考え
本当ならもう帰りたいところだが、何か引っかかったまま明日へと持ち越したらそれこそ気になって仕方がない気がしてならないのだ。
何故か分からない。部活も無い人間ならばもう帰って良い筈なのに、俺は黒柿が教室に居ると何故か確証が持ててしまった。
「――――黒柿居るか……って聞く必要はないよな」
「はい。兄貴なら来ると思ってました」
一年の教室の扉を開ければ、既に誰もいない教室の筈なのに、黒柿がただ一人グラウンドを眺めていた。
「俺がここに来た理由は言わなくても理解しているよな?」
「どうして俺が小野先輩を助けるように依頼したのかその理由ですよね?」
「その通りだ。俺はお前から小野に裏切られたという話を間接的ではなく、お前から直接聞いている。だからこそ聞き間違えでも俺の勘違いと言う訳でもない。言っては何だが普通裏切られた側なら今回の一件は少し嬉しい筈だ」
黒柿がそう思っていないにしても、もしも黒柿と同じような経験をしている人間が居れば間違いなく驚きよりも喜びが勝る筈なのだ。
「……俺は茜の一件以来少しずつ考える事が増えてきました。あの時はまだ小野先輩に裏切られたんだと感じていました。それは間違いないです。だけど、少しずつ、少しずつ自分の気持ちに整理がついて、考えが纏まったんです」
その話をする黒柿の顔は何処か伊瀬の話を持ち出された時と同じくらい苦渋に満ちた顔をしていた気がした。
「――――裏切ったのは小野先輩じゃない。俺なんじゃないかって」
「……どういうことだ?」
「この話をどう自分で話せばいいのかそれはまだ思い付いてないんです。それに、兄貴は確証が無い話は当てにしないでしょ?」
「まあ、そうだな。要するに小野を裏切ったのは自分ではないのかと言う話は自分の中での答えなのか?」
「……そうですね。それだけは俺の中ではもう決まってます」
黒柿の眼は真っすぐこちらを見据えている。南澤とはまた違った瞳をしていることから黒柿の中で何かが決まっていることだけは分かった。
「別に詳しく聞くつもりはない。聴かされたとしてどんな反応をすればいいのか俺には分からないからな。ただ、どうしてお前があんなことを言ったのか少し気になっただけだ。それに、小野の事は心配しなくても数日、もしくは明日にはどうにかなる筈だ」
「本当ですか!?」
「ああ。あの動画が偽物だという証拠があったからな。これで小野も助かるだろ」
「……やっぱりあの動画は偽物だったんですね。納得出来ました。それに小野先輩は助かる。やっぱり兄貴は凄いですね」
「兄貴なんて人物を俺は知らないから誰の事を言っているのか分からん。それに、お礼なら今急いで小野の動画が偽物だと全員に報せるように新聞を作っている漢城に言うんだな」
正直、今回の小野の件に関しては俺は全く何もしていない。
功労者、もしくはMVPはあの眼鏡の男に与えてあげるべきだ。あいつが居なければ動画の違和感に気付くことも出来なかったかもしれない。もしくは、気付くのが遅くなっていたかもしれない。だけど、あいつのおかげで直ぐに気付くことが出来て、漢城も新聞を作ることが出来た。
まあ、あの眼鏡男は自分がどれだけ凄い事をしたのか分かってなさそうだが。
「まあそう言う事だ。じゃあな」
「本当にありがとうございます兄貴!」
「兄貴は止めろ」
黒柿は俺に頭を下げるのを見ながら教室を後にし、ようやく家に帰ることが出来る。今日一日は久しぶりに本当に長い一日に感じた気がした。
翌日。
漢城が急ピッチで仕上げたおかげで翌日の朝に学校に行けば、何やら泉、南澤、漢城、そして新聞部の見覚えのある奴らが昇降口で何やら配っている光景が見られる。
どう見ても今回の小野の動画などに関する新聞だろう。良く一日で作れたな。
「あ!吉条。これをあげるわ!」
昇降口で少し止まって見ていると南澤が俺に気付き、近づいて新聞を渡してくる。
「いや、いらないから。内容知ってるし」
「何でよ!私達も昨日手伝って頑張ったんだから見なさいよ!」
「お前らも手伝ったのか?」
「そうよ!私と泉ちゃんもあの後手伝いに行って何とか出来上がったわ。やっぱり一回作った事があるから楽なのは楽だけど大変だったわ。だけど、作れたからほら吉条」
強引に南澤から新聞を渡されて、チラリと見てみるが、やはりデカく載せられているのは小野の動画の件、そして寺垣の件についての案件が出されている。
「……これを見れば多分変わるだろうな」
「当たり前よ。そうなるように私達で必死に昨日内容を考えたんだから」
確かに良く見られるように書かれている。きちんと小野だけではない様に寺垣の事も書かれてある所が上手いと言えるだろう。
「良い新聞だな」
「でしょ?」
南澤が笑顔で満足げに呟く顔を見なければ素直に感心出来るのに、この顔を見ると何故か素直に褒めようと思えない。
「やっぱり普通かもな」
「何ですって!?」
南澤がこちらに襲い掛かりそうだったので、急いで非難する。
……危ない。あいつは普通に殴りかかってくるからたまったものではない。
教室に入り、いつも通り本に没頭しようか迷ったのだが、周りからの声が聞こえて耳に付けようとしたイヤホンの手が止まってしまう。
「……あの新聞見た?真由美ちゃんや美佐子ちゃんのあれ嘘だったんだってね。あんなデマ流したの誰なんだろうね!最低!」
「俺は最初からあの二人がそんなことするようには見えないと思ってたんだよ!」
「こんなことするやつとか最低すぎるだろ!」
昨日とは全く別と言い切れるほどに掌返しに寺垣と小野は救われるようになっている。これが漢城の作った新聞のおかげ……そんな風に俺は素直に喜ぶことが出来なかった。
散々言いたい放題言っていたこいつらはまるで自分たちは全く悪い人間ではなく、今度は自分が助けようとヒーロー気取りにでもなったつもりなんだろうか?
最低などと言っているが、今の自分たちを見れば果たしてどちらが最低なのか俺には分からない。
目の前の情報によって騙され、憶測で話し、陰でコソコソと言う人間は最低ではないのだろうか?本人に直接言っている訳ではないから最低ではない?それは違うはずだ。
相手の悪い部分をネタに話をしている人間だってよっぽど悪なのだと俺は思う。あんな出鱈目な紙や動画を出す怪盗Xはクズだ。最低だ。そんなのは分かり切っている。
だけど、だからと言ってコソコソと言っている人間が悪くないのかと言われればそれは違う気がしてならない。
昨日まで散々言っていた連中に最低なんて言葉を使う資格は無いと言ってやりたい。
まあ、そんな事をもしも俺が言った所で何も変わる訳でもないし、言う必要も無い。言いたい連中は勝手に言ってればいい。
俺は常に同じペースを保つためのルーティーンとも言える行為を続ける。
聞きたくも無い雑音から逃れるために。誰とも話さず仲良くせず干渉しあわない人間になる為に耳を閉ざす。
今回の事ではっきりとしたことはある。
――――やはり人は信用ならない。




