【18】 贈り物
お茶会の関係者周辺に、近衛護衛騎士団から厳しい箝口令が敷かれたことを知らされた翌日。
木箱に光沢のある白い紙が貼られている、大、中、小の長方形の三つの箱が、フィリップス子爵邸に届けられた。
大きい貼り箱は縦に長く平べったい。中くらいの貼り箱は高さがある。一番小さい貼り箱は、両方の手のひらを合わせたほどのもの。
箱だけでも充分すぎるほどに立派なのに、さらにそれぞれに金色のリボンが掛けられていた。
「こちらはセオドア殿下から、ルナ様への贈り物です」
胸に手を充てて腰を折り、侍従とともにノア様は礼をとった。
テオ殿下から?
なんで?
お母様と顔を見合わせる。
「ノア様。あの、こちらはドレス一式……のようですが……?」
貼り箱をしげしげと観察しながら、お母様が尋ねる。
そうだよね。わたしもそう思った。
「あの、お届け先を間違えられている……のでは?」
思わず訊き返す。
だって、ねえ?
「ルナ様に、です。間違いはありません」
ノア様は確認をするように、ゆっくり、そして、しっかりと肯いた。
「セオドア殿下がルナ様にお選びになりました。舞踏会でお召しいただきたいと」
婚約者に舞踏会用のドレスを贈るという風習は、あるにはある。
だけど贈るとしたら、金髪碧眼美人さんへ……なのでは?
「遠慮なくお受け取りくださいと、セオドア殿下から言付かっております」
微妙な空気を察したように、ノア様は付け足した。
「それは……ありがとうございます」
「舞踏会で着てほしい」と贈られてしまったら、それは着るしかない。
だけど。
いいのかな……。
「あの、ノア様。ドレスの直しですが……。今から、となると、間に合わないかもしれません」
遠慮がちに告げたお母様の心配はもっともだった。
試着して購入したわけじゃないから、サイズはたぶん、合わない。
舞踏会まであまり日数はない。
サイズ直しをするのなら急がなければならない。
だけど、今はどこのドレス工房も舞踏会用の注文品や、サイズの直しで一番忙しい時期だ。
下手をすると、直しそのものを受けてもらえない。
「その点ならご心配はいりません。以前に、婚礼衣装のデザインをお決めになるときに測ったサイズでご用意しております」
そういえば……測ったよね。
「……だけど半年も前ですよ。大丈夫かしら?」
同意を求められて、お母様と一緒に肯く。
そうそう。
着てみないとわからないけど、もしかしたらいろいろと変わっちゃってるかもしれないでしょ?
この半年の間にちょっと胸が発育したり、腰だってくびれたかもしれないし。
逆は、まあ、ないと思いたい。
「ルナ様のサイズは以前と変わられていません。ご安心ください」
なおも心配するお母様とわたしに、ノア様は言い切った。
ん?
「見てわかりますから」
そんなことは当たり前です。というように、微笑みながら小首をかしげる。け、ど。
……は?
今、なんて言った?
見てわかるって言ったよね!?
いや、いや、いや、いや!?
え?
思わず両腕を胸の前で交差させる。
ふと、隣を見ると、お母様も同じような格好をしていた。
ノア様の後ろで控えていた侍従たちは、気まずそうに視線を逸らしている。
「ノア様……あの……」
本当に、そうだとしても。
普通は女性にそれを……言わない、のでは?
なにも問題はありません。大丈夫ですよ。と、微笑んでいるノア様。
「……」
その一点の曇りもない無邪気な笑顔が眩しすぎる。
それ以上、なにも言えない。
お母様でさえ黙って言葉を飲み込んだ。
ああ……ノア様。
護られたい騎士様ランキングの上位ランカーであり、ご令嬢たちの憧れの的。
騎士としては、あの恐るべき謎の近衛護衛騎士団に入団することができるのだから、非常に優秀。
くわえて容姿も端麗。性格も特に目立った問題はなし(たぶん)。
それなのに。
もしかして、ひょっとすると、ひょっとして。
……天然というか、ちょっとずれているというか、鈍いというか、女心を解っていないというか。
うむむ。
意外と、残念な人、なのかもしれない。
▲▽▲▽▲
ノア様たちが王宮にもどったあとに、白い貼り箱を開いた。
テオ殿下が選んでくれたというドレスは、光沢を抑えた生地を使って仕立てられたものだった。
明るすぎず暗すぎない、丁度よい色味の赤葡萄酒色。
すっきりとしたデザインの胸元は、鎖骨の下あたりまで開かれている。
腰のラインはきゅっと締まっていて、スカートラインに繋がってゆく。
腰回りには、赤葡萄酒色のオーガンジーで創られた大小の薔薇の花が蔦のように巻き付き、小さな薔薇がスカートにまで枝垂れている。
スカート部分は濃淡の異なるオーガンジーを幾重にも重ねてあり、ふんわりと空気をはらむようなシルエットをつくりだす。
肩は覆われていない。オーガンジーの袖の始まりは胸のラインと合わせてある。肘までの長さの袖はふっくらとしていた。
靴は歩きやすそうな高さの踵のもの。色は赤葡萄酒色。
ドレスと同じ色だけど、靴には光沢がある。
一番小さい貼り箱にはアクセサリーが入っていた。
ベルベットの黒いネックリングとイヤリング。
ネックリングの中央には大きなルビーが嵌め込んである。楕円形にカットされた深みのある赤色のルビーだ。
イヤリングもネックリングと同じルビー。カット面が多く、小ぶりながらも小さな焔が揺らめくように、きらきらと光を反射させている。
わぁ……。
素敵としかいえない。
「まあ……きれい。ルナの栗色の髪と瞳の色にとてもよく似合うわよ」
サイズを確認するために一式を身につけると、お母様がほうと息を吐く。
「お母様、どういうことかな?」
舞踏会用に、我が子爵家に相応の、それなりなドレスを準備していた。
事が起こってもいいように、悪目立ちをしない、背景に溶け込むくらいの地味な色のドレス。
そのドレスとは比べ物にもならないほどにキラキラしい。だからといって、派手すぎない。
さすが、テオ殿下。とてもセンスがいい。
このような品をいただいてしまって、本当にいいのだろうか。
「そうねぇ……。やっぱり、あれかしら?」
「なに?」
「ほら、例の恋人さんとドレスの色がかぶらないように、配慮してくださったのよ」
「……」
それは……あるかも。
テオ殿下がわたしとの婚約を年内に方を付ける気ならば、舞踏会はうってつけの舞台になる。
なにしろ、サリファ王国中の貴族が参加するのだから。
テオ殿下は金髪碧眼美人さんと一緒に参加をするのだろう。
そうなれば、わたしはエスコートなしになるわけで、それはつまり……そういうことだ。
婚約破棄宣言などをしなくても、(元)婚約者を吊るし上げなくても、スマートに周知できる。
そのときにドレスの色までかぶっていたら、さらに惨めに思われるのは、わたしの方。
これは……テオ殿下からの優しい心遣いなのだろう。
「ルナ、大丈夫よ。セオドア殿下は、酷いことはなさらないわ」
そっと肩を抱いてくれたお母様の言葉に、ただ肯く。
テオ殿下はこんなときにまで、優しい。
だから余計に……。
面と向かって詰られたほうが、楽になるのに。
舞踏会までに、覚悟はしっかりとしておこう。




