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無能判定された第五王子は王になりたくない ~辺境で落ちこぼれを登用していたら、なぜか名君扱いされて王位が近づいてきました~  作者: あるあーる


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第8話 証言を撤回した少女

 翌朝、ミナは昨日の話がすべて間違いだったと言った。


 代官屋敷の小さな会議室に、レオン、リディア、ケスラーがいる。


 ミナは扉の前に立ち、床を見ていた。


「麦は十三袋と言ってたね」


「二十袋でした。私の数え間違いです」


「雪で倉庫が閉まっていた日は?」


「別の日と間違えました」


「数え紐は?」


「遊びで作りました。覚えているふりをしました」


 机の下で、ミナの指が木を四回たたく。


 止まって、また四回。


 ケスラーがレオン用の茶器をまっすぐに直した。


「少女の嘘で、お時間を取らせました。雇った者の責任は代官にございます」


「ミナの父親は、代官府の仕事を受けている?」


「荷車や配給樽を直す工房です」


 リディアが一枚の紙を机へ置いた。


「今朝、工房との契約を打ち切る通知が届いています」


 ミナの指が止まった。


「古い工房を減らす計画は、以前からございました」


 ケスラーは自分の手で紙へ触れない。


「灰の印も、その計画ですか」


 リディアが聞く。


「知りません。子どものいたずらでしょう」


 ケスラーはミナへ顔を向けた。


「代官府へ不満がある者が、たまたま契約の話と結びつけたのではありませんか」


 ミナの肩が縮む。


 レオンには、何が起きたか分かった。


 ミナが話せば、父親は仕事を失う。弟たちの食事もなくなる。


 ここで王子の命令を使えば、証言させることはできるかもしれない。


 だが、危険を受けるのはミナと家族だ。


「分かった」


 レオンは帳簿を閉じた。


「ミナを調査から外す。数え紐も、本人が望まない限り証拠には使わない」


 ミナが顔を上げた。


「昨日の話を理由に、ミナと家族を罰することも禁じる」


「優しいご判断です」


 ケスラーが頭を下げる。


 ミナは何も言わず、部屋を出た。


 扉が閉まる。


「これでいいのですか」


 リディアが聞いた。


「よくない。でも、話し続けろとは命じられない」


「調査は?」


「人の証言だけに頼らず、食料そのものを探す。ミナの家には護衛を置く。工房の契約停止も止める」


「本人へ説明しなかったのは?」


「ケスラーの前で、護衛の数や場所を言えない」


 リディアはうなずいた。


「では、あとで説明してください」


「君から伝えてもらえる?」


「ご自分で」


「厳しいな」


「護衛任務です」


 何を守っているのかは分からないが、レオンは自分で行くことにした。


 ミナの家は、木工房と住まいが一つになっていた。


 灰の印は洗われていたが、木目の中にうすく残っている。


 レオンは戸をたたいた。


「ミナ。レオンだ」


「王子の名乗り方ではありません」


 隣でリディアが言った。


「ほかに何と言えばいい?」


「分かりません」


 戸が少し開き、ミナが顔を出した。


「何の用ですか」


「伝えていないことがある」


「もう調査から外されたと聞きました」


「君を守る準備をせずに、話を聞いた。俺の失敗だ。ごめん」


 ミナは黙っている。


「話したくなければ、話さなくていい。昨日の話を取り消しても責めない」


「じゃあ、もう用はないですよね」


「ある」


 レオンは一つずつ話した。


「工房の契約停止は止めた。家の外に王宮の護衛を置く。食料も届ける」


「また話せってことですか」


「違う。話さなくても届ける。交換条件にはしない」


 ミナが初めてレオンを見た。


「どうして?」


「君が危険になった原因に、俺もいるから」


「王子なのに、間違えたって言うんですか」


「王子は間違えないの?」


「代官様は言いません」


「なら、俺にできることが一つ増えた」


 ミナは戸をもう少し開けた。


 工房の奥に、父親と二人の弟がいる。父親は立とうとしたが、片足を引きずった。


「座ったままでいいです」


 男は木片を削りながら言った。


「娘の数え紐は知っていました。捨てろと言ったのは私です」


「どうして?」


「正しいことを言えば守られると、教えられなかったからです」


 削る手が止まる。


「黙れば家族を守れる。それしか教えられませんでした」


「今すぐ俺を信じなくていい」


 レオンは答えた。


「今日だけで信じろと言う方がおかしい」


 父親は手元の木を見たまま、短く頭を下げた。


「ディーター・エルドです」


 男はここで初めて、自分の名を言った。


「工房の仕事がなくなれば、どれくらい持ちますか」


 ミナが父より先に答える。


「食料は六日分。売れる木材を全部売れば、あと八日。薬を買わなければ十一日です」


「薬は削らないで」


 レオンが言うと、ミナはすぐ返した。


「では八日です」


 気休めで長くは言わない。何を残すか決めれば、数字もすぐ直す。


 ディーターは削りかけの木片を置いた。


「殿下。仕事を戻していただけるなら、娘へ話せと命じる必要はありません」


「仕事を戻すことと、ミナが話すことは分けます」


「代官様は分けません」


「だから俺は分ける。工房が必要かは、直した荷車と費用を別の職人にも見てもらう。必要な仕事なら契約を戻す」


 ディーターはすぐ感謝しなかった。


「娘を助けたお礼ではない、と?」


「うん。お礼で仕事を決めたら、次の領主が取り消せる」


 木を削る音が、また始まった。


「それなら、見てもらってください」


 ディーターの返事は短かった。


 レオンを信じたからではない。


 娘の証言と工房の仕事を分けるという条件を、ディーター自身が確かめるための返事だった。


 それで十分だった。


 ミナは戸の横に置いた数え紐へ目を向ける。


「今は話せません」


「うん」


「でも、紐は捨てないでください」


「捨てない」


 夜になり、リディアが泥のついた外套で戻ってきた。


「灰の印をつけた男を見つけました。代官府の荷役人です」


「ケスラーの命令?」


「分かりません。男は西門の宿で、隣のクラウディア領から来た商人へ報告しました」


「何を話した?」


「『娘は黙った』『今夜の便は予定どおり』と」


 リディアは商人が持っていた黒い鷲の印を紙へ描いた。


「この印だけでは、隣の領主が関わっているとは言えません。商人が名前を使っただけかもしれません」


「先に敵だと決めない方がいい?」


「はい」


「商人は今どこ?」


「空の荷車で宿を出ました」


 レオンたちは明かりを消し、荷車を追った。


 リディアは最初から近づかなかった。


 角を二つ離れ、車輪の音だけを追う。道が分かれる場所では、地面へ手を当てて新しい跡を確かめた。


「見失わない?」


「見える距離へ出れば、向こうからも見えます」


「匂いか音で追ってる?」


「車輪の片方が欠けています。三回に一度、低い音がします」


 レオンも耳をすませる。


 石を踏む音の中に、たしかに同じ間で低い音が混じっていた。


 前を行く商人は、一度だけ後ろを振り返った。


 リディアはレオンの肩を押し、壊れた塀の陰へ入れる。自分は道路ではなく、近くの窓と屋根を見る。


「見張りがいますか」


「分かりません。振り返った相手が、私たちだけとは限りません」


 決めつけず、確認する場所を増やした。


 荷車は代官府の裏で麦袋を積み、西門へ向かわず細い道へ入る。


「今止める?」


 レオンが小声で聞く。


「袋は押さえられます」


「でも、どこから出したか分からなくなる?」


「はい。荷車の男は、代官府から渡されたと言うでしょう」


 目の前には、町から消えた食料がある。


 今すぐ止めたい。


 だが止めれば、隠した場所と取引相手を逃す。


「追う。袋じゃなく、行き先を確かめる」


「分かりました」


 レオンは自分で決めた。


 待っている間に荷車が消える不安も、その判断で袋を失う危険も、自分が受け持つことにした。


 その先には、三年前から使われていない古い倉庫があった。


 御者が扉をたたく。


 内側から鍵が外された。


 細いすき間の向こうに、天井まで積まれた木箱が見えた。

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