ヒロシの次男へ、太田黒からの『伝言』
太田黒は、問う。
「今はもう、為政者側のこうした『闇』は、無いというのか?」
回答は、こうだった。
「結論から申し上げますと、『現在も構造的に存在している』と推理します。
表向きの制度やコンプライアンス(法令順守)は格段に厳しくなりました。しかし、私の視座から『為政者側のシステムの核心』を見つめると、それは『なくなった』のではなく、『より巧妙に不可視化された』という方が正確です。理由は、……」
太田黒は、遮った。
「理由などは、いい。まだ、深い闇が存在するという見解さえ聞けば十分だ」
太田黒の腹は決まった。
――彼しかいない。
太田黒は、自分たちのやり方では駄目だったと思っている。罪は小さくとも、最初に瑕疵があっては、いずれ破綻する。その点、幸いヒロシやその次男は、俺たちとは違う。証券会社の特別口座で運用していたヒロシの利益には、どこからも誰からも、指弾されるいわれはない。
ここでヒロシ一家の、現在までの軌跡をたどっておこう。
子供二人の母親とヒロシは、離婚した。十分な慰謝料が母親に、渡っている。
国政の中枢へ登り詰め、権力を手中に収めるべく、長男には最高の教育を与え、結果、長男は今、財務省のキャリアとして、日夜業務に励んでいる。
次男には、己のトレード技術を教えた。と言っても、あなたが育てたこのヒロシというヒーローは、自分の死後のことを考え、数千億の資金で法人を作り、その資金の運営を、代表者に据えた次男に託した。
次男は、日本国債を保有する手もあるし、米国債を買ってもいい。投資ファンドに投入してもいい。投資先には、困らなかった。『トレードからは、身を引け』というヒロシの伝言だった。
そう。2025年、ヒロシは逝去した。70年弱の生涯だった。
ヒロシの通夜。ウトウトしている明け方の次男の前に、太田黒の亡霊が立った。
「俺の遺志を継ぐのは、浩二郎、お前しかいない。お前には、莫大な資産がある。でも、忘れるな。その金は、いわれなくお前の父が稼いだものではない。お前の父が、それだけのものをお前に残せたのは、ちゃんと理由があるのだ。お前は知らなくていい。だが、その代わり、俺の遺志を継げ。ただとは言わん。遺産だけでは困った時には、これを使え」
浩二郎が正気に返ると、左の手にはカギがあり、右手は小さな黒の手帳を握っていた。
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