完璧
「……だけど、周りはそれを許してくれない。何時も、完璧でいなくちゃ私は嫌われるから」
「……わ、私も確かに小野さん程じゃないかもしれないです。だけど、何時も良い子で居なければならない、そう思える日々は沢山あります。だから、その気持ちだけは私も分かると思うんです。だからこそ、思うんです。何時も完璧で居る必要は無いんじゃないんです?」
「じゃあ、いつ気を抜けば良いの?友達と遊んでいるとき?家に居る時?友達と遊んでいるときに気を抜いて、今まで積み上げてきた物が一気に崩壊していく恐怖を知らないでしょ?家に居る時に気を抜いて万が一学校でも気が抜けて少しでも間違えれば全てが失われる。その怖さが分かる?」
正直に言って俺は小野の気持ちを全く理解は出来ない。今まで一人で思うがままに生きて来た俺に言わせれば、そんなに辛いのであれば捨ててしまえば良いのではないか?そう思わずにはいられない。だけど、小野にとっては今までの地位がずっと積み上げてきた物で勝手に崩壊させてはならない掛け替えのないものなのかもしれない。
それは漢城も同じなのかもしれない。少しは小野の気持ちが分かるのかもしれない。だが、全てではないだろう。だから、今も漢城は小野に対する答えに詰まっている。
俺も漢城も小野の気持ちは理解出来ないのかもしれない。だけど、一つだけ言えることはある。
「お前の怖さは俺には分からない。だけど、一つだけ聞きたい。お前が言う完璧って何なんだ?誰とでも仲良くするために愛想を振りまいて、誰にも嫌われない様にするために色んなことを我慢する。それがお前の言う完璧なのか?」
「違うって言うの?」
「違う事は無いのかもしれない。それが、最善の答えなのかもしれない。だけど、俺は思うんだが人生に――――完璧と言うのは存在しないって事だ。例えば、勉強で言えば数学には完璧な答えが存在している。完璧な物が用意されている物も世の中には存在する。だけど、人生はそうはいかない。完璧と言うのは存在しない。だから、人は少しでも最善の選択をしようとする。金持ちになって人生を謳歌している人間だって、もしかしたらもっとお金を稼ぐ道があったかもしれない。有名な大学に入った人間だって、もしかしたらもっと自分に合っている場所があったかもしれない」
「……何が言いたいの?」
「結論を言えばお前のその選択は最善なのかもしれない。だけど、完璧じゃないって事だ。お前にとっての完璧は何だ?」
「それが私はこれだって思ったの」
「そうだな。だけど、お前が本当に願っていることをさっき自分で言っただろ?運動も我慢して、勉強も我慢して全てを我慢しているんだろ?だったら、全部我慢せずに誰にも嫌われないことがお前にとっての完璧なんじゃないのか?」
「そ、そんな事口で言うのは簡単だけど」
「嫌われるって事だろ?」
「分かってるなら」
小野の言いたいことも十分理解している。だけど、今となってはもう意味のない話だと俺は思う。
「こう言っては何だが、もうお前はあの動画の件で嫌われてるだろ?怪盗Xとかふざけた奴の仕業だが、もうこうなれば、お前は他の道で頑張るほかない。だったら、別に万人に好かれなくても、お前の事を理解してくれる少数の友達の方が俺は良いと思うが?」
「そんな人が居たら私だって苦労はしないよ」
「それに関しては心配無用だな。ここにもう一人お前の気持ちを理解してくれる人間はいる」
「え?もしかして私です?」
俺の言葉で小野と俺の視線が漢城に向けば、漢城は辺りを見渡して自分しかいないことを確認し、俺の方を向いて呟くのだが、ここに俺たち以外誰が居るのだろうか?
……まあ、もう少ししたら結構な人数が来ると思うが。
「お前以外誰が居るんだよ。言っておくが、こいつは超が付くほどの変人だ」
「何故にシリアスムードから突然罵倒されてます?私全く理解出来ないんですが」
「こんな俺にも普通に話すような奴だ。こいつは馬鹿なほどお人好しで優しい人間だ。それにお前の気持ちも理解してくれる奴だ。こいつと友達になれば絶対にお前を悲しませるようなことはしない。それは俺の命を賭けても保証する」
「……吉条君」
「要するに、こいつみたいにお前にとっても裏切らないって思えるような友達は少なからずいるだろ?そいつらと仲良くするのがお前が一番何も我慢しないで済むと俺は思った。以上だ。お前への謝罪も、次の提案も持ち掛けたと言う事で俺からの話は終わりだ。漢城、言いたいことはあるか?」
俺は言いたいことは全て言い終わったので漢城の方を向けば、何故か少し顔が赤いのだが何かあったのか?
「……殆ど吉条君が全部言ったので、殆ど言うことはありませんが、私も本当にすみませんでした。私なら小野さんの気持ちに少しでも気付けたはずなのに、気付くことが出来ませんでした。それが本当に申し訳ないと思います。だからって訳じゃありませんけど、私も小野さんほどじゃないですけど告白とかされたりしますから、少しは役に立てるかもしれないので、困ったら相談してください」
「《《伊里ちゃん》》って役に立つの?」
「……今名前を呼ばれたことに嬉しい気持ちと何故か全く信頼されていない私の悲しい複雑な気持ちが混ざってるんですが!?」
「もう友達なんだから良いんじゃないか?本音をぶつけ合ったんだ。気づけなかったのは漢城のせいじゃない。お前は馬鹿なんだから気付かなくて当たり前だ。だから、お前が悪いと思う必要は無い」
「フォローするのか貶すのか二人ともはっきりしてくれませんかね!?」
「……なんか二人の関係が羨ましい気がする。何かコンビみたい」
「おい、ふざけるな。こんな馬鹿と同じにされた日には俺は悲しくて家に引きこもる」
「そこまで言います!?確かに頭が悪いのは認めますけど!」
「――――私も二人を見てたら何か信頼し合えるような関係が作りたくなってきたな。少し癪だけど、吉条の言っていたことが理解出来た気がする」
「今からでも作れると思うぞ?多分そこまで来てる」
「え?」
小野が疑問の声を上げるのと、扉が勢いよく開けられるのは同時だった。
「――――美佐子!!」
「千代!?」
扉から入って来たのは坂村千代であり、小野に飛び跳ねて抱き着く。その眼には涙が溢れかえっており、目が真っ赤になっていることから相当泣いていたことが理解出来る。
「ご、ごめんね。私鈍いから、ぜ、全然気づけなくて。うあああああ」
「ちょ!鼻水と涙が全部制服についているんだけど!?」
「小野先輩!あの時は本当にすみませんでした!」
「黒柿君!?」
「……今更だが、本当にごめん。僕も勝手な理由で振ろうとしたり、浮気したりしてたのは本当に悪いとは思ってたけど言う機会が無かった」
「春義先輩まで!?どういうこと!?」
小野は坂村に抱き着かれて困惑しながらこちらの方を見るのだが、その答えは簡単だ。
「俺はな、何でも完璧にやる主義なんでな。謝罪をするのであれば、誠心誠意を込めたきちんとした謝罪が必要だと思ってな。反省の印に今までお前が関わった人物を、『お悩み相談部』の皆に集めてもらい、予め泉に電話をした状態でこの教室に入ったって事だ」
この教室に入ってから電話をすれば、万が一ではあるが小野に悟られる可能性があるので入る前に予め押しておいたのだ。
「も、もしかして全部聞いてたの?」
「うん!本当にごめんね!!」
呼び出してもらったのは、黒柿、坂村、春義、伊瀬の四人だ。本当は宇治も呼ぶか迷ったが、他の学校でもあり来るのは大変だろうと思い呼ばなかったが今はこれで良いだろう。
「本当にあの動画が違うって分かって良かったですね。小野先輩」
「茜ちゃんまで」
「小野ちゃん。大変だったわね!今後もしも何かあったら直ぐに『お悩み相談部』に来て良いからね。私がぜーーーったいに解決してあげるから」
「な、何で南澤ちゃんが泣いてるの!?」
何故か『お悩み相談部』の中でも清水以外は全員来ているのだが、その中でも何故か南澤が泣きながら小野の肩を掴んでいた。
大体、小野の話を聞いて感情移入でもしたんだろうと想像が容易く出来る。
「――――小野。確かに世の中の人間は強者に優しくない。悪い人間だっているし、お前を虐めようとする人間だっているかもしれない。だけどな、多分ここに居る奴らはお前の事を今後信用して助けてくれる筈だ」
「勿論です!困ったことがあれば俺も絶対に助けます」
「わ、私もう一生離れないからーーー!」
「千代はまずどいてくれ。鼻水と涙を拭いてくれ」
「いやだーーー!」
「《《美佐子ちゃん》》!私も相談乗ります!何時でも新聞部にでも来てくれたら相談乗りますから!」
「嫌だ……冗談」
「今ちょっと悪い部分出てませんでした!?」
嫌だと言った後、少しいたずらっ子の様な笑みを浮かべて漢城に話しながら周りの奴らと笑顔になりながら話していた。
初めてあいつの笑顔を見た気がする。あの笑顔を見れば少なからず俺達のやったことに間違いではないと思えるような気がする。
「……今日の広先輩は何だかカッコよかったですよ?」
「お前現場に居なかったよな?」
「声で分かります」
「怖いよ?」
ひょっこりと隣に隣に現れる泉。こいつは何時も神出鬼没だ。
「今は小野さんが少しでも元気になったので誰も気付いていないですけど、広先輩が何も気付かなければ分からないままでした。だけど、広先輩は自分のやったことを誇らしげに自慢しないから、多分誰も気付かないのかもしれないです。今までもずっとそうでした」
「……どうしたんだ?急に」
「広先輩が頑張ってるって事を誰も気付いていないのかもしれないですけど、私はちゃんと知ってるって事です。お疲れ様でした、広先輩」
「別に褒められたくてやった訳じゃないし感謝はいらん」
「うわー、そこは素直に受け取った方が絶対に良いと思いますけどね」
「だが、労ってくれてありがとな」
「――――広先輩は本当にずるいです」
「何か言ったか?」
「何でもないですよ。私達お邪魔ですし戻りましょう」
「……?おう」
泉が何を言ったのかは分からなかったが、別に気にするほどでもないだろ。
この世の中は強者に優しくない。それが、当たり前であり、変えようのない事実である。
今回の一件はそれが良く理解させられた。
だが、弱者には優しく、強者には厳しい世界であろうと――――少しは強者が報わたって良い筈だ。
何故か、あの満面の笑みを見た時柄にもなくそう思ってしまう自分がいた。




