表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能判定された第五王子は王になりたくない ~辺境で落ちこぼれを登用していたら、なぜか名君扱いされて王位が近づいてきました~  作者: あるあーる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/14

第11話 地下牢の敵将

 ガレス・ヴォルク。


 牢番がその名を口にした瞬間、ハインツが腰の剣に手を置いた。


「地下への入口を閉鎖します。兵を三人ずつ、入口と階段に置いてください。誰が何時に入ったのか、全員分を記録します」


 命令を受けた兵たちが走り出す。


 レオンは、青ざめた牢番へ声をかけた。


「その人は、いつから地下にいる?」


「分かりません。最下層は、ケスラー様と主任牢番だけが管理していました」


「今朝、食事は運んだ?」


「扉の前には置きました。ですが、中までは見ていません」


 牢番はうつむいた。


「そうか。まず、生きているか確かめよう」


「殿下は地上でお待ちください」


 ハインツは記録板を開いた。


「ガレス・ヴォルクは、北方戦争で三つの砦を落とした敵将です。捕らえられていても、危険な人物であることは変わりません」


 リディアはすぐに扉を開けなかった。鍵穴と蝶番を調べ、そのあとに通路の奥をのぞく。


「階段は一人ずつしか通れません。大勢で入ると、何かあったときに逃げられなくなります」


 ハインツがリディアを見る。


「では、人数を決めます。殿下、ローゼン、私、牢番の四人です」


「俺も入っていいのか?」


「止めても行かれるのでしょう」


「うん」


 ハインツは小さく咳払いをした。


「でしたら、最初から守れる形にします。危険があれば鐘を一度。返事がなければ二度鳴らし、上の兵を呼びます」


 彼は記録板の責任者欄に、自分の名前を書いた。


「決めたのは俺だよ」


「兵の配置を決めたのは私です。そこは分けて記録します」


 ハインツは顔を上げなかった。


 鉄扉を開くと、冷たく湿った空気が流れてきた。


 先頭はリディアだった。曲がり角の前で必ず止まり、松明で床と天井を照らす。安全を確かめてから、レオンを手招きした。


 地下へ下りるほど、地上の声は遠くなった。


 代わりに、水が落ちる音と、鎖がこすれる音が近くなる。


 一つ目の地下牢には、六つの部屋があった。


 三つは空だった。二つには、隠し倉庫で働かされていた男たちがいる。残りの一つには、首に灰色の紐を巻いた男が座っていた。


「代官は捕まえたのか、王子様」


「仕事を止めて、身柄を押さえた。君たちのことも調べ直す」


「そりゃ助かる。ここじゃ、人間より木札のほうが大事だったからな」


 男が、牢番の後ろにある棚を顎で示した。


 棚から出てきたのは、囚人の名簿ではなかった。


 何十枚もの木札だった。


 そこには名前ではなく、年齢、体格、傷の有無、受け渡し先が刻まれている。まるで、人を荷物として売るための札だった。


 リディアが一枚を松明へ近づけた。


「昨夜の隠し倉庫にも、同じ商人の印がありました」


 レオンは木札を握った。


「主任牢番と法務書記を捕らえて」


 自分でも、声が変わったのが分かった。


「この木札の一枚一枚が、誰のものか調べる。それが終わるまで、誰も町の外へ連れ出させない」


「正式な命令書が必要です」


 ハインツはそう言いながら、記録板から紙を外した。


「今ここで作ります。明日の日没までの緊急命令とし、その間に正式な手続きを進めます。決められた用紙ではないことも記録します」


「頼む」


 ハインツは石壁を下敷きにして書き始めた。


 規則どおりにできないなら、何が違ったのかまで残す。そのために、自分の名前も書く。


 それがハインツのやり方だった。


 さらに下りると、二つの鍵穴がついた鉄扉があった。


 牢番が二本の鍵を回す。


 重い扉が床をこすり、暗い牢の中が見えた。


 一人の男が、壁に背をつけて座っている。


 黒い髪には白いものが混じり、鼻から頬に古い傷が走っていた。両手は鉄の枷でつながれている。体はやせていたが、目の動きは鋭かった。


 男は、開いた扉、牢番の鍵、リディアの剣、ハインツの記録板、レオンの順に見た。


「中に四人。上に兵が六人。出口は一つ」


 男は耳を澄ました。


「助けの兵が来るまで、百を数えるくらいでしょう」


 リディアが半歩前へ出た。


 レオンを完全に隠すのではなく、いつでも剣を抜ける場所に立つ。


「手を膝から離すな」


「この枷では、私が動くより、あなたが剣を抜くほうが早い」


 男は静かに答え、レオンを見た。


「第五王子殿下ですね」


「レオンでいい」


「捕虜が王族を名前で呼べば、看守の報告書が増えます」


「もう十分増えてるよ」


 男の眉が、少しだけ動いた。


「あなたが、ガレス・ヴォルク?」


「そうです」


 レオンは牢の前で腰を落とした。


「水は飲めてる?」


 ガレスは床の器を見た。黒いパンが、水に半分沈んでいる。


「壁から落ちた水が混じります。二日も飲めば、腹を壊すでしょう」


「新しい水を」


 レオンが言うと、牢番が慌てて階段へ向かった。


 ハインツは格子の前に立つ。


「ガレス・ヴォルク。あなたは名簿にないまま、ここへ閉じ込められていました。身柄は王都の軍事裁判所へ移します」


「護送する兵は、十二人以上ですか」


「それを、あなたに教えることはできません」


「十二人より少なければ、三人死にます」


 ハインツの目が細くなった。


 ガレスは扉から目を離さない。


「私を取り返したい者がいます。反対に、私を殺して口をふさぎたい者もいる。東の橋は壊れたままです。川沿いの道を使えば、さらに二人死ぬでしょう」


「脅しているのですか」


「生きて帰れない人数を伝えています」


「そこまで」


 レオンが二人の間に声を入れた。


「今は、護送の方法を決めない。ガレスの話を記録して、あとで別の情報と比べよう」


 ハインツは少し黙ったあと、記録板に書き込んだ。


「承知しました。ただし、枷は外しません」


「うん。それでいい」


 レオンはガレスへ向き直った。


「君は、どうしたい?」


「恩赦を与えて、部下にするおつもりですか」


「そこまでは決めてない。俺はまだ、君が何をした人なのか知らないから」


「王紋を使えば、私の本性が分かるのでは?」


「分からないよ」


 レオンは左手を見た。


「分かるのは、どんな仕事に向いているかだけだ。善人か悪人かも、俺を裏切るかどうかも見えない」


 ガレスはしばらく黙っていた。


 やがて、右手を服の内側へ入れる。


 リディアの剣が少しだけ鞘から出た。


「革の切れ端です」


 ガレスは手を止めたまま、許可を待った。


 リディアがうなずくと、細長い革を取り出す。


 革には、小さな文字で多くの名前が刻まれていた。


「これは?」


「私の判断のせいで、故郷へ帰れなかった者たちの名前です」


 ガレスの親指が、一つの名前をなぞる。


「私のことより先に、食料を届けてほしい場所があります」


「どこ?」


「町の西側です。外壁の近くに、焼けた家がある。そこに戦争孤児が二十七人います。食料は、明日の朝でなくなります」


 レオンは手帳を開き、場所と人数を書いた。


「どうして、今の様子が分かる?」


「ここへ入れられる前、私があの子たちを移動させました。そのあとも、食事を運ぶ者から話を聞いています」


 ハインツが尋ねる。


「その者の名前は?」


「言えません」


 ガレスは一度、閉じた扉へ目を向けた。


「その少年は、看守の足音が遠ざかるまで待ち、人数と残った食料だけを教えました。これ以上は話せません」


「名前が分からなければ、話が本当か確認できません」


「では、私を王都へ送ってください」


 ガレスは革の名から指を離さなかった。


「ただし明日の朝には、二十七人が食べる物を失います」


 最後の言葉だけ、少し遅かった。


 レオンの左手が熱くなる。


 無色だった王紋から光が伸び、ガレスの胸に重なった。


 鋼のような色をした星が見える。


 その光の先にあったのは、敵を倒す剣ではなかった。


 荷車。壊れた橋。細い山道。


 逃げる人々を何本もの道へ分け、最後の一人まで生きて帰す。そのための力だった。


 ガレスには、軍を動かす強い才能がある。


 しかし、分かるのはそれだけだ。


 孤児の話が本当か。


 ガレスが何を隠しているのか。


 レオンを利用するつもりなのか。


 王紋は、何も教えてくれない。


 いや、こんな大事なことまで俺に見せないでくれ。


 レオンは左手を下ろした。


「まず、二十七人が本当にいるか確かめる」


「罠かもしれません」


 リディアはガレスを見たまま言った。


「うん。だから俺は行かない」


 レオンは一度考えた。


「現地を安全に確かめるには、誰に任せればいい?」


「私が兵を二人選びます。一人は先に周りを調べ、もう一人は荷車を守らせます」


「子どもを怖がらせない人がいい」


「その条件も入れて選びます」


 レオンはハインツを見る。


「食料を出す手続きは?」


「代官府が押収した食料を、名簿にない者へ配る決まりはありません」


 ハインツはそこで咳払いをした。


「ですが、領主が緊急命令を出し、現地の責任者が署名すれば、一日分だけ先に渡せます。人数と残りの量は、戻ったあとに確認します」


「誰が署名する?」


「私です」


 ハインツはすぐに記録板を開いた。


「部下に、責任のない口約束をさせるわけにはいきません」


「ありがとう。頼む」


「礼は、二十七人を確認してからにしてください」


 レオンが立ち上がると、ガレスは初めて革片から手を離した。


「殿下は、私の忠誠を求めないのですか」


「今ここで忠誠を誓われても、信じられないよ」


 ガレスが、短く息を漏らした。


「では、私に何を求めますか」


「今日は、子どもたちの場所を正しく教えること。そのあとで、君自身の話を聞く」


「それだけですか」


「一度に全部は決められないから」


 扉が閉まるまで、ガレスは階段を上る足音を数えていた。


 階段の途中で、ハインツが木札の束を抱え直した。


「殿下。確認しておきたいことがあります」


「何?」


「ガレスの言う場所へ食料を送れば、彼の要求を一つかなえることになります。本来なら、その代わりに情報を求めることもできます」


「子どもの食料を、取引の道具にはしたくない」


 レオンは足を止めた。


「ガレスが何も話さなくても、二十七人が本当にいるなら食料は渡す」


 ハインツはレオンを見つめたあと、一度だけうなずいた。


「承知しました。食料と取り調べは、別の問題として扱います」


「助かる」


「ただし、ガレスの話をすべて信じてはいけません。孤児の人数も、護送の危険も、必ず別の者に確かめさせます」


「うん。話を聞くことと、信じることは別にする」


 今度は、二人とも足を止めなかった。


 地上へ戻ると、押収品を調べていた書記が駆け寄ってきた。腕には、ケスラーの部屋から見つかった革筒を抱えている。


「殿下。隠し棚に、これがありました」


 ハインツは、見つけた者の名前と時刻を先に書いた。次に革筒の封を確かめ、卓上で中身を広げる。


 出てきたのは、北方の地図だった。


 山、街道、砦、食料庫。


 さらに、国境の向こうにいる兵の数と、移動する日まで書かれている。


 ハインツの指が止まった。


「これは、ガレスの国の部隊配置図です。それも、最近の情報です」


 リディアが地図の端に置かれた文鎮を動かす。


 隠れていた印が現れた。


 ケスラーの印だった。


 牢につながれていたのは、敵国の将軍。


 その国の軍事情報を売ろうとしていたのは、セレナの代官だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ