小野美佐子の気持ち
小野美佐子
私は勉強が好きだった。
自分の分からないことが分かる様になる感覚が好きで、その結果が出るテストが好きだった。
周りの皆はテストなんて無ければいいのにって言っていたけど、私は全く思わなかった。
小学四年生ぐらいの頃までテストで百点を取り続けていた私だが、その時既に私はこの世の理不尽と言う物に気付き始めていた。
勉強が出来過ぎてしまっては嫌われる。
『小野ちゃんはちやほやされたいだけ』
『なんか見下してるよね』
勉強が出来過ぎてしまっては嫌われると知った私はその時から勉強を頑張るのは密かにと考え、テストでは親に怒られない程度、自分でもギリギリ納得出来る点数を取っていた。
そうすれば、皆離れないで一人にならずに済むし、気が楽だった。
――――私は勉強も好きだったけど、運動も好きだった。
勉強では疎まれるかもしれないけど運動なら……そう最初は思っていた。
『男子にモテたいからかやってるんだよ』
『運動できない私達への嫌味?』
運動も出来過ぎては駄目だと気付き、私はその時この世の理不尽に気付かされた。
この世は優しく、甘ったるい世界ではないと。
真面目にやれば報われる訳でも、頑張ったから報われる訳でもない。好きな事をやっても嫌われる。
そんな知りたくも無い事を私は小学四年生の頃に分からされた。
だから、全部を抑えた。勉強をしたくてもしないで、運動もしたいし授業が楽しみだったけど、友達に合わせてサボったり、適当にやって嫌われない様に生きてきた。
――――それが正しいのだと願って。
だけど、それでも駄目だった。
中学校に入り、段々と自分が普通に生きてはいけないことを悟った。
昔から可愛い、美人になると周りから言われてきたが、中学校に入り男子からの告白が絶えなかった時、自分はモテるのだと気付いた。
そして、いつの間にか私は学校一の美少女と言う噂が広まっているのを聞いた。
だが、誰にも分かってもらえないかもしれない。傲慢と思われるかもしれない。だけど、私は――――学校一美少女と言うあだ名は嫌いだった。
モテて良い事なんて今まで無かった。自分が好きではない男の子に告白され、振れば女子に調子乗っていると怒られる。
『小野ちゃんは私が好きだって知ってるのに盗った』
『男たらしだよね』
皆何時も私を悪口の標的にしようとした。
私はその人と一、二回しか喋ったことが無いのに男たらしなどと罵られ、自分が何をしたのか教えて欲しかった。
今度は何をしたら怒られるのか、私はどうやって生きていけば咎められずに済むのか全て教えて欲しい気持ちになりそうだった。
『小野ちゃんは色んな人に告白されて羨ましい』
『私もモテたい』
殆どの人達は皆私と話すとき、当たり前の様に言ってくるその言葉が私をどうしようもないほど苛つかせる。
告白されるという事は、自分の好きな人ではない人からも言われると言う事だ。私は別に好きで振っている訳ではない。だけど、本当に付き合うのならちゃんと好きな人と付き合いたい。そんな当たり前の気持ちがあるから振るんだ。
だけど、皆は知らないかもしれない。
自分はこれからも友達としてやっていきたい人から告白され、これからの関係が崩れてしまう心の痛みを、別に嫌いではない人を振る時、相手の悲しい表情を見て自分まで苦しい思いになることを。
それを一度、二度、三度……数え切れ無くなってくれば、もう自分はどうすれば良いのか分からなくなりそうで、自分の精神が段々と弱々しくなっている様な気がしてならなかった。
どうすれば良いのか分からなかった。
――――私が悪いのか。
自分では何もしていないつもりでいる。だけど、周りはそうはいかない。なら、私が悪いんだ。全部、全部私のせいなんだ。
――――私は悪い奴なんだ。
自分が悪い人間で、新しい悪い自分の仮面を作ることで私は平静を保て、精神が安定していることを自分で自覚してしまった。
自分が裏切られるのも当たり前。何時嫌われてもおかしくはない。振っても悪い自分がいるから大丈夫。
何も辛くない。何も……辛くない筈なのに、楽しい筈なのに私は何がしたいのか分からなくなってしまった。
――――私は何を楽しみに学校に来ているのだろうか?
何時しか楽しいという感情が心の奥底に蓋をされた様に閉じられている気がした。人間にある感情の喜怒哀楽、その喜びと楽しみだけが自分の中から消えてしまっている気がする。だけど、そう思いたくなかったのかもしれない。
そうじゃないと、今まで我慢してきたことも、自分の悪を作り出したことも全て無駄になりそうで怖かった。
だけど、世の中の人間全てが悪い人間だらけではないことも知っている。打算抜きで私と友達になろうとしてくれる人だっている。だから、私は決めたんだ。
――――傷つくのは私だけで十分だ。私の友達が傷つく姿は見たくないって。だから、その為なら私が犠牲になって友達を救おうって思った。
……だけど、私のやろうとしていることは全て裏目に出る。
好きだった春義先輩はいつの間にか私の事を好きではないと今まで色んな人と関わったおかげで少しずつ分かってしまった。
なら、友達の――――千代に譲ってあげた方が互いの為に幸せになるんじゃないか?私から振れば何の音沙汰も無くきっぱりと別れることが出来るんじゃないか?そう考えればもう私の答えは出ていた。
――――いつもの事だ。
私は我慢は得意なのだから。
だから、私は自分から振り春義先輩と別れた。それが、最善の選択だと思いながら。
だけど、全部意味のない事だと気付かされたのは友達の――――伊瀬茜の変な噂が流れていた時だった。あの子は私にも打算なしに話しかけてくれるし、全然悪い子ではない。それなのに、どうしてそんな噂が流れているか気になった。
それに、以前すれ違った時、あの悲しい表情を友達にしてほしくないと思ってしまった。だからこそ、噂の真実を突き止めようと、色んな人に聞いたが、殆どの人間が誰も噂について知らないで、助けようと思ったのに、逆に茜ちゃんを追い詰めることになってしまった。
自分は大変なことをしてしまったと感じているとき、現れたのが――――吉条宗弘と言う男だった。
その男の言っていることは見当違いに思えてしまったが、確かに私が茜ちゃんの噂を広めてしまった事実は変わらない。そして、黒柿君、宇治君が自分から裏切っていたとしても酷い振り方をしたのには変わりは無かった。
『春義先輩は浮気をしていた』
……だけど、その言葉で私は一瞬思考が止まり、頭の中が真っ白になってしまった。
春義先輩が浮気をしていた?そんな事があり得るのか?って思えて仕方が無かった。それなら、私のしたことに意味があるのか、私は何もしていない筈なのに。
信じられなかった。友達の為に自分から振った事も、噂を消そうと奮闘しても何の意味が無い事に気付かされ、私は何をしているのか分からなかった。
だけど、この吉条宗弘と言う男に私は本性と言う名の悪の仮面を出してしまった。どうして、私はこんな事をしているのか初めは分からなかった。
今なら分かる。私は誰かに教えて欲しかったんだ。自分のやっていることに意味があるのか、私はどうしたら良かったのか、それを教えて欲しかった。
誰かに気付いて欲しかった。誰かに本音をぶちまけたかった。
――――誰か……そう思って私は悪い自分を見せつけたんだ。私の本当の気持ちにこの場にいる二人なら分かってくれるんじゃないか……そう思ったんだ。少しだけ心の蓋から感情とも呼べる希望が私の中から出てきた気がした。
『おっと、今イラっとしただろ?だったら分かるよな?売られた喧嘩に買うのは良いが、やり過ぎには注意だぞ?』
だけど無駄だった。私の気持ちに気付いて欲しいという薄い希望とも呼べる感情はこの時、直ぐに仕舞いこんでしまった。
初めから希望なんて持つから絶望するんだ。だったら、もう希望なんて捨てた方が良い。そう思った。
――――思った筈だったんだ。
『看板作成、私が残って少しでもやっておきます』
『ありがとう。ペンキが無くなって遅れてるから凄い助かるよ』
内田先輩の許可を得て一人で残って看板作成をしていた時――――自分でも分からないまま涙がポタポタと看板に滴り落ちていた。
『な……な、何で』
目頭を何度擦っても、擦っても涙が止まらなかった。
『う、うああああああ』
いつの間にか私は声を吐き出しながら泣いていた。涙が止まらなかったのはどうしてか分からなかったけど、私はもう何をする気にもなれなかった。
もう全部どうでもいい。
私はいつも通り学校一美少女と言うあだ名の通りに完璧でいれば良いんだ……それが正しいのだから私は失敗をせず、我慢をして皆に嫌われない様に生活すれば良いんだから。
――――本当の願いなんて夢を見るから絶望して泣いてしまうんだから。
そう思っていた矢先に、変な動画が流れ、私は嫌われた。今まで積み上げて我慢して来た全てが崩れ去り、もうこのままで良いと思った。こっちの方がもう気が楽だと思えてしまった。
……なのに、なのにどうして今になって全部気付くんだ。私はもう全て捨てた後にどうして……。
吉条宗弘。
「……本性曝け出してどうすんだ?私に今まで通り完璧で居ろって?もう疲れたんだよ」
「お前がこれからどうするのか俺にはどうすることも出来ない。ただ、やっても無い事で勝手に嫌われて本当にそれで良いのかって事だ」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
小野が初めて大きな声で叫び声を上げて、少しだけ驚いている自分がいる。それほどまでに小野が追い詰められているとは今まで全く気付かなかったのだから。
「今まで全部!全部全部!我慢して、それでも駄目で、愛想振りまいて、色んな人の告白から振って悲しい顔見て!私にこれ以上どうしろって言うんだよ!これ以上なにをしたら良いんだよ!」
「……お、小野さん。私も気持ちは分かります」
「何が分かるって言うんだよ!何が学校一の美少女だよ!私は……私はそんな称号を一度でも欲しいなんて言ったこともない!勉強をしたら嫌われて、運動をしても嫌われて……もう何が楽しくて生きてるのか分かんないよ……」
「……小野。お前」
小野の表情から悪い部分の性格が消え、いつの間にか学校にいつも居る時と変わらない小野がこの場にはいた。
だが、その眼には涙が溢れていた。
「……私は……私はただ……普通の高校生として楽しく過ごしたいだけなのに」
涙が溢れている小野の顔を見て、俺は以前の時とはまた別の形なのかもしれないが、言葉を発することが出来なかった。




