第四話 仲間①
ミサト、フウガ、ラブホ、迅の四人が初めて顔を合わせた打ち合わせから、半月の時間があっという間に過ぎていった。
業種は異なるとはいえ、いくつもの店を経営しているミサトの手腕はたしかなもので、利便性のいい駅近のアパートの一室を事務所として使えることになり、迅はほとんど泊まり込むように新規店の立ち上げの準備に追われていた。
ホームページの作成をはじめ、しなければならないことは山ほどあるが、中でも早急に取りかからなくてはならない課題は、後方事務を担当してくれる内勤スタッフとセラピストを集めることだった。
ラブホの助言を受けてミサトとも相談し、オープン前からホームページとSNSを立ち上げて新規店の宣伝をはじめた。さらには、とある巨大情報交流掲示板にもバナー広告を入れて三方からセラピストとモニターを募集したものの、反応は芳しいものではなかった。
そもそも有名店をはじめ、既存店も数多くある中で、今さら新規店をチェックしようと思う人たちがどれくらいいるのだろう。
焦りが募り、ミサトと二人で頭を悩ませる日々が続いていた中、
運のいいことに、ちょうど深夜枠で女性向け風俗をテーマにした二時間ドラマが放映されて話題になり、立て続けに六人の応募者から連絡が入った。
ミサトから応募が入ったと報告を受け、すぐに採用会議をしたいと相談を受けた迅は、2LDKの事務所の一室で、応接セットのソファにミサトと向かい合って座っていた。
「六人、ってまたいきなりすごいですね」
「私もびっくりしたわ」
自然とテンションが上がってしまった迅へ、ミサトもまた喜びを隠し切れない笑顔を返してくる。
「さっそくだけど、始めましょう。私もまだ、履歴書に目を通してなくて」
ファイルから履歴書と思われる書類を取り出したミサトが、一分一秒も無駄にできないといった様子で迅へ声をかけてくる。
全部で書類は六枚。半々に分けて審査をするのかと思ったが、ミサトはすぐに一人目の履歴書に目を落とす。
そうして。
「却下」
「え?」
「却下」
「え……」
「どうしてこの程度の容姿で応募してくるのかしら? この人にかんしては本当に三十代なの? どう見ても四十代でしょう」
ミサトが呆れた様子で履歴書を手離すと、三枚の紙がひらひらと床へ落ちた。
「えっと……。一応、オレにも見せてもらっていいですか?」
「必要ないわ」
「……だとしても、参考までに」
怖々と伺いを立てればきっぱりと却下され、一瞬受け入れようかと悩んだものの、こういった経験も今後に生きてくるかもしれないと思って食い下がった。するとミサトは好きにしろというような反応で、次の選考に入ってしまう。
落ちた書類に手を伸ばし、拾い上げた履歴書がちらりと目に入った時点で嫌な予感を覚えた迅は、席に戻って内容を確認しかけた時点でなにも言えなくなってしまっていた。
「どう?」
「……どう、って」
「感想をどうぞ」
肩を竦めたミサトに促され、迅はもう一度三枚の書類の上っ面を眺めて苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「……とても採用はできないかと」
「でしょうね」
あっさりと同意されて無言になる。
一人目も二人目も、履歴書に印刷された写真を見ただけでとても採用できないと思ってしまった。三人目に関しては、ミサトが洩らした感想通り四十代、いや、むしろ五十代に近い雰囲気を醸し出している。だが、さすがに履歴書の生年月日に虚偽の申告をするとも思えないから、単純に老けた三十代なのだろうと自分自身に言い聞かせる。言い聞かせたからとなにがどうなるわけでもないけれど。
「ミサトさんの言うとおり、書類審査を採用してよかったかもしれないですね」
「私に言わせれば、写真の提出がないほうが驚きだわ」
脚を組んだミサトは、呆れ混じりの声色で驚いたように宙を仰ぐ。
スカウトでこの業界に入った迅は、俗に言う第一審査の書類応募も、第二審査である面接もなく、意向確認をしてすぐに研修から入ったのだが、通常セラピストに応募する際には、各店舗のホームページの募集フォームに必要事項を入力するところから始まる。
募集フォームは年齢をはじめとした身長体重などの簡単なプロフィールを入力すればよく、容姿がわかるような写真を送る必要はなかった。つまり、他店の採用過程では、容姿を確認するのは一次審査通過後の面接の時になる。[41.1][KiSara1.2][41.3][KiSara1.4][41.5]
だが、セラピストは見た目の印象がかなり重要な職業だ。面接の際にはじめて容姿を確認するのは非効率だというミサトの意見により、今回、ミサトが独自に作った写真添付を必須にした履歴書を送ってもらう審査方法にしたのだが、正解だったと思った。
「残りの三人はどうですか」
さすがに一人くらいはミサトのお眼鏡に叶う応募者であってくれと祈りながら問いかければ、ミサトは四枚目の履歴書をテーブルの上に置いて迅へ見せてくる。
「この子は保留かしらね」
覗き込めば、派手さはないが素朴な顔立ちをした青年の写真が目に入った。すぐに生年月日欄を確認すると、二十八歳と書かれている。
「で」
次の一枚を手にしたミサトの声のトーンが下がったことで、迅はすべてを悟って期待外れの結果を覚悟した。
「こっちは却下」
今度はそれを落とすことなく、溜め息とともにテーブルの上に置かれた履歴書を一応確認してみるものの、やはりこちらもミサトの評価と合致した。
貼られた写真は二十代後半の好青年だったが、ぱっと書面に目を走らせただけで記載項目の漏れが目立ち、一般常識に欠けていることが窺えた。ついでに、お世辞にも丁寧に書かれた文字には見えなかった。
「なかなか難しいですね……」
「まぁ、こんなものでしょう。覚悟はしていたけど、思った以上ね。誰でもセラピストになれると思っているのかしら」
しみじみとした溜め息を吐き合うと、室内には重い空気が流れた。
妥協はよくないが、さすがにこの結果は頭が痛くなる。
女性向け風俗のセラピストになりたい男性たちの中には、お金をもらって女の子とエッチなことができるおいしい仕事、と思って応募してくる希望者が一定数いる。
今、ミサトが一蹴した彼らの背景にはどんな事情があり、なにを思って応募してきたのか本当のところはわからないが、セラピストという仕事はそこまで甘くはない。
少なくとも、一定基準を超える容姿と接遇マナー、一般常識を備えていなければ話にならないことはたしかだった。
「で、最後の一人だけれど……」
なんだか迅が審査されている気分になって、思わずこくりと息を呑む。
「判断に迷うわね」
ふぅ、と悩ましげな吐息を落とし、ミサトは書類を手渡しながら迅へ意見を求めてくる。
「どう思う?」
身長百六十九センチ。体重六十八キロ。三十半ばであることを考慮すると、どちらも平均的な数値だ。
一般的な女性が好む中性的な顔立ちをしたイケメンではなく、どちらかといえば運動部にいそうな無難なソース顔、という評価だろうか。
「この写真とプロフィールだけで判断するなら可もなく不可もなく、ってところですけど……。あとは中身ですよね。とりあえず面接してからの判断かな、と」
真剣に考え込みながら、迅は自分の見解を口にする。
容姿はもちろん大事だが、セラピストに一番求められるのは清潔感だ。それらの基準が一応クリアしているのなら、最終的な判定は中身に左右される。
中身がよければ加点要素になる。見た目が無難すぎるという理由で落とすのはさすがにもったいない気がした。
「そうね。そうしましょう」
ミサトが求めている人材は、とにかく女性に寄り添うことができるセラピストだ。
中身が重要だという意見には異論があるはずもなく、二度三度と軽く頷くと迅に同意する。
「面接はなるべく早いほうがいいですよね」
「そうね。迅は直近でいつなら都合がつくかしら?」
次の審査へ進むことになった応募者二人の履歴書をミサトへ戻しながら、面接の際の同席を匂わされ、迅の目は丸くなる。
「え……。面接にも立ち会うんですか?」
「当然でしょう」
むしろなぜ自分一人に任せるつもりでいたのかと、ミサトは驚いた様子で当たり前だと告げてくる。
「セラピスト視点の意見が必要だもの。それに、これから一緒に働く仲間になるのよ?」
「……わかりました」
本業との兼ね合いもあるため、希望日時が平日の昼間だった場合、有給が取れるだろうかと考えてしまう。
これは、いよいよ本気で自分の進退を考えなければならないかもしれない。
「頼りにしてるわよ」
にこ、と笑い、ミサトは迅へ信頼を向けてくる。
ミサトがどんなに利用歴が長く、数多くのセラピストと会ってきたとしても、それはあくまで「客」としてでしかない。
迅も、そこまで経験豊富というわけではないものの、それでも、ミサトと異なる視点でセラピストを評価することはできるだろう。
前店で過ごした一年弱という決して長いとは言えない期間でさえ、数多くの新人セラピストが入ってきて、半年とたたずに辞めていった。中には、研修期間を終えてデビューしたばかりで音信不通になった者や、一人も予約を取ることができずに限界を迎えてしまった者。複数人のお客様を取り、これからという時に根を上げて消えていった者たちもいた。
セラピストに必要なものはなんなのか。続けられる者とすぐ辞めてしまう者。なんとなくではあるが、視えるような気がした。
「はい。わかりました」
やると決めたからには中途半端は許されない。
迅は頷き、具体的な面接の進め方の相談をはじめるのだった。




