【22】 舞踏会 開幕
少し長くなっています。
王宮の大ホール。
楽団は王族が入場する大扉の横の定位置につき、それぞれが楽器の調整に余念がない。
大ホールの中央にはダンスのための空間が設けられている。
飲食用、休憩用のテーブルとソファは奥まった場所に、それぞれに用意されていた。
テーブルの上には数多くの、見た目からして豪華な料理が所狭しと並べられている。
王宮の温室で育てられた薔薇や百合、色も種類もとりどりの花たちは、テーブルの中央に美しく飾られていた。
壁には金糸、銀糸で刺繍を施されたサリファ国王家、近衛護衛騎士団、王立騎士団のそれぞれの紋章のタペストリーが掛けられている。
天井に吊られた幾つもの大きなシャンデリアは暖かな色で輝いていた。
無数の透明なガラスの玉を鎖のように繋げて吊り下げ、光を反射させ、冬の陽射しよりも柔らかな燈でフロアを満たしている。
舞踏会場には、そろそろ貴族たちが集まり始めていた。
王宮へと続く道は、護りの観点から一本の大通りしかない。
毎年恒例となっていることだが、王宮まで入るための馬車がこの大通りで大渋滞を起こす。
お父様が渋滞に巻き込まれるのを嫌がるために、フィリップス子爵家は例年、渋滞が始まる前に王宮に到着できるようにしていた。
会場にマリエルを探してみるけど、まだいない。
とりあえず給仕から飲み物をもらって壁際に立った。
お父様とお母様は、すでに社交という名の営業に忙しなく動き回っている。
テオ殿下に婚約を宣言されるまでは、夜会での定位置はこの壁際だった。
ダンスを申し込まれることも多くはなかったから。
いわゆる壁の華。
わたしが出席する夜会に集う殿方は、高確率で背の低い、というか高くはないご令嬢がお好みのようだった。
それぞれに理想や好みやタイプはある。だからそれに文句をつけるつもりはない。
わたしだって理想のタイプは、『線が細くて中性的で細身だけど程よい筋肉のついた髪の長い儚げな憂いのある瞳をしたクールだけど愛しい者へは溺愛を注いでいざというときには持ち前の剣の腕で絶対に守ってくれる白馬が似合う物語の騎士様もしくは王子様タイプ』だし。
世の中はだいたい、うまくはいかないもの。
そういうのには慣れている。のである。
ふうっと、ため息にもならない息がもれた。
なんとなく手持ち無沙汰になり、持っていた飲み物に口をつける。
グラスの中身はシュワシュワとした泡が立つ薄い琥珀色の液体。
あ、なんだかこれ、ほのかに甘くて美味しい。口当たりが軽いから飲みやすい。
喉を潤しつつ、ぐるりと会場を見渡してみる。
貴族とはいっても皆それぞれだ。
裕福な貴族は豪奢に装い、そうでない貴族はそれなりに。
我が家も御多分にもれず、そうでない貴族の一家門。
毎年ほどほどそれなりに。だった。
だけど今年は事情が違う。
今のところ、わたしはまだテオ殿下の婚約者だから。
テオ殿下から贈られた、素敵すぎる赤葡萄酒色のドレスとルビーで身を飾っている。
営業に出る前のお母様に「ノア様のエスコートは?」と訊かれたけど、ノア様は近衛護衛騎士団での警備の仕事があると伝えた。
会場の要所要所に、近衛護衛騎士団の黒と白の軍服を着た騎士様たちが数名ずつ、ぴしっと姿勢よく立っている。
王宮の外にも王立騎士団の青と白の軍服をみた。
今年は警備に立つ騎士団の騎士様たちが、やたらと目につくような気がする。
ノア様は……会場内には見当たらない。どこか別の場所の警備みたい。
「ルナ!」
壁際のわたしを見つけた友人たちが声をかけてくれる。
「久しぶりね」
「お茶会、今度はぜひ出席してよ」
「素敵なドレス。よく似合ってるわ」
いろいろと積もる話はあるけど、彼女らが声をひそめはじめると、アーバン子爵邸でのクリスタの一件が口の端にのぼる。
うむむ。
正直なことをいうと、アレはあまり思い出したくはない。
言葉少なにしていると、それを察してくれたようだった。
「セオドア殿下のエスコートは?」とも訊かれたけど、今日は公務があるから、と答える。
嘘ではない。
そう答えるしかない。
国王陛下が舞踏会の開始を宣言すると、まずは王太子殿下がフロア中央に進み出て、婚約者である隣国の王女様とダンスを踊る。次に第二王子のルドア殿下が婚約者様とそれに続く。そして第三王子のテオ殿下が婚約者とダンスに加わる。それが正式な手順だと公爵夫人教育で教えてもらった。
だけど。
テオ殿下が踊るのは金髪碧眼美人さん、だろう。
そうなればクリスタがご親切にも忠告してくれた事態が、周知されることになる。
覚悟を決めてきたとはいえ、気持ちはやっぱり……重い、よね。
はぁ……。
彼女らにも嘘は言ってないけど、本当のことを言えるわけでもない。
ふと視線を前方の窓側に移す。クリスタと取り巻きさんたちがいた。
クリスタと目が合ったように思うと、彼女はぷいっと顔を逸らした。ぐるぐる髪が、わさりと揺れる。
うむむ。これはこれで、わかりやすい。
温室の件でさらに相当、嫌われたみたい。
まあ、向こうから避けてくれるのならありがたいかな。
側を通った給仕に空のグラスを渡して、同じ飲み物をもらう。
舞踏会の開幕時刻も近づいてきた。
会場は人が集まっているせいか、わりと暖かく感じる。
「ルナ~!」
「マリエル! オーギュスト様!」
こちらに手を振ってぴょんぴょんと跳ねているマリエルは、オーギュスト様と一緒だった。
エスコート役は、ノア様に予告した通りの兄上様。
ピンクブロンドの髪のマリエルと、うっすらピンクブロンドの髪の兄妹は人目を引く。
こちらに向かって歩いてくるクロス兄妹を振り返る者も多い。
髪色だけが理由ではない。
マリエルはリスのようで可愛いし、オーギュスト様もマリエルに似ているだけあって可愛いらしいのだ。
「ルナ、とっても素敵よ。ドレスがよく似合ってる!」
「マリエルだって!」
ほんのりとしたピンク色と深い緑色のグラデーションが鮮やかなドレスは、マリエルの髪色と瞳の色を活かしている。胸から腰まではピンク色。それからスカート部分にかけて、徐々に夏の樹々の緑色に変わってゆく。
素材もふんわりとした生地を使っていて、とても素敵なドレス。
マリエルの雰囲気ともよく似合っている。
胸元と耳には小ぶりなエメラルドがキラキラと揺れていた。
オーギュスト様はマリエルと色味を合わせた深い緑色のコート。
ウエストコートにはそれよりも明るい初夏の緑色を使い、クラバットは品のよい薄いピンク色。
「ルナ様、お久しぶりです」
「お久しぶりです。オーギュスト様」
オーギュスト様も笑うと目元がふにゃっとしたリスになる。
見た目は本当にそっくりな兄妹だ。
「ふうっ。ここは暖かいのね」
ドレスと揃いの扇子でマリエルは顔を扇いだ。
すぐに手元のグラスに目を留める。
「ルナはなにを飲んでるの? わたしも喉が渇いちゃった」
給仕を呼び止めたオーギュスト様が、同じグラスを二つ選んだ。
「甘口で飲みやすいでしょ?」
一口飲むと、マリエルは眉間を寄せた。
「甘口だけど……。このお酒、ちょっと強くない?」
くいっとグラスを呷るオーギュスト様。グラスの中身は、一息で半分ほどが消えた。
「うん。美味しい。よい発泡酒ですね。マリエルにはまだ早かったみたいだけど」
そう言って苦く笑う。
「しかし、ルナ様。口当たりのよい酒はあとから効きます。飲み過ぎてはだめですよ」
「はい」
と、返事はしたものの。さっきから頬が熱かった。
会場が暖まってきたせいだと思っていたけど。
もしかして、すでに飲みすぎちゃった? でも、まだ二杯目だし……。
そのとき。
大扉横の楽団のトランペットが高らかに鳴り響いた。
騒めいていた人々がしんと静まり、会場の空気がぴりっと締まる。
大扉が左右に音もなく、滑らかにゆっくりと開かれてゆく。
「サリファ王国ジョシュア国王陛下、リオノーラ王后陛下、並びにネル第二王妃様、アリステア王太子殿下、アイゼン王国オリヴィア王女様、ルドア第二王子殿下、セオドア第三王子殿下のご入場です」
大扉横に立つ近衛護衛騎士団の騎士様は、厳かに王族の登場を告げた。
テオ殿下の登場回の予定でしたが……。
すみません。次回に持ち越しです。m(__)m




