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無能判定された第五王子は王になりたくない ~辺境で落ちこぼれを登用していたら、なぜか名君扱いされて王位が近づいてきました~  作者: あるあーる


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第13話 敵に町を守らせるのか

「その男を、会議室から出してください」


 翌朝、パン職人のヨハン・リーツは、席に着く前にそう言った。


 代官屋敷の会議室には、町の地図と三十二個の木片が並んでいる。木片は、今すぐ戦える兵の数だ。


 その向こうに、ガレスが座っていた。


 両手には枷。左右には兵。机の上にあるのは紙と炭だけで、武器はない。


 それでも、集まった住民は誰も彼へ背を向けなかった。


「理由を聞かせてくれるか」


 レオンが尋ねると、ヨハンは粉の残る指を一本立てた。


「十年前、北の兵に工房を焼かれました」


 二本目。


「隣人が連れていかれ、戻りませんでした」


 三本目。


「今度は、その軍の将軍へ町の道を見せろと言われています。これで黙って座れと言う方が無理です」


「私は、北方軍の将軍でした」


 ガレスは目を伏せなかった。


「村を焼けという命令は拒みました。しかし、私の軍がこの国で人を殺した事実は消えません」


「分かっているなら、口を出すな」


「それはできません」


 ヨハンの指が止まった。


 ガレスは地図ではなく、三十二個の木片を見ていた。


「黙れば、この人数で町を守れることになりますか」


 空気が張りつめた。


「脅しているのか」


「いいえ。足りないと言っています」


 ハインツが木片を二列へそろえた。


「王宮騎士が八人。代官府の兵のうち、命令に従うと確認できた者が二十四人。合計三十二人です」


「門は?」


「四つです。ほかに食料倉庫、牢、孤児の避難所を守る必要があります」


「全部は」


「守れません」


 ハインツは迷わず答えた。


 住民の間から、声が重なった。


「なら、倉庫を守ってくれ。あれを取られたら冬まで持たない」


「その前に北門だ。家が近い者はどうする」


「孤児を先に逃がせ。子どもをまた置き去りにするのか」


「敵将へ人数を教えるな。襲撃が外れたら、次に攻める場所を渡すだけだ」


 全員が町を守りたい。


 だが、守ってほしいものは同じではなかった。


 レオンは一つずつ聞いた。質問を重ねず、返事が終わるまで待った。


 話が途切れたところで、ヨハンを見る。


「ヨハン。ガレスへ兵の命令をさせるつもりはない」


「命令をさせなくても、言うとおりに兵を動かせば同じです」


「同じではありません」


 ハインツが記録板を開いた。


「捕虜へ正式な指揮権は与えません。案を採用する者、命令を出す者、その結果を引き受ける者を別にします」


「紙の上で名を分ければ、死ぬ者も分かれるのですか」


 ヨハンの問いに、ハインツの筆が止まった。


 ガレスが静かに口を開く。


「分かれません」


「なら、何のための記録だ」


「失敗したとき、死んだ者のせいにしないためです」


 ヨハンがガレスをにらむ。


「あんたは、それをしたのか」


 ガレスの指が、服の内側にある革片へ触れた。


「できなかった者の名を持っています」


 それ以上は言わなかった。


 レオンは地図へ視線を落とした。


 ガレスの知識は必要だ。だが、王紋に見えた星は、彼が善人だとも、この町を裏切らないとも教えてくれない。


「ガレス」


「はい」


「この三十二人で勝てる?」


「その問いには答えません」


 住民がざわめいた。


「答えられない?」


「答えたくありません」


 ガレスは木片を一つ取り、地図の外へ置いた。


「勝つためなら、この一人を置いていけます。次の一人も、その次も。最後に町が残れば、勝利と呼べる」


 さらに二つ、地図の外へ出す。


「私は、もうその数え方をしたくない」


「では、何を聞けばいい」


「何人を帰すのか。帰すために、どの建物を捨てられるのか」


「町を捨てろと言うのか!」


 住民の一人が机をたたいた。


 ガレスは声を上げなかった。


「家と命が同時に守れない時、どちらを先にするか決めてください、と言っています」


「簡単に言うな。ここは俺たちの町だ」


「簡単ではありません」


 ガレスの語尾が遅くなる。


「簡単なら、名前を持ち歩く必要はなかった」


 ヨハンは粉のついた手を握った。


「殿下。この男を信用しているのですか」


「まだ信用してない」


 レオンが答えると、部屋が静まった。


「信用していない者へ、町を預けるのですか」


「預けない。だから、できることを分ける」


「裏切れば?」


「止められる範囲しか渡さない」


「判断が遅れれば?」


「俺が期限を決める」


「それでも人が死ねば?」


 レオンは答えかけて、やめた。


 大丈夫だとは言えない。誰も死なないとも約束できない。


「俺の決定として記録する」


「記録に名があれば、遺族は納得すると?」


「しない」


 レオンはヨハンから目をそらさなかった。


「それでも、責任まで死んだ人へ押しつけたくない」


 ヨハンの手が、机から離れた。


 賛成ではない。


 ただ、次の言葉を聞くための沈黙だった。


 ハインツが時刻表を指す。


「残党が最短で来るのは明日です。日没までに避難路と兵の配置を決めなければ、夜間の移動になります」


 全員の納得を待つ時間はない。


 静かに暮らす話は、どこへ行ったんだ。


 内心でぼやいても、明日は延びなかった。


「決める」


 レオンは三十二個の木片を地図の中央へ戻した。


「ガレスには武器を渡さない。兵への命令もさせない。任せるのは避難路の案と、ハインツへの助言だけ」


 ハインツを見る。


「兵を動かすのはハインツ。ガレスの案を使うかも、あなたが判断してほしい」


「緊急時の最終判断も、私が行います。期限、変更理由、命令者をすべて記録します」


「頼む」


 レオンはヨハンの前へ、白紙を置いた。


「逃げるのに助けが要る人を数えてほしい。ガレスへ名前を渡したくない人は、人数だけでいい。反対した人も、この紙から消さないで」


 ヨハンは紙に触れなかった。


「町の総意としては引き受けられません」


「総意じゃなくていい。ヨハンの判断を聞いてる」


 粉のついた指が一本、紙の端へ置かれた。


「……明日の粉を焼く人間が、避難先も知らないわけにはいきません」


 二本目が置かれる。


「賛成と反対は別に書きます。病人、幼い子、歩けない者も分ける」


「うん。頼む」


 ガレスの指が、扉と窓を数えかけて止まった。


 代わりに炭を取る。


 だが、すぐには線を引かなかった。


「この町で、荷車が通れる道を知る方は?」


 三人が手を上げる。


「夜でも迷わない方は?」


 別の二人が手を上げた。


「私が線を引きます。間違っていたら、その場で消してください」


 西の畑道は荷車と歩けない者。


 南の細道は自分で歩ける者。


 東の礼拝堂は逃げ遅れた者。


 北は敵が来る可能性が高いため、避難には使わない。


 ガレスが南へ線を引くと、住民の一人が炭を奪うように取った。


「ここは塀が崩れている。人は通れるが、荷車は無理だ」


「直してください」


「敵将の案を、俺が?」


「町を歩いていない私より、あなたの線が正しい」


 男は返事をせず、線を引き直した。


 ヨハンが人数を読み上げる。


「西へ行く家は四十二。南は二十八。礼拝堂へ残る病人は九人。孤児は別だ」


「孤児は二組へ分けます」


 ガレスは前日に作った紙を広げた。


「ただし、兄弟は離さない。エルンに名を確認させ、町の者が人数を数え直してください」


 会議が終わるころ、三色の布と責任者が決まった。


 白は西。青は南。赤は礼拝堂。


 住民の反対は消えなかった。


 ハインツも、ガレスの枷を外さなかった。


 それでも、反対をなかったことにせず、町は動き始めた。


 廊下へ出る前、レオンはガレスが細い革へ短い線を刻んでいることに気づいた。


「それは?」


「空欄です」


「まだ誰も死んでない」


「はい」


 ガレスは名前のない線を親指で押さえた。


「だから、埋めないために見ます」


 そのとき、北門の鐘が一度だけ鳴った。


 襲撃の合図ではない。


 見張りの交代に異常があったときの音だ。


 兵が階段を駆け上がってくる。


「北門の見張り、カイル・ベッカーが消えました」


 ガレスの空欄へ、黒い削りくずが落ちた。


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