第10話 無能王子の最初の裁き
代官府の前の広場に、セレナの住民が集まった。
前の台には、三冊の帳簿、古い倉庫の取引記録、灰の印をつけた男の話を書いた紙が並んでいる。
ミナの数え紐も置かれていた。
ケスラーは、まだ縄で縛られていない。
濃い青の上着を整え、代官としてレオンの前に立っている。
先に縛れば、気に入らない代官を王子の力で追い出したように見える。
だからレオンは、住民と兵士の前で証拠を示すことにした。
「オスカー・ケスラー。三つ確かめる」
広場が静かになる。
「一つ。帳簿には、実際より多い食料が入ったと書かれている。死んだ人や町を出た人まで、食料を受け取ったことになっていた」
レオンは二冊目の記録を持つ。
「二つ。町の倉庫は空だった。でも、古い倉庫には一か月分以上の食料が隠されていた。その一部は、報告せずに外へ売られていた」
最後に、灰の印の紙を置いた。
「三つ。帳簿の違いを話したミナの家へ、脅しの印がついた。同じ朝に、父親の工房も仕事を切られた」
ケスラーを見る。
「間違いはある?」
「ございます」
ケスラーは落ち着いた声で答えた。
「食料の量には、捨てた分や兵舎へ運んだ分も入ります。死者の名前を残したのは、家族への配給を続けるためです。古い倉庫は、法律で認められた非常用の備蓄です」
「灰の印は?」
「荷役人が勝手に行いました」
「ミナの父親の仕事は?」
「町の支出を減らすためです」
ケスラーは住民へ向き直る。
「三年前、配給所へ人が押し寄せ、老人が一人亡くなりました。食料の場所を知らせれば、また奪い合いになります。私は町を守るために隠しました」
何人かの住民が目を伏せた。
すべてが嘘ではないのだろう。
「セレナは王都へ金を納める必要もあります。王国の軍や道を守るためです。地方だけが食料を持てば、国全体が苦しくなります」
「だから、町の食料を安く売った?」
「傷む前に金へ変えました」
「調べた商人二人は、九割以上が食べられると話している」
「辺境の商人に、国の法律は分かりません」
ケスラーは一歩前へ出た。
「殿下は優しい方です。今日パンを配れば、今日の人々は喜ぶでしょう。しかし町を治める者は、明日暴動が起きないよう、今日誰かに耐えてもらう必要があります」
「耐える人を決めたのは誰?」
「町を治める者です」
「君は?」
ケスラーの眉が動く。
「三年の不作で、食事を減らした? 上着を売った? 家族が仕事を失った?」
ケスラーは答えない。
レオンは質問を重ねなかった。
リディアが、非常時に食料を隠せる法令を開く。
「この決まりには続きがあります」
短く、必要な部分だけ読む。
「食料を隠せるのは、奪い合いを防ぐためです。勝手に売ってはいけません。代官は七日以内に、食料の量と場所を領主か王都へ報告する必要があります」
「セレナには領主がいませんでした」
「王都へは報告した?」
「北の村にいる主任書記が記録を持っています」
「十日後に戻る人だね」
住民の間から低い声が上がる。
レオンは古い倉庫で見つけた取引記録を示した。
「ここには君の印がある。受け取った金の半分しか、代官府に入っていない」
「残りは王都へ納めました」
「送り先が書かれていない」
「国の秘密の費用は、地方の帳簿へ残せません」
「なら王都で確かめる」
レオンは台から降り、ケスラーと同じ高さへ立った。
「確かめる間、君を代官のままにはできない」
広場の入口、住民の列、護衛の位置を見てから、短く言う。
「オスカー・ケスラー。今日から代官の仕事を止める。帳簿を変えた疑い、食料を報告せずに売った疑い、証言した人を脅した疑いで拘束する」
住民の一部から「殺せ」という声が出た。
別の者は、不安そうに周りを見ている。
幼い子を抱く母親たちは、裁きより食料の列を見ていた。
「処刑はしない。住民が勝手に傷つけることも認めない。逃げてもらいもしない」
レオンは声を上げなかった。
「調べたことを記録し、裁判で決める」
ケスラーは服のしわを直した。
「私を外せば、誰が代官府を動かすのですか」
「仕事ごとに分ける」
「文字も読めない少女へ任せるのですか」
ミナの指が、台を四回たたく。
「違う」
レオンは言った。
「ミナには食料の数を確かめてもらう。法律は読める人が確認する。兵の安全はリディアに聞く。役所の手続きは、残る書記とハインツに見てもらう」
「最後に決める者が必要です」
「俺が決める。責任も俺が持つ」
広場が静まり返った。
「その言葉の重さも知らずに」
ケスラーが言う。
「うん。まだ全部は知らない」
レオンは左手の王紋から指を離した。
「だから、分からない仕事は詳しい人へ聞く。でも最後に逃げるつもりはない」
リディアが前へ出る。
「オスカー・ケスラー。剣を預かります」
ケスラーは腰の飾り剣を外した。
渡す前に、レオンの近くへ寄る。
「古い倉庫を一つ見つけて、勝ったつもりですか」
「思ってない」
「王都の『王冠保全費』には、殿下の名前もあります」
レオンの呼吸が止まる。
「王冠保全費?」
「王家と王冠碑を守るための金です。第五王子家の名で、毎年セレナ百世帯分の麦と同じほどの金が動いています」
ケスラーは、さらに丁寧な声で続けた。
「殿下が受け取っていないなら、誰が受け取ったのでしょう」
リディアが剣を取り、護衛がケスラーの両腕を押さえた。
広場から声が上がる。
「倉庫を開けてくれ」
「子どもにパンを」
「今度こそ、書いた数を渡してくれ」
レオンの名を呼ぶ者もいた。
だがケスラーを捕らえても、町の問題は消えない。
王都へ流れた金。
戻らない主任書記。
襲撃者の灰色の紐。
何も終わっていない。
「ミナ」
「はい」
「今日の食料を配りたい。できる?」
「家族の人数が分かればできます」
「昨日の聞き取り記録がある。字を読める人と二人で確認して」
「二人で?」
「間違いを一人のせいにしないため」
ミナは数え紐を握った。
「分かりました」
兵士が古い倉庫から麦と塩を運ぶ。
ミナが家族の人数を聞き、紐を結ぶ。書記が名前を書く。別の兵が袋の数を声に出す。受け取った人が、自分で印を残す。
列は長かった。
それでも夕方には、町のすべての家へ七日分を渡せた。
最後に来たのは、到着の日にパンを求めた少年だった。
レオンは麦の袋を持って、少年と同じ高さまでしゃがむ。
「名前は?」
「テオ」
「家族は?」
「母ちゃんと妹。三人」
ミナが帳簿と紐を確かめる。
「三人分です」
テオは袋を両手で持ち上げ、重さを確かめた。
「本当に、母ちゃんの分もある?」
「あるよ」
テオは袋を強く抱えた。
広場から人が減ったあと、リディアがレオンの隣へ立つ。
「今日の仕事は終わった?」
「今日の分だけです」
「そうだね」
リディアは姿勢を正し、騎士の礼をした。
「それでも、最初の命令は果たされました。領主殿」
王都を出た日は、逃げた王子だと思われていた。
今は、セレナの領主と呼ばれた。
レオンが返事をする前に、地下から鐘が鳴った。
一度。
少し間を置いて、二度。
牢番が息を切らして走ってくる。
「殿下。ケスラーの鍵束に、記録のない牢の鍵がありました」
「中に誰かいる?」
「最も深い場所に一人います。王都へ送る予定だったようですが、名簿に名前がありません」
牢番は声を落とした。
「敵国の元将軍、ガレス・ヴォルクです。最後の撤退戦で、千人の兵を生きて帰した男です」
今日、町の不正を一つ止めた。
その日の終わりに、今度は敵国の将軍が地下で待っていた。
レオンはケスラーの鍵束を受け取った。
「まず、本人の話を聞こう」
ただし、信用するかは話を聞いたあとで決める。




