答え
小野美佐子は猫を被った女狐、本当に悪魔の様な人間……そう思っていた。
「わざわざ人気のない教室に呼び出して話って何だ?私にこれ以上答える事なんて無いぞ?」
「答えることは無いのかもしれん。だけど、俺達が導き出した答えを聞いて欲しい。まず、今回の小野の動画で俺はずっと違和感を抱いていた。何故か、分からないがどうしてこんな違和感に辿り着くのか、それは体育祭での出来事で自分の違和感に気付くことが出来た」
ずっと引っかかっていた。だが、あの動画の違和感、それは――――体育祭後の水沢の告白によって分からされた。
「……俺があの時見た日、お前は水沢に対して本性で振ったりなんてしていなかった。そこから、小野がもしも毎回本性を曝け出して相手の告白を返しているのなら噂が流れる筈。だが、その噂が流れていない事からもそれは明らかだ」
ここまでは俺の予想が導き出される一歩手前だった。ここからが俺にとって一番大事な局面へと移り変わる。
だが、俺だけが喋っている訳にもいかないだろう。
「漢城。ここから少しだけお前に任せる」
「……はい。吉条君の意見により、私達は四人の人に話を聞きに行きました。その内の一人が――――宇治幸也さんです」
三度宇治幸也に出会うことになろうとは思いもしなかったが、そのおかげで分かる事もあった。
宇治幸也と言う名前が出た時、黙って聞いていた小野の眉がピクリと動いた。再びその名前が出るとは思いもしなかったのかもしれない。
「宇治幸也さんに話を聞きに行った理由は前回と同じく私達が知っている中で唯一小野さんの本性の姿で振られた人間だからです。ですが、前回と違って私達が聞いた内容とは少し違い、自分は確かに裏切られたと思っている。だけど、それは小野さんに自分の心の奥底にあった重圧、プレッシャーにより本当に好きかどうか分からなくなっていたことを見透かされていたのかもしれない……と話してくれました」
「今回ばかりは仕方ないとして、黒柿、春義の話を聞かせる。黒柿もまた初めは裏切られたと感じていた。だが、ここ最近心境の変化によって裏切ったのは小野さんじゃない、自分じゃないのかと俺に伝えて来た。春義に関しては宇治と同じ理由だったが、違うのは宇治はそれでも付き合おうと思ったが、春義は別れようとしたところだな」
「……ハッ。そんな事をわざわざ言いに来たのか?春義先輩に関しては大体想像がついてた。そんぐらい私でも分かる」
「俺が疑問に思ったのはここからだ。黒柿、宇治は裏切ったから酷く振った。それは確かに俺も分からなくは無かった。だけど、どうして春義先輩だけ酷く振らなかったのか、その理由は――――坂村千代。その子が理由だったんだろ?」
「……な、何でお前らが千代の事を知ってんだよ!」
坂村千代と言う言葉に小野は大きく目を見開き、声を荒げる。小野が声を上げる理由も分かる。沢山の人と話し、周囲の気持ちなどにより敏感な小野だからこそ気付いていたのかもしれない。
――――だが、小野がどうして知っているのか、その理由は簡単だ。
「彼女は夏休み前に『お悩み相談部』に相談して来たんだ。自分の好きな人が私の友達と付き合っているからどうしたら良いんだろうって」
夏休み前、『お悩み相談部』が繁盛したときの依頼者であり、泉が解決した案件でもある。
漢城と共にお昼休みに話を聞きに行った時、見かけて身に覚えがあったのも頷け、そこまでは理解出来たのだが、そこでふと疑問に思えることは無いだろうか?
小野と同じクラス、友人が付き合っている、その二つの可能性からそれが小野と春義では?という疑問に取りつかれるのは当たり前だ。
春義は大層モテるし、その可能性が高いと考えた。
「校内にまだ居たので放課後に直ぐに吉条君と二人で聞きにいきました。勿論、名前は聞いていませんが、坂村さんに聴けば、自分から何かを言う前に、別れたので何事も無かったと言っていました。あの時期に付き合っており、更に別れたとなれば、私の情報網で言えば小野さんと春義さんのカップルしか知りません。そして、同じクラスで友達と言う観点から見ても小野さんの話で間違いではありませんよね?」
「何が言いたい?」
小野は少し長話に苛立ちを覚えている様に見える。もしかすれば、これ以上話を聞きたくないのかもしれない……と言う事も有り得るが話は続けるほかない。
「俺はお前のその顔を見た時、突然の豹変に別に春義に酷く振らなかったことを、噂を流さないことに何の違和感も抱かなかった。だけど、今回の件で気になった。黒柿、宇治の事はこっぴどく振っているのに、どうして春義の事は酷く振らないのか、噂を流さないのか、それが坂村の為だったからじゃないのか?」
「何が言いたいのかさっぱり分からないが、春義に関しては別に面倒でやらなかっただけ。それだけだから」
「――――それは違うだろ。春義が自分から振れば絶対に周りから色んなことを言われるのは明らかだ。それは春義本人も言っていた。そうなれば、坂村にとって春義に告白しにくくなるし、春義の立場も危うくなる。俺は最初お前がプライドが高いから自分から振っているのだとばかり思っていた。だけど、本当は坂村が春義ともしも付き合ったとしても普通にやっていけるように配慮したんじゃないのか?だから、噂も流さなければ酷い振り方もしなかった」
「ハッ。まさか私がそんな善良で健気な女の子だとでも思ってるのか?違うに決まってんだろ」
「――――俺の予想でそう思ったんだよ小野」
「は?」
「――――俺はお前が《《健気で善良な友達想いの人間》》。何故か、そう考えたんだよ」
途中に結論を言うことになるとは思ってもみなかったが、小野の表情は明らかに変わり、口を開けて固まっている。
最初は信じられなかった。自分の頭がおかしくなったのではないかと本気で疑いたくなった。だけど、本当にそうなのだ。
――――小野は悪魔の様でプライドが高く、男子に対してきつい振り方をするやばい人間。最初はそう思っていたが、本当は違ったのだ。
「俺はお前の今の感じが素なのだと思っていた。本性なんだと。だけど違うだろ?本当は――――いつも学校で普通に過ごしているお前の方が素なんだろ?」
「……何でそう思った?」
小野が初めて普通に質問してきた気がする。そして、少しだけ表情が変わり話を聞く気になったのかもしれない。
「二人目までで、そこまでの結論を大体つけれたが、三人目。これでもう明らかになった。伊瀬茜の噂に関して」
俺は思うのだ。
小説や、漫画でも殺人事件や盗難事件、様々な推理小説、推理漫画などは存在する。
本の内容としては、殺人事件の中でどんなトリックで誰が犯人なのか、それが物語の面白さ。
だが、本当に大事なのは事件が起きてからのその人たちの人生の歩む道が一番大事なのではないかと。
寺垣は言った。
相談の案件の後はどうなったのかと。俺達は相談者の依頼を解決したが、その後は本人たちにしかどうすることも出来ない。だからこそ、それ以降の干渉はしていないし、どうなっているのかも知らない。
だが、本当に大事なのは相談した後のその人間の歩む道をしっかりと見る事なのではないかと言う事。
伊瀬茜の噂に関しては、小野がばら撒いた……と言う事だけを見つけ出しただけであり、俺達はそれ以降何もしてない。
だが、その後どうなったのだろうか?
俺はそれが気になった。
クラス内で黒柿が自分が嘘の噂をバラまいたと自白した。だが、噂は《《クラス外にもあった》》筈なのだ。
伊瀬茜の噂が本当に消えたかどうか、それを三人目として伊瀬に聞いたのだ。
「伊瀬さんに直接聞いた所、クラス内で広がっていた噂は黒柿君のおかげで消えた。だけど、それ以外の噂は――――小野さん。貴方が消したと言う事を私達は伊瀬さんに直接聞きました。そして、私のせいで噂が広がったことを謝罪して来たと」
「そこで考えられるのが、どうして小野は自ら噂を広げたのに、消して挙句の果てに謝罪しに行ったのか、その理由は伊瀬とお前が友達だったから。そこで、俺が言ったお前の善良で友達想いと言う言葉に繋がる。伊瀬が心配してたぞ。お前はそんな事をするような人間じゃない。誰かに脅されているんじゃないのかって。初めは俺も漢城も伊瀬が小野に噂を流されたことを知っていないのかと思ったが俺の予想は外れ、伊瀬は全てを知っていた」
「そこで今までの出来事を振り返り、吉条君の意見を取り合わせて考えれば、小野さんは噂を故意に流そうと思っていなかった。自分の耳に入った事で大抵の人は知っていると考えた小野さんは伊瀬さんの噂が本当なのかどうか、疑問に思い色んな人に尋ねようと考えた。ですが、予想外の事で噂は全然広がっておらず、自ら広めてしまったことになった」
それが三人目に尋ねた人物。
そして、次で最後だ。
「――――最後に尋ねたのは内田先輩だ」
「内田先輩?」
小野もこれには予想外であったのか、純粋に疑問の声を上げていた。だが、内田に直接聞くというよりは、間接的に聞いたと言った方が適切なのかもしれない。
「内田先輩には《《吉木先輩》》の事を聞いたんだよ。三人目まで聞いて納得できる部分もあったが、吉木先輩の件、あれだけはどうにも腑に落ちなかったが、内田先輩に聞いてようやく理解出来た。小野は別に春義が吉木と浮気したことを根に持ってはいなかった。吉木先輩が小野に委員長をやる様に推薦した時、お前が言い返した。あの時はただの仕返しなのではないかと思った。だけど、違ったんだろ?小野は本当に吉木先輩がやるのが良いと思っていた。その理由は萩先生も言っていたが、三年生が行えば就職活動や今後にも必ず役立つと」
体育祭実行委員を決める時、萩先生は確かに言っていた。そして、それは小野自身も理解していたのだろう。
「俺はコミュニケーション能力、そして統率力で言えば小野がやった方がまだ向ていると思っていた。だけど、小野は来年もあるが吉木先輩は今年しか体育祭は無い。そして、吉木はコミュニケーション能力は確かにある。それに加えて、体育祭実行委員で全員を指揮する統率力が培えば、凄い人間になる。それを考えて吉木を推薦したんじゃないのか?」
「もしも仮にお前の言う事が正しいとしてペンキの件はどうなる?」
試すかのような視線を送ってくる小野だが、俺がそこまで配慮していない訳が無い。俺は自分の予想が正しいのか、正しくないのか判断する時は完璧に調べ上げる質なのだから。
「俺もそこは疑問だったが、そこには二つの意味があると判明した。その一つが内田先輩に聞いて分かったんだ。ペンキが見つかる前までの間、吉木先輩は適当に委員長を務めていた。それを改善して欲しかったんだろ?自分が推薦したのもあるかもしれないが、元々小野は吉木にはそのセンスがあると感じていた。だからこそ、ペンキの件で分かって欲しかったんだろ?自分にある長所である思いやりや判断力を。吉木は自由人であるが、他人の気持ちを理解し、接してやることが出来る。それは内田先輩が褒めてたよ。それに――――ペンキの一件以来吉木は人が変わったように必要な書類などにも丁寧に目を通して印鑑を押したりと、真剣にやってくれていたと」
吉木は自由人。それは俺の予想では間違いではない。だが、俺と話しているときも読書をしている俺なんていくら春義の案件を解決したからと言って話そうともあんまり思わない筈だが、常に笑顔で普通に話しかけてくる思いやり、漢城の情報網では色んな人の相談にも乗っているようだ。だからこそ、小野は吉木が委員長にふさわしいと本当に思っていたようだ。
「お前がペンキを隠したことによる一つ目の理由が、吉木に真剣に委員長をしてもらう為に、自分は向いているんだと気付かせるために行った」
「否定したって何が返ってくるか分からない。二つ目の理由は?」
「二つ目の理由は直ぐに理解出来た。それは――――俺達に気付いて欲しかったんだろ?自分の行っていることを、自分は悪い人間ではないのだと、伊瀬の事であそこまで調べ上げた俺と漢城に気付いて欲しかった。だけど……そこで一つ俺達にとって予想外だったのが《《勘違い》》が発生したことだ」
「……小野さんが吉木先輩に突き飛ばされる所を見て私達はわざとこけている様に見えました。だけど、本当は違ったんですよね?勉強と同じく、運動だって出来過ぎてしまったら疎まれてしまう。だけど、本当は運動だって出来るんですよね?だからこそ、吉木先輩が押そうとしたとき、後ろに下がって避けようと思ったが、予想以上に強くてコケてしまった。あれは、本当は故意じゃなくて事故だったんですよね?」
途中から漢城の目が段々と潤んできているのが見えた。
それもそうだろう。全て、俺達の勘違いだったのだから。
小野が体育祭実行委員で吉木に謝らせたのは、これ以上吉木が責められないようにする為の配慮だったのだと今更ながらに気付かされもした。
――――そして、俺達が大きな勘違いをして小野にとって不本意な形で体育祭実行委員でのペンキ事件が終わり、体育祭の終わりにもう俺達には何もしないという宣言をした。
それは――――俺達では気付くことは出来ないという諦めだったのだろう。
本当はテストでわざわざ自分の存在を見せびらかしたのも、体育祭でペンキを隠したのも全て自分の事を気付いて欲しかったのだ。
「ペンキを隠した後の体育祭までの時間の時、放課後に誰よりも遅く残って自分がペンキを隠していた分の時間、看板作成をしていたと言う事も内田先輩に聞いている。内田先輩は何だかんだ言ってサポートと言うだけあって、色んな人を見ていたよ」
黒柿の件、春義の件、伊瀬の件、そして吉木の件、全て小野は悪いことなど何一つしていなかった。
「俺達『お悩み相談部』は誰かの依頼が来てようやく手を出すことが出来る。だけど、お前は慈善的に自分の友達の為に誰に何を言うわけでもなくずっと一人で色んな人を救おうとしていたんだろ――――小野」
気付くことが出来なかった俺達は小野に散々な事を言い、見放した。そう囚われてもおかしくはない。
――――俺達がやっていたのは、何一つ良い事などではなかった。
ただ、誰かの為に頑張れる一人の少女を傷付けただけの行動だったのだ。
「お前はそれが素だと言ったよな?それは嘘だろ?伊瀬の噂を聞いた時、お前は『私はそんな人じゃないよ!』と涙目になりながら俺に訴えかけた。初めは自分の素の性格を見つけさせないための演技なのだと思っていた。だけど、あの言葉は、あの表情は本当は――――全部自分の本音だったんじゃないのか?」
俺達が調べ上げたことは全部言った。
後は――――小野美佐子の言葉を待つだけだ。




