【30】 放て
冒頭の一行は【29】話と重複しています。
ノア様の動きは迅速だった。
二人目、三人目が剣を振り下ろす前に、オーギュスト様と黒装束たちとの間に飛び込んだ。
身を屈ませると一人の鳩尾を肘で打ち、どこから取り出したものか右手に握った剣で、振り下ろされたもう一人の剣を受け止めた。金属と金属が打ち合う歪な剣戟音が響く。
鳩尾に肘が入った黒装束は呻き声を上げて、剣を赤い絨毯の上に落とした。そのまま上半身を折り、その場に崩れる。
ノア様は右手の剣で受け止めた刃を、半月状に素早く振り払った。
黒装束の手に握られた剣が弾かれると、低く鋭い軌道を描いて横脇に飛ばされる。ノア様はすかさず反転させた剣の柄で、相手の喉を突いた。
潰されたカエルの鳴き声のように、低く濁った呻き声を上げた黒装束は膝をつき、前のめりに絨毯の上に倒れた。
オーギュスト様は屈んで、ノア様に鳩尾を打たれて倒れた黒装束の剣を素早く拾う。
振り返りざまに横からの剣を受け止めて薙ぎ払った。
剣と剣の刃が擦れる。甲高くて低い、耳障りに震えるような音も混じり合う。
薙ぎ払われてもなお、さらにオーギュスト様に切りかかろうとする黒装束の横腹に、ノア様が剣の背を思い切り叩き込んだ。晴天の冬の空の色のドレスは、まるで時を止めたかのようにゆっくりと、薄青い花びらが舞い散るかのごとくにひるがえる。
うえっと口からなにかを吐き出し、三人目の黒装束も顔から先に絨毯に沈んだ。
ノア様はドレスのスカートの裾をさっと払って整え直すと、顔にかかった金色の長い髪をかき上げて、背中に流した。
息も乱れていない。
ノア様が剣を抜いたところを初めて見たけど……とても鮮やかだった。
身のこなしは、さすがに近衛護衛騎士団の騎士様だ。やっぱり、強い。
それに、それに……なんといってもめちゃくちゃにカッコいい。
「ふうっ……」
オーギュスト様は額に張り付いてしまった、うっすらピンクがかったブロンドの髪を指先で払う。
肩で荒く息を吐いていた。
正直なところ、オーギュスト様が剣を扱えることが意外だった。
ふにゃっとした笑顔そのもののイメージは、体力関係全滅な頭脳派腹黒リスなのに。
「どう? ルナ? ノア様とまではいかないけど……お兄様もなかなかでしょ?」
「うん。すごい」
素直に肯くと、マリエルは満足そうに微笑んだ。
オーギュスト様は片手でクラバットを弛めながら、深く息を吸い、呼吸を整えてから指揮者を見据える。
「これで解ったでしょう。猶予はありません」
「……」
指揮者の顔色は先ほどよりも青ざめていた。それぞれの考えをうかがうように楽団員たちの顔を見回している。不安そうな表情のままで、まだ戸惑っていることがわかった。
「ルナ様。自信に満ち溢れた微笑みをつくってください。そして、それを崩さないでください」
すっと隣に立ったノア様が、そんな彼らの様子を見ながら耳元で囁く。
ん?
意味が解らずにノア様を見上げる、と。
「それでは、お願いします」
麗しく微笑んでから、すうっと息を吸い込んだ。
「はい、こちらをご覧ください!」
パン、パン、パンと、ノア様が大きく手を打ち鳴らす。
「皆さん、緊急事態です! 扉を開けるのを手伝って下さい。私たちがこの大扉を解放しても不敬罪に問われることはありません! なぜなら、ここにおわすお方は、セオドア第三王子殿下のご婚約者、ルナ・フィリップス子爵令嬢であらせられますゆえに!」
……え?
右側に立つノア様と左隣のマリエル。二人は両手のひらを上にすると、ばっと腕を伸ばしてわたしを指し示した。なんなら手までひらひらと揺らしながら。
まるで最初から示し合わせていたかのような、ばっちりな二人のタイミング。
途端にノア様に指先でちょんと突かれて、微笑みの催促をされた。
あ、そうか……っていわれてもっ!?
とっさに唇の両方の口角をなんとか持ち上げた。少し小首もかしげてみる。
ど、どうかな? 不自然じゃない? 自信に満ち溢れた微笑みに見えるかな? 詰め込み式公爵夫人教育は役に立ってる……の?
なんだか頬がぷるぷると引き攣ってる感じがするんだけど……。
指揮者と楽団員の方々の視線を痛いくらいに浴びたあとに、「それなら……大丈夫だろう」「よし、やろう」と、彼らが肯いた。
うん、マリエル。笑いを噛み殺していたのは、わかってるからね……。
そこからの彼らの行動は素早かった。
ノア様の指示で黒装束の三人を縛り上げると、壁際に転がした。
大扉を開ける者、避難を誘導する者とに別れる。
「いくぞ」
「せーのっ!」
左右の扉を三人ずつで手前に引くと、徐々に大扉が開かれてゆく。
「こちらです! ここから会場の外に出てください!」
オーギュスト様と楽団員が大きく手を振りながら、フロアに溢れてきた人々を大扉に誘導する。
もちろんノア様も、マリエルも、わたしも。
「こちらです。押さないで。大丈夫ですから順番に!」
「こっちですよ~! 足元に気をつけてくださいね~」
「ここです! ここから避難してください!」
中には大扉をくぐることを躊躇する者もいた。
だけど、オーギュスト様やノア様が促すように肯くと、意を決したような表情をして足早に大扉をくぐってゆく。
フロアから大扉までの、会場を脱出する流れができると、オーギュスト様が指揮者と二言三言、言葉を交わした。彼らはこちらに会釈をして、持ち運ぶことができる楽器を抱える。そのまま人々に混じり、大扉をくぐり抜けていった。




