【32】 その先に
大扉をくぐった先には、赤い絨毯が敷かれた長い廊下が続いていた。
以前にテオ殿下の執務室へと、ノア様の手を取って歩いた廊下とも違う。
ここは王族方の領域。
上位貴族はどうか知らないけど、うちのような貴族は普通なら足を踏み入れない場所。
もちろん入ったことなどない。どこに続いているのかもわからない。
ノア様もいるから、迷うことはないはずだけど。
ノア様といえば。
さっきからお父様とお母様に平謝りの謝罪を受けていた。お母様に頭を下げられては「どうかお気になさらずに」と、艶やかな微笑みを浮かべて繰り返していた。
大扉を越えた人たちの跡をついて、足早に廊下を先へ先へと進んで行く。
どこからかダッダッダッダッという、重たい足音が響いてくる。すると、前方の右横の通路から、青と白の軍服の騎士様たちが姿を現した。こちらへと駆けてくる。青と白の軍服は王立騎士団の騎士様たちだ。
「ノア!」
「クワン団長!」
ノア様にクワン団長と呼ばれた騎士様と、十数人の騎士様たちは目の前で足を止めた。
ノア様よりも背が高くがっちりとした体格のクワン団長様は、亜麻色の巻き毛を頭の後ろ、真ん中ほどの高さで結んでいる。髪と同じにくるくると巻かれた髭を、もじゃもじゃと生やしていた。
右の頬には斜めに刀傷のようなものがある。薄茶色の目は、軍人さんらしい厳めしさが備わっていた。
そして、クワン団長様と同じく、ほかの騎士様たちの体格も……なんだかやけにいい。胸板が厚くて、全体的にがっしりとしている。
こうして目の前に並んで立たれると、高い壁に阻まれているようだった。
もしかして……例のマッチョ部隊の方々かも。
ぴしっと姿勢を正すと、ノア様はクワン団長様に敬礼をした。
クワン団長様は答礼で応える。
「ノア・ビリティ、報告いたします。会場の方々の避難の道筋はつくりました。大扉からこちらに移動中です。会場は未だ交戦中ですが、捕縛した三名を大扉の入り口付近に放置してあります。現在、ルナ・フィリップス子爵令嬢および、ご親族、ご友人の方々の避難誘導ならびに護衛中であります」
「うむ。了解した。この先でビスタ小隊とガストン小隊がルドア殿下派の貴族を押さえている。巻き込まれないように注意してくれ」
「了解いたしました」
クワン団長様は、ノア様の肩に軽くぽんと手を置いた。それから、すいっとわたしに厳めしい視線を移して、ゆっくりと肯く。
「セオドア殿下だが。陛下と王后様、王太子殿下とオリヴィア王女様をご無事に近衛護衛騎士団本隊にお連れくださった。もちろん、セオドア殿下にもお怪我はない」
!!
……よかった。
その言葉でほんの一瞬だけ、ふっと、ノア様の雰囲気も弛んだように思えた。
お父様やマリエルたちからも、ほっとした息がもれる。
勇猛な顔に似合わない、人懐こい笑みをみせたクワン団長様。だけど、すぐに表情を引き締めた。
そして――。
「我々は侵入者の討伐に向かう」
「はっ! ご武運を!」
ノア様は再び敬礼をして、そのままクワン団長様と騎士様たちを見送った。
そのあとに「ルナ様。セオドア殿下はご無事です!」と、青い瞳を細めて微笑んだ。それはそれは、いつもよりも格段に麗しい微笑みだった。
長い廊下はやがて、ホールのような造りの、円形の空間に繋がった。それなりに広さのある場所だった。
正面と左手にある扉は両方とも開かれている。
左手側の扉は渡り廊下に続いていた。
正面の扉の前には、近衛護衛騎士団の騎士様たちが立ち塞がっている。その騎士様たちの後ろには、赤い絨毯の敷かれた廊下が続いているのが見えた。
このホールのような場の一角には、王立騎士団に捕縛されている者たちがいた。後ろ手に縛られて、膝をついている。
さっきクワン団長様が話していた、ルドア殿下派の貴族たちだろう。
会場の混乱に乗じても、うまくすり抜けて逃げられはしなかったようだ。
ドレス姿の女性も拘束されていた。取り乱す者や、こんなことは知らなかったと、涙ながらに騎士様たちに訴えている者もいる。
……本当になにも知らなかった者もいるのかもしれない。
だけど……仮に、なにも知らされていなかったとしても。一族郎党が罪に問われる。
それほどまでに反逆は大罪だ。
ルドア殿下やフラン伯爵様たちはどうなったのだろう……。
お母様は捕らえられた者たちを横目にすると、両腕を胸の前で組んで身を震わせた。
お父様はその隣に並んだ。彼らをお母様の視界から隠して、肩を抱いた。
ぎゅっと腕にしがみついてきたマリエルと、かたく身を寄せ合う。
衛護衛騎士団の騎士様と報告を交わしていたノア様がもどってきた。
渡り廊下の先は中庭へと続いていて、中庭から王宮の大門付近へと繋がる小路があるという。それは庭師たちが仕事に使う、宮殿の外周に沿うようにして造られた道だと、ノア様は教えてくれた。
会場から避難してきた、ルドア殿下派とは無関係な貴族たちはその小路を使い、王立騎士団の騎士様たちの誘導によって、順番に王宮を脱出しているということだった。
「ルナ様とフィリップス子爵様ご夫妻、クロス男爵様ご夫妻とご家族様は、しばらくは第三王子宮にご滞在を願います」
ノア様はそう告げた。
正面扉のその先の、赤い絨毯の続く廊下へと進み、わたしたちをテオ殿下の第三王子宮へと案内した。
第三王子宮には、すでに夕食が準備されていた。
クロス男爵夫妻、オーギュスト様、マリエルとわたし、お父様とお母様に、部屋も割りふられて用意されていた。
急場とは思えないほど。あまりにも整いすぎている。
オーギュスト様はその様子に、「ほらね」と囁いた。
やっぱり、オーギュスト様の予想通りに『作戦』ということだったのだろう。
舞踏会場ではノア様も、それを匂わせるようなことを言っていた。
テオ殿下たちは、ルドア殿下の反逆の情報を事前に掴んでいたと考えるのが、たぶん正解。
じゃあ……それは、どこまでが計画だった?
ノア様の瞳は青い。
お化粧を施して金色の髪の鬘をかぶり、ドレスを纏えば、舞踏会場でそう扮していたように、金髪碧眼美人ノア様になれる。
金髪碧眼美人さんは……ノア様?
でも……クリスタのお茶会で聞かされた、宮殿の奥まった庭園で、テオ殿下と仲睦まじく過ごしていたのもノア様……だったとは、限らないよね。
ノア様も、その金髪碧眼美人さんの身代わりの可能性も、ある。
……はぁ。
いろいろなことがありすぎて、さすがに今夜は眠ることができそうにない。寝台の上で身じろいだ。
「ルナ……どうしたの? 眠れないの?」




