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殿下! その婚約宣言は反則です!?  作者: 冬野ほたる


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19/53

【19】 マリエル・クロス男爵令嬢

 


 朝から穏やかに晴れていた冬日和はとっくに暮れて、空には夜の紺色の帳が下りようとしていた。

 遠くに見える山の端だけが、朱色(あけいろ)の線を引いたように染まっている。半分になった月は空の下で白く(ひか)っていた。

 石畳の道をガス燈が照らしている。

 駅前の広場には馬車のほかにも、蒸気自動車が二台、停められていた。

 

 昼の間に晴れていた分だけ、暮れてからの空気の冷たさが沁みる。

 手袋をしていても指先が冷える。

 両手を擦り合わせて暖めていると、ノア様は自分が巻いていたストールを外した。ふわりとコートの上から掛けてくれる。


 「ノア様……」

  

 「大丈夫ですよ。野営で慣れております」


 言い終わらないうちに、にこりと微笑まれる。

 いいのかな……。

 

 「ありがとうございます」


 ノア様は軽く肯く。

 女心は全然解ってないけど、基本的に優しい人なんだよね。


 それにしても、近衛護衛騎士団。

 野営訓練とかもしてるんだ。



 汽車の到着時刻に合わせて、ノア様と一緒にマリエルを迎えにきていた。

 

 サリファ王国の東の端、クロス男爵領から王都までは、汽車に揺られること半日。男爵領を早朝に出発し、王都に到着するのは夕方。ちょっとした旅行気分を味わうことができる。

 マリエルを乗せた汽車は、予定では夕方五時にクイーンズ・ストレート駅四番ホームに到着するはずだった。

 

 駅まで迎えに行くことは、クロス男爵夫妻から許可をもらっていた。

 一刻でも早くマリエルに会いたい。

 フィリップス子爵邸とクロス男爵家のタウンハウスは近いから、そのまま送って行くこともできるし。

 そのことをノア様に手紙で伝えると、すぐに返事が返ってきた。

 「私たちもお供をさせていただきます」と。

 

 「私たち」。

 ノア様以外の近衛護衛騎士の方々を、未だに周辺では見かけていない。

 近衛護衛騎士団。

 やっぱり、謎すぎる。


 駅の構内には、暖かそうなオレンジ色のガス燈が灯されていた。

 予定の時刻を若干、というか、それなりに過ぎた頃。

 低くて重い汽笛を鳴らし、灰色の煙を大量に吐き出しながら、蒸気機関車はホームへと滑るように入ってきた。


 アナウンスが到着を告げる。

 汽車が停まり乗降口が開かれると、旅を終えた人々と、これから乗り込む人々とがホームで交じり合った。


 今から乗車をするのは、王都に働きに出てきている近郊の人々。その中でも大きな荷物を抱えている者たちは、年の終わりと始まりを故郷で過ごすために、帰省するのだろう。


 年の終わりが近づき、慌ただしい雰囲気が漂っていた。


 その人混みの中にマリエルを探す。

 ノア様はマリエルを知らない。簡単に『髪色はピンクブロンドです』と、伝えていた。

 ピンクブロンドの髪はかなり珍しい。

 特徴を伝えるときに、これを答えさえすればマリエルに辿り着く。はずなんだけど。

 なにしろ……人が多すぎる。

 マリエルを見つけるのは大変そう。


 きょろきょろと首をめぐらせていると。


 「ルナ様……あそこでは?」


 先頭から3番目の車両。ノア様は乗降口付近を()した。


 んん?


 目を凝らす。

 人垣の間からピンクブロンドの髪の毛が、ぴょこぴょこと上に跳ねているのがちらりと見える。

 

 「マリエル! ここよ!」


 わたしの居場所を知らせるために大きく手を振ると、人の波に右に左に流されつつも、ぴょこぴょこと跳ねる髪の毛が、だんだんとこちらに近づいてくるのがわかった。

 人垣を分けて、大きな旅行鞄を引き摺ったマリエルがひょっこりと姿を現す。


 「ルナ、会いたかった!」


 顔を見るなり飛びついてきた。


 「わたしもよ!」


 ふんわりとしたピンクブロンドの髪。

 顔は小さく、はっきりとした二重瞼の緑色の瞳は、見つめると強い印象を与える。

 背は低い。身体は細くすらりとしている。

 小動物に例えるなら、きりっとしたリスというところ。


 マリエルの大きな鞄を、ノア様はさりげなく受け取った。


 「あら、ありがとうございます」


 「いいえ。どういたしまして」


 青い瞳を細めて、唇を少し上げる。

 必殺。麗しの微笑みだ。

 この微笑みを向けられたご令嬢たちは、頬を赤らめて恥ずかし気に下を向いてしまう。

 以前はわたしもそうだった。その気持ちは痛いほどによくわかる。 


 でも。

 マリエルだけは例外。なのだ。


 なにしろこのマリエル・クロス男爵令嬢。


 興味があることといえば、商売と商品開発。

 趣味はお金儲け……なのだから。

 (マリエル(いわ)く『あら、当たり前じゃない。うちみたいな男爵家が生き残ろうと思ったら、経済力にものを言わせなくちゃ! その点、アーバン子爵は尊敬するわ。クリスタは大っ嫌いだけど』)


 ノア様を改めて紹介するも、マリエルはぽっと頬を赤らめることもなく、ましてや気恥ずかしそうにうつむくなんて素振りも、まったく見せなかった。


 うん。ブレない。

 安定の残念令嬢っぷりは、なにも変わってはいない。

 久しぶりでも、マリエルは、やっぱりマリエルだ。


 彼女は、王都での夜会にはほとんど参加をすることはなく、領地に引きこもっている。

 学院を卒業して以来、タウンハウスを訪れることは年に二、三回あればいい方だった。

 だけど、今年はついに一回もタウンハウスを訪れてはいない。つまりは、昨年の舞踏会に参加するために王都に出てきたのが最後。一年ぶりの再会だった。







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― 新着の感想 ―
面白そうなキャラだなあ、マリエル。 色々動いて欲しい感じだ。
[一言]  マリエル、いいですねぇ!  大っ嫌いな相手の家でも、認めるべきところは認めてる。  感情に流されない物の見方は商売するのに向いてますよね。  ちょっと夢見がちなルナと仲良くなったきっかけ…
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