寺垣・過去
「……一応聞くが冗談じゃないよな?」
「全然冗談じゃないよ。小学三年生まで私は誰とも話せない子だったの。一人を除いてだけどね」
「一人?」
「家族は普通に話せるんだけど、それ以外の人とは全く話せなかったんだけど、たった一人私幼馴染が居て男の子なんだけど、その人だけは何故か普通に話す事が出来たの。ずっと学校でも誰とも話せなかった私だけど帰ってからその人と話して遊ぶのが唯一の一日の楽しみだった。何時も私を連れまわして色んな所で色んな遊びをして、私にとって大変だったけど…楽しかった」
寺垣の表情は何処か楽しそうに、過去を振り返っているようだったが、少し表情に曇りが刺した。
「……だけど、三年生の頃その人は転校しちゃってね。本当に悲しかった。学校に楽しい思い出なんて無いし、家に帰っても今の様に遊んでくれる人なんて私にはいなかったから何を楽しみに生きていけばいいのか分からなかった。これから、どうやって楽しみを見出せば良かったのか分からなかった。だけど、それから私は変わろうって思えた」
――――小学四年生・寺垣。
……あの人が居なくなった三年生。そして、一カ月が経ち四年生になった。
今でも昨日の様に遊んだことは思い出せるのに、もうその時間は戻ってこないことを知っている。
あの日、どれだけ泣いたのか分からない。今でも我慢できなかったら涙が溢れ出しそうになって怖い。
「……た、ただいま」
学校から帰って家に帰る時、私は遠慮気味に声を出してしまう。
「――――どうしていつもいつも帰りが遅いのよ!」
「仕事があるんだから仕方がないだろ!」
……今日もだ。
最近になってより酷くなってしまった。
お母さんとお父さんはずっと仲が悪いけど、最近はずっと喧嘩して二人とも私は一切話をしていない。
お父さんはお母さんと喧嘩しては直ぐに家から出て行って朝まで帰ってこない。お母さんはずっと椅子の上で塞ぎこんでいてなんて話しかけて良いのか分からない。
私にはどうすることも出来ない。だから、ずっと自分の部屋で何も聞こえなくなるまで黙って過ごすしかない。
「……会いたいよ」
こんな時、何時も私を家から連れ出してくれる人はもう誰もいない。もういないんだ。
――――どうしたら戻って来てくれるの?
私が情けないからダメなの?私が弱いからダメなの?
……戻って来てよ。
学校に居場所は無い。だけど、家にも居場所は無い。私はどうしたらいいの?
「……変わりたい」
こんな駄目な自分を変えたい。あの人みたいに誰とでも話せて仲良く出来る様な人になりたい。
――――変わったら私もあの人と今度会った時ちゃんと話せるだろうか?
――――今度は私が遊びに連れて行くんだ。
そう思ったら私の足は動き出して、直ぐに近くにある図書館に向かう為に準備をする。
あの人と遊ばないで家族が喧嘩しているときに偶に逃げてしまう場所である図書館。そこなら、誰の声も聞こえずに静かに居られるから。
どうせ私が帰った事さえ気づいてないから何も言わなくていい。
直ぐに靴を履き家を出て、近場にある図書館に入る。
この雰囲気は私は好きだ。誰も話さず静かな空間。ここだけが私の第二の好きな場所だ。
人と話すのは怖い。今までどれだけ怖い思いをしたのか数えきれない。
『一緒に居ても楽しくない』
『もっとはっきり喋ってよ。何言ってるか分かんない。皆行こう』
頑張って話しかけても誰も私に近づく人間はいない。
ずっと拒絶されて怖い。だけど、今は頑張るしかない。
今度はあの人に頼ってばかりじゃなくて自分自身の力で頑張りたい。
一緒に居たい。隣に居たいんだ。
図書館にある本で人と普通に話すようになるにはどうしたらいいのか。楽しく話せばどうすれば良いのかを書いてある本を探しだして、机の上に並べて一冊を手に取る。
「……読めない」
漢字ばかりで何を書いているのか殆ど読めない。
お母さんかお父さんに読んでほしいけど……無理だろうな。
あの人はどうやってあんなにも積極的に喋れるんだろうか。もっと教えてもらったりよく見ておけば良かったな。
「あ」
……見ておく?
それは私でも出来るかもしれない。今まで誰とも話していない私がいきなり誰かと話せるわけがない。だけど、話しているのを見れるぐらいなら出来るかもしれない。
持っている本はどれも読めないので元にあった場所に戻して家に帰る。
「……た、ただいま」
玄関に入った瞬間から二人の声が聞こえてまだ喧嘩していることが分かる。だからこそ、こっそりと家に入って自分の部屋に戻る。
明日から学校で誰かを見るとしても誰を見れば良いんだろう?良く喋る人?それとも遊びに誘ったりする人かな?
取り合えず明日から見て考えるしかない。
翌日。
何時も学校に行くのは嫌で早く一日が終われば良いと思っていた。だけど、今日だけはそんなことを思えず、何時もより早く学校に来てしまう。
「おはよう」
「おはよう」
教室に入れば、何時も明るくて女子の中でも目立っているグループが互いに挨拶しているのが見えた。
やっぱり挨拶した方が良いのかな?
だけど、あの人は私と会うときは全然挨拶なんてしないで、一緒に居るのが当たり前だったから分かんないな。
私は一人自分の席に座りながら女子たちが話ているのを見ていることしか出来ないし、しない。
「今日ね、私の家で遊ばない?お母さんが美味しいお菓子を焼いてくれたんだ」
「ええ!行く!」
「いこいこ!」
全く会話が途切れることも無ければ、ずっと話続けてる。凄いな。私には到底無理だな。
全員が誰一人会話を止めることなく、ずっと話続けている光景を見ながらただ感心だけしていた。
私には何を話していいか分からないし、話せるとしたらあの人と遊んだことぐらいだな。趣味なんて無いし、だけど外で遊ぶのは好きなのかな?
お菓子の話で盛り上がっているあの人達を見れば互いに好きなことを語りああっている様なそんな気がする。
うーん、確かに私もお菓子は好きだけど作ったり作ってもらったことは無いな。
好きなことを話せば良いと思えば思うほど私にとって何が好きなのか全然分からなかった。
少し経てばぞろぞろと人が教室に入っていくのを見て少しずつ、少しずつだけど色んな人が話しているを見て色々と考えるけど段々と……。
「……寂しいな」
ボソッと呟いてしまう。真正面から見れば見るほど皆が話している光景を見て羨ましいと、自分もその輪に入りたいと思ってしまう。
見れば見るほど今までの彼との思い出が鮮明に思い出される。
だけど、もういないんだ。もう振り返っている場合じゃない。
私が変わったんだって所を次に会った時に見せてあげたいんだ。
誰でも参考にする。私が喋れるように、あの人と一緒に居た時みたいに――――あの人みたいになって見せる。
放課後。
……やっぱり喋れるようになるには自分から積極的に話しかけるしかない。だけど、どうしたらいいのだろうか?
私が喋りかけるにしても一番最初に話しかける言葉が思いつかない。
「……ただいま」
帰り道に考えながら歩いていれば直ぐに家に辿り着くが、何時もお母さんとお父さんが喧嘩している声が聞こえない。
……今日は喧嘩してないのかな?
少し期待してしまいながら扉を開ければ、明かりがついておらず、うす暗い夕暮れの日差しだけが室内を照らし、お母さんが椅子に座り机の腕で塞ぎこんでいた顔を上げて、こちらを見た。
「――――真由美。明日から東京にある私の実家でおばあちゃんと一緒に三人で暮らすのよ」
「……え?」
一瞬何も考える事が出来なかった。
「直ぐに支度をして。今日中に家を出るの」
「ちょ、ちょっと待ってよ。三人ってお父さんは?」
「今日からお父さんとは別々に暮らすの。だから早く準備をしてきてなさい。持って行く物があるなら直ぐに準備をして」
「……え、でも」
「早く準備をしなさい!」
「……う、うん」
お母さんが机を大きく叩き、声を荒げる姿が今までで一番怖く頷いて一言言葉を発するので精一杯だった。
――――何が起きているのか私には何も分からなかった。
現在・吉条宗弘。
「――――あの時は本当に何が起きているのか分からなくて、段々とお母さんとお父さんが離婚したんだって気付いた。だけど、私がお母さんの方に行って転校したことで、私は心機一転して色んな人と話せるようになった」
「……そこで南澤と会ったのか?」
「……知ってるの?」
少し寺垣が驚いた様な顔をしてこちらを見てくるが、そこからの話は既に南澤から聞いていた。
「転校してきた寺垣に南澤が酷い事を言ったのに、次の日には金髪にしてきたって話は聞いた」
「……真澄がその話をするなんて意外だな。だけど、あの時はただ私と真澄が似ていると思ったんだ。私も素直じゃなかった。初めは幼馴染の彼が居たから別に学校では誰とも話さなくても良いと思ってた。その時の私と同じような感じがして知ってほしかった。転校した初日。誰かと話した時、私は心底楽しかった。その気持ちを真由美にも知ってほしかった。一緒に話す事で何か変わるって事を知ってほしかった」
俺が南澤から聞いた話から感じたことはただ寺垣がコミュニケーション能力が高く、一人で居る南澤を放っておけなかったのではないのではないかと思った。だけど、実際に寺垣がそんな事を思っているなんて、寺垣が昔は全然話せない子だったなんて思いもしなかった。
だけど、今の寺垣の話を聞いて一つ思い当たる部分があった。海の家で寺垣と一緒に向江の友達探しをする際に寺垣は、
『私はちょっと自分に出来るか不安だけどね』
そんな事を言っていた。俺からすれば何を言っているんだろうか?冗談だろうと思っていたが、あれは寺垣の本心だったのだと今気付くことが出来た。
たった一言に寺垣の今までの経験や思い出が重なっていたことなんてあの時の俺は思いもしなかった。
「――――だけどね、真澄と話して仲良くなって、それだけじゃなくて色んな人と話して楽しい思い出が沢山出来て、嬉しい気持ちの半面、何処か不安があったの。真澄はそんな人間じゃない。そう分かっているのに、何時か何かの拍子で私から離れてまた一人ぼっちになるんじゃないのかって」
何も言う事が出来ない。南澤の時もそうだった。俺にはこういった時なんて言って良いのか全く言葉が思いつかずただ、黙って聞くことしか出来ない。
「私は自分で自分が嫌になる。今回の件で皆から陰でヒソヒソと言われてもしかしたら全部無くなっちゃうんじゃないかって思うと怖い。本当に怖かった。真澄や、愛華ちゃん、それに吉条も私を助けるために頑張ってくれて助けてくれたのに、私は感謝よりも――――まだ居場所があるんだって安堵してしまう自分が居るのが大っ嫌い。だから、ちょっとだけ私は吉条とは違うけど部室に行くのが億劫になってね」
アハハハと笑っている姿を見て、俺は今度こそ核心を持って笑顔が作り笑いであり無理をしていることが分かった。
「お前が言うことは世の中で言う普通じゃないのか?」
「え?」
南澤の時もそうだ。俺は励まし何て嫌いだ。誰かの事を少しでも分かったつもりで何か励ます。そんなことは意味が無い。寺垣だって別に励ましてほしくて俺に話した訳ではないのだろう。ただ、成り行き、もしくは今回の件で助けてもらえたと思っているからこそ話しているのかもしれない。
だからこそ、俺に出来るのはただ真実を伝えてあげる事だけだ。
「誰だって居場所は欲しい。そう思うのは当たり前だ。俺だって一人で居る為に安らげる場所が欲しい。まあ、俺と寺垣では思っている居場所とは別かもしれない。だけど、考えは同じなはずだ。誰だって居場所は欲しい。そう思うのは当たり前だ。誰かに助けてもらって自分の居場所が出来ることに安堵する。それは誰でも当たり前のことだ」
「た、確かにそうかもしれない!だけど、私は皆が頑張ってくれて助けてもらったのに最初に安堵してしまう方が勝ったんだよ!?」
「多分俺でもそうだぞ。誰だって最初に安堵する。それの何が悪い?誰だって同じだ」
「……そ、そうかもしれないけど」
「お前は多分難しく考え過ぎてるんじゃないのか?誰だって自分の居場所が欲しい。さっきお前が言ったんだろ?自分の居場所がなくなるんじゃないかって。それはお前にとって何よりもあの部活が大切な場所だからだろう?」
「……それは…そうだね。初めは『お悩み相談部』ってなにそれ?って感じだったけど、実際に活動して誰かを助けて、喜んでもらえたら何だかこっちまで喜んでしまって、誰も来ない時も皆で楽しくお喋りしたり、凄い楽しかった」
「だったら何一つ落ち込むことは無い。多分南澤だって泉だって感謝されるより、部活が何より好きだって思われた方が多分嬉しい筈だからな」
あの二人なら多分当然の事をしただけなんて思いそうだし、寺垣が悩む必要は全くない。
「……そっか。私は自分で自分を嫌いになってただけなのかな」
「多分そうだな。別に自分自身を陥れる必要も、卑下する必要も全くない。お前が持ってるその感情は普通だし、あいつらにとって何よりも大切にしてもらいたいと思える気持ちだろうからな」
全部言いたいことを言ったおかげか少し疲れてしまい、一つ深呼吸を吐いて時間を見れば相当遅い時間なのでそろそろ南澤や泉に怒られそうな気がしてきた。
「――――アハハハ。吉条ってさ結構回りくどい性格してるよね」
「……急にどうした?」
「いや、たださ少しだけあの二人の気持ちが分かった気がしたから」
「ん?何の話だ?あの二人?」
「何でもない。そろそろ行かないと真澄怒ってるかもしれないし」
「お前の話が長かったんだけどね」
「うわー。そう言う事言ったら今までの全部台無しだよ?」
「何の事か分からん」
今まで全て真実しか話していない。何も台無しにするようなことを言った覚えもないしな。
「それじゃあ一緒に行こうよ。多分私も居たらそんなに怒られないだろうし」
「それは大賛成だ。怒られるのは時間の無駄だからな」
寺垣もカバンを持ったので俺もカバンを持ち二人で教室を出る。
「……何だか全部話したら凄いスッキリしたかも」
「それは良かったな」
「うん。本当に」
隣にいる寺垣が満面の笑みを浮かべた表情を浮かべていたので少しだけ、少しだけだが今までの笑顔より何処か自然体な気がしたのは俺の勘違いだろうな。
「――――寺垣」
「ん?どうしたの?」
「俺もお前が部室に戻ってくるのを待ってたぞ」
「え、え?どうしたの急に」
「お前が聞いたんだろ?あの時は冗談なんて言ってたがあの時、少しばかり冗談には見えない気がしたからな。一応伝えただけだ。それに、お前が居ないとあの二人好き放題させられてハラハラさせられるしな。その為にも凄い重要だ」
「……アハハハハハハ。吉条って本当に回りくどい。素直に言えないの?」
「素直なつもりだが?」
「まあ、それが吉条っぽいけどね」
「おい、何だその分かった風な言い方は。絶対に何か勘違いしてるぞ」
「ううん。多分勘違いしてないと思うよ?」
「いや、してるな。絶対にしている」
「しつこいな吉条は。早く部室に行くよ――――私今凄い部室に行きたいの」
……本当に美少女の笑顔と言うのは中々に強烈な威力だなと我ながら感じてしまった。




