【23】 婚約破棄宣言
サリファ王国の国旗を掲げた近衛護衛騎士団の騎士様たちは、大理石の床の上に敷かれた赤いカーペットの上を、王族の両脇にぴたりと付き従いながらゆっくりと歩いてくる。
楽団は厳かな旋律を奏でる。
打楽器は小気味良いリズムと振動を響かせていた。
大柄な体格の国王陛下は、金色の短い髪に灰色の瞳をもつ。引き結んだ唇と立派な口髭。
ただでさえ威厳を感じさせるのに、それがさらに鋭い眼光を放つ灰色の瞳のおかげで、周囲を圧倒する、一国の君主であるという雰囲気が上乗せされていた。
王后様は栗色の髪を上品にまとめて結い上げている。
頭上に冠したティアラは、シャンデリアの柔らかな光を受けて、煌々しく輝いていた。
第二王妃様は国王陛下と王后様のあとから、扇子で口元を隠しながらしずしずと入場する。
王太子殿下は栗色の長い髪を一つにまとめていた。婚約者のアイゼン国の王女様と揃いの、金と白を基調とした衣装を纏い、腕を組みながら入場する。
第二王子殿下とテオ殿下はそのあとに続いた。
テオ殿下は、近衛護衛騎士団の黒と白の軍服を身に纏っていた。
三人の王子殿下の中で唯一、テオ殿下だけが近衛護衛騎士団に所属している。
幼いころから、家臣として生きることが決まっていたから。
優しさを湛える灰色の瞳は、真っ直ぐに前を見ている。
背筋をぴんと伸ばし、しっかりとした足取りで歩くその姿はとても凛々しい。
……テオ殿下。
一瞬、胸がどきんと……したような気がしないでも、ない。かも。
なんて。
気のせいかもしれない、けど。
それに。
テオ殿下の頬が少しほっそりとしたみたい。
痩せたのかな?
「ルナ」
隣に立つマリエルが、きゅっと手を握ってくれた。
「大丈夫よ」と、ふにゃっとした笑顔で肯いてくれる。
うん……。
ありがとう、マリエル。
その手をきゅっと握り返した。
国王陛下と王族方は、特別に席が用意されている壇上に昇った。
それを合図とするように、楽団の演奏が最高潮に達する。
次の瞬間には、指揮者の指揮棒は頭上でぴたりと止まった。
国王陛下が一歩前へと、進み出る。
会場をゆっくり見渡す。そして、満足そうに肯いた。
「皆の者、今年もここに集うことができてなによりだ。今、この年に感謝を示し、新しい年を喜びで迎えようぞ。サリファールの祝福を享受し、サリファ王国のさらなる繁栄を願うのだ。今宵は大いに祝え! これより、舞踏会を開催する」
国王陛下は、低く重みがある声で、舞踏会の開幕を宣言する。
「サリファールの祝福を!」
「サリファ王国に栄光を!」
会場内から一斉に歓声が上った。
サリファ王国の建国神話に登場する、妖精王サリファール。
サリファールは、なにもない荒れた土地に肥沃な土の恵みを運び、はこびる邪悪なものを払いのけて国を創ったとされていた。
サリファ国王家は、まばゆい金の髪を持つサリファールの子孫だとされている。
指揮者の指揮棒が再び動き出した。
楽団は演奏を始める。
気分を高揚させるように明るく、それでいてどこか格調高い旋律が奏でられる。
王太子殿下は、隣に立つ王女様の手を優しくとった。
二人でゆっくりとフロアまで降りてくると、中央まで進む。お互いに向かい合い両手を合わせた。
一呼吸置き、演奏に合わせて優雅なステップを踏み始める。
金と白の衣装が、きらきらと光を反射するように輝く。
ほうっと、思わずため息をついてしまうほどに美しい。
「素敵なお二人ね」
「絵になるわ」
「次代もこの国は安泰だな」
周囲の人々からも感嘆の声がもれる。
王太子殿下のリードでステップを踏み、ふわりと舞う王女様は、まるで妖精王サリファールのお后様のようだった。
マリエルも、さすがにほうっと息につく。
いや、でも、なんか。
なにかの商品化とかも考えてそうだけど。
しばらくすると、壇上からルドア殿下を先頭にして、テオ殿下がフロアに降りてくる。
……いよいよ。
心臓の鼓動が速くなる。
自然と奥歯を噛み締めて、マリエルの手を握る手に力が入る。
一瞬、マリエルがこちらに視線を向けたような気がした。
そのときにすっと、テオ殿下の隣に進み出る、晴天の冬の空の色のドレスを纏った、長い金色の髪の背の高い女性が目に映った。
どきん、と、さらに心臓が跳ねる。
あ……解る。たぶん、あの人だ。
いよいよ。ホントに、いよいよなんだ。
……だけど。
なんか……。
ルドア殿下が手を挙げて、婚約者様を招く合図を送る。
と、途端に会場がざわつき始めた。
「なに? どうしたの?」
マリエルがぴょんと跳ねる。
彼女からは、前に立つ人たちが壁になってしまって、見ることができないらしい。
人々がざわめき揺れたことで、目の前にあった隙間が塞がれたようだ。
「ちょっと、待って」
なにこれ?
どういう状況?
目の前で起こっていることが、理解できない。
「あの、これは? どうなっているのでしょうか?」
オーギュスト様に訊いてみるも、やっぱり戸惑った表情で見返される。
「ルナ、どうしたの~?」
ぴょんぴょんと跳ねるマリエル。
「ええとね……同じ色のドレスの女性が二人、フロアに出てきたの」
「うん? どういうこと?」
いや、ホントに。
どういうこと?
会場のざわめきがさらに大きくなる。
楽団はその中でも、なんとか演奏を続けている。
王太子殿下と王女様もそちらを気にしながらも、ダンスは続けていた。
壇上の席では、国王陛下と王后様がフロアを注視している。第二王妃様は扇子で口元を隠して、席に座ったままだった。
「親愛なる諸兄並びに諸姉方! この場で証人になっていただきたい!」
ルドア殿下が声を上げた。
王太子殿下がステップを刻む足を止めると、ルドア殿下に歩み寄る。
王太子殿下の片手はルドア殿下の肩を掴んだ。
それを確認した楽団は、演奏を中止した。
「ルドア、これは一体どういうことだ?」
落ち着いた声色だけど、戸惑いと苛立ちが隠されていることが解った。
ルドア殿下はふっと微笑むと、自分の肩に置かれた王太子殿下の手を、ぱしっと払いのけた。
「兄上もぜひ、証人になってください」
「一体なにをするつもりだ?」
フロアに現れた二人の女性は、ルドア殿下の衣装と同じ、ミモザ色のドレスを着ている。デザインはそれぞれに違うけど、片方の女性のドレスの胸元がものすごく開かれている。
豊満なお胸がポロンとこぼれてしまいそう。
あれ……?
なんか、あの豊かなお胸は見たことがあるような……。
あっ!
以前に、テオ殿下の執務室へ案内されたときに通った廊下で遭った、真っ赤なドレスの人!?
豊満なお胸の女性が、すすっとルドア殿下に近づいた。
「私、ルドア・サリファは、ビアンカ・ユージーン侯爵令嬢との婚約をこの場で破棄させてもらう!」
そう宣言すると、ルドア殿下は豊かな胸の彼女の腰を抱き寄せた。
……は!?
会場は水を打ったように、しんと、静まり返った。
もう一人のミモザ色のドレスを着た女性は――ビアンカ・ユージーン侯爵令嬢は、遠目にも解るほどにわなわなと震えている。
「ちょっと待ってください! ルドア殿下、一体どういうことなのですか!?」
人垣の間を縫って、あわてふためいた初老の男性がフロアに転がり出てきた。
「一体、娘がなにをしたというのです!?」
ルドア殿下は冷たい嘲笑を浮かべた。
「なにをした? だと? 正確には、なにもしなかったという方が正しい!」
それを聞いたユージーン侯爵様の顔色が変わる。
「それは……!? 以前にも申し上げたではないですかっ!?」
「ええいっ! 黙れ!」




