでいき、迅の中でまず一人目のセラピストの採用が決まった。おそらくミサトも採用の方向で考えているだろう。
「面接は以上になります。私たちと一緒にお店を盛り上げていってくれますか?」
「頑張らせてください」
ミサトからの最後の質問に答えた青年の態度はとても真摯で、ずっと気を張り続けていた迅の表情は自然と緩んだ。
「では、結果は後日改めて連絡させていただきます」
そうして満足いく結果が得られた一人目の面接から一時間後に迎えた二人目のセラピスト希望者は。
「え? 二十代の可愛い子しか舐めたくないです。三十代はギリ許容範囲ですけど、そこまでするのはちょっと……」
まず最初に一人目の応募者と同じように女性向け風俗を使う客層を説明すると、青年は驚いたように目を丸くしてとんでもない答えを返してきた。
自分は三十代半ばだというのに、同年代の女性も受け入れがたいとはどういう思考回路をしているのかさっぱり理解できず、迅は思わず引き攣った。
ちらりと隣のミサトの反応を窺えば、目を見開いたミサトは呆れを通り越してもはや怒りを抱いているようだった。
「できれば四十代は相手にしたくないですし、五十代以上なんて絶対に無理なんで、最初から層を絞って活動したいです。それでも年配の方から打診がきたらはっきり断らせてもらうつもりでいますけど、いいですよね?」
いいわけないだろう! という突っ込みが思わず口から飛び出そうになってしまったが、なんとか呑み込んだ自分を褒めてやりたいと思ってしまった。
見た目は無難でも中身を期待したのだが、とんでもない外れを引いてしまった。
これ以上の面接は時間の無駄だ。
「それから、デブもNGです」
悪びれなく笑う青年を前にして、迅は説教をしてやりたい衝動を抑え込み、引き攣った笑顔で退出を願ったのだった。




