【34】 第三王子宮の夜 2
「……」
その質問にはなんとも答えられない。
緑色の瞳がじっと見つめてくる。
「だってね、どう考えても……婚約を破棄しようとしている相手にする対応じゃないと思うんだ」
「テオ殿下はお優しいから」
マリエルはグラスを口に運び、しばらくなにかを考えていた。
そうして空になったグラスを再び、紫色のお酒で満たす。
「ううん……。そういうことでもないような気がするんだよね。……前にノア様が言った謎の言葉って、実は謎でもなんでもなくて、本当にそのままの意味なんじゃない?」
『セオドア殿下の大切なルナ様のことを、くれぐれも大事無きようにと頼まれておりますので』。
なぜ、ノア様がテオ殿下の代わりにフィリップス子爵邸に足を運ぶのかと、以前に尋ねたときの返事。
意味が解らなすぎて、ずっと謎だったんだけど……。
「そのままの、意味?」
マリエルはうんうんと大きく肯く。
「裏も表もなくて、そのままの意味」
……だって。
「そのままって言ったら……。そのままだよ!?」
「だから、そうなの。セオドア殿下は婚約をどうこうする気はないんじゃない? だって、破棄するなり、解消するなりしたいなら、もうとっくにされてるはずだよね。それにあんなに素敵なドレス。とってもルナに似合ってた。ルナのことを考えて一生懸命に選んだっていう感じがする」
それは……。
婚約の破棄か解消のことは、本当は昨夜の舞踏会で周知されるはずで……。
でも、あんなことになっちゃって。
……あれ?
でも、テオ殿下たちはルドア殿下が叛乱を起こすってわかっていたはずだった……よね?
……でも。
「それは……マリエルが金髪碧眼美人さんのことを知らないから……」
「金髪碧眼美人さん? なにそれ?」
あ……。
言っちゃった。
慌てて両手で口をふさぐも、すでに手遅れ。
「なに? なに? なに?」と詰め寄るマリエル。
マリエルになら……もう、話しても大丈夫だよね。
クリスタのお茶会で、取り巻きさんたちが話したテオ殿下と金髪碧眼美人さんのこと、それをノア様に確認したら目が泳いだこと、金髪碧眼美人さんのことは近衛護衛騎士団から箝口令が敷かれたことを打ち明けた。
「言わなくて、ごめんね」
「ううん。気にしないでいいよ。言えなかったことだし。それにしても、箝口令まで敷かれてるとなると……」
マリエルは顎に指を充てて、じっとなにかを考え込んでしまった。
「マリエル?」
「……ねぇ、ルナ? ルナはノア様が好きなの? それともセオドア殿下?」
真剣な瞳をして突然に訊いてきた。
えぇ?
そんなことを急に訊かれても……。
「……」
緑色の瞳にじっと見つめられる。マリエルの瞳は、なぜだか潤んでいるようだった。
「ルナの正直な気持ちは? これ、大事なことだよ」
わたしの……正直な気持ち?
わたしは……。
「最初は……婚約宣言なんてされて迷惑だと思ったの。テオ殿下は全然タイプじゃなかったし。全然まったくトキメキがないし。だけど、ノア様はとても素敵で、憧れの騎士様で……。見ているだけでドキドキして」
マリエルは「うん、うん」と肯きながら、グラスにお酒を注いでくれた。
「だけど、テオ殿下に会えなくなってから……。テオ殿下のことばかり思い出すの。笑った顔とか、楽しい話をしてくれたこととか、いつも気遣ってくれたこととか。傍にいると安心するとか。でもね、トキメキは……あるような、ないような。……でも、やっぱり、たぶん、ないの」
「つまり? どうなの? 好きなの?」
それは……。
「わかんない。わかんないの。だけど、テオ殿下のことは心配だし、テオ殿下と金髪碧眼美人さんが仲良くしてるところは見たくないよ」
こんなこと言える資格はないけど。本当に今さらなんだけど。
でも、でも、イヤなんだもん。とっても勝手だって解ってるけど。
トキメキはないけど、でも、イヤなんだもん。
グラスを一息で飲み干す。
空のグラスを差し出すと、マリエルは「それ、好きってことだよね?」と言いながら、グラスにお酒を満たしてくれた。
好き? なの? トキメキがなくても?
……もう、なんだかよくわかんない。
「だけどね、金髪碧眼美人さんって……ノア様でしょお? ノア様にヤキモチ妬いてるの?」
マリエルが差し出したグラスにも、なみなみとお酒を注ぐ。
「そんなのわかんないよ。ノア様は金髪碧眼美人さんの身代わりかもしれないし」
「えええっ? そうかなぁ? ノア様だと思うけどお」
なんだかマリエルの喋り方がおかしくなってきたような……。
酔っちゃった? それとも眠くなってきたのかな?
わたしもなんだかちょっとフワフワとしてきたかもしれないけど。
こんな果実水みたいなお酒で、酔うはずはないよね。
「じゃあさ、今からノア様に訊きにいこうよお。髪の毛さらさらの秘訣も訊きたいしね」
「これから?」
「だって、ノア様、今夜はここにいるよね?」
「うん。そう言ってた」
「よし。じゃあ、さっそく行こう!」
マリエルはふにゃっと笑いながら、寝台の上にふらふらと立ち上がった。
次話は登場人物紹介を挟みたいと考えています。
冬野のトリ頭の整理も兼ねてます。m(__)m




