【17】 近衛護衛騎士団
今回は、いつもより少しだけ長いです。
相変わらずにノア様は、頻繁にフィリップス子爵邸に顔を出している。
わたしの公爵夫人教育も滞りなく続けられていた。
甘いお菓子や、王宮の温室で育てられた花を手土産に持ってくるのも、相変わらず。
日々の様子や、公爵夫人教育の進捗などを尋ねたりするのも、相変わらず。
以前となにも変わらない。ただ、テオ殿下に会えないだけで。
お母様は「ノア様とは進展しているの?」と訊いてくるけど、そのあたりは適当にごまかしている。
だって、進展もなにも……。
ノア様はやっぱり素敵だと思う。
でもなんだか。
庭園の生け垣にうっかりと迷い込んで、出口を見つけられなくなってしまったときのように。
自分の気持ちだけど。
よく、解らなくなっている。
▲▽▲▽▲
「……ルナ様……ルナ様?」
円テーブルの隣に座ったノア様は、目の前で手を上下に大きく振っていた。
はっと我に返る。
いけない。ノア様がいらしてたのに。
「あ、申し訳ありません。少し、ぼんやりとしていたもので……」
小首をかしげたノア様の、絹糸のような黒髪がさらりと揺れて流れる。
「なにか……気になることがあれば遠慮せずに、私に仰ってください」
「大丈夫です……」
慌てて首と手を振る。
余計な心配はかけられない。それに、本人に言えることでもない。
「なんでもありません」
「……そうですか」
ノア様はどことなく思案気に、青い瞳を細めた。
「ところで……ルナ様」
「はい」
「アーバン子爵邸でのご活躍、私も耳にしました」
……!?
今、なにか、おかしなことが聞こえたような?
え?
ノア様は口角を上げる。
「クリスタ様に立ち向かわれたとか」
「ど、どうしてそれを……!?」
アーバン子爵邸でのクリスタへの振る舞いが、なんでノア様の耳にまで届いているの!?
どういうこと!?
クリスタに泣かされたことのあるご令嬢、ご令息の間には、かなり素早く嬉々として伝わったかもしれない。
だけど、いくら噂は広まるのが早いとはいっても、出回っているのは、せいぜい学院の元同級生と同窓生の間だけだと思っていた。
クリスタと取り巻きたちは、話を広めないだろうと踏んでいたし。
クリスタも痛い目をみたからね。さすがに自分のことは言い振らさないだろう。
それに、テオ殿下に関わる事だ。
わたしとの婚約がまだ、名目上だけでも継続している今。あのお茶会の場と仲間内だけでならともかく、表立ってそんな噂を流すことは、王室とフィリップス子爵家への名誉棄損にもなりかねない。
それなのに……。
どうしてノア様が知っているの!?
「詳しいことはお話しできませんが……私たちは常にルナ様をお護りしておりますので」
「私たち? 常に……?」
私たちって、複数形だよね?
……いつもノア様しか見ないけど?
ノア様は小首をかしげて、口角を少しだけ上げたまま。
わたしの呟きには答える気はない、みたい。
だけど、躊躇うようにわずかに視線が動いた。
「……正直に申しますと、意外でした。ルナ様はおとなしく、おしとやかな印象がありましたので」
あの、それは……。
自信を持って言えるが、それは人前だけでのこと。
そして、特にノア様の前では。
印象詐欺でごめんなさい。
これはもしかして……イメージと違うと、否定されてしまう流れ?
「あの……」
「ああ、誤解しないでください」
とっさに口を開くも、ノア様に優しく遮られる。
「それが悪いということではなく、むしろ反対です。その話を聞いたときに、そのほうが素のルナ様なのではないかと思ったのです。セオドア殿下とお話をされて、楽しそうに、元気に笑っているルナ様と同じ印象を受けましたので」
「……」
「それから……アーバン子爵令嬢のご友人の兄上が話されていたという……金色の髪の青い瞳の女性のことですが……」
わたしの反応を確かめるように、一度、言葉を切る。
青い瞳は真剣な色を湛えていた。
続きを促すために肯く。
ノア様も軽く肯くと、再び口を開いた。
「……本来なら、宮殿に出仕している者が、その中で見たことを部外者に話すなどあってはならないことです。その者と関係者には、すでにしかるべき処置がとられております。もちろんアーバン子爵邸のお茶会に参加された皆様にも、その周辺の関係者の方々にも、近衛護衛騎士団から厳しい箝口令が敷かれております。……セオドア殿下と金色の髪の女性のことは、その関係者周辺だけで、ほかには一切、外部には漏れておりません」
ええ……?
「……フィリップス子爵家とアーバン子爵家との間の事業に、ルナ様の取られた行動は、なにも影響を及ぼすこともありません」
ちょっと、待って。
ええと、それって……?
つまり……。
取り巻きさんの兄上と関係者には、すでになんらかの処分が下されていて、お茶会主宰のクリスタ――アーバン子爵家と取り巻きさん、参加していた元同級生たちの家族も含めて、「絶対に口外しないように」との御達しが、近衛護衛騎士団から出ているということ。だよね?
厳しい箝口令といえば。破れば罪に問われる上に、かなり重い罰が与えられるはず。
だから、テオ殿下と金髪碧眼美人さんの件は、あの場にいなかった他の元同級生たちは、まったく知る由もないっていうこと。
……それで、マリエルからの手紙にはテオ殿下のことは書かれていなかったのか……。
それから。クリスタに反撃したことで心配していた、アーバン子爵家からの仕事については、なにも問題がない。ということで、いいんだよね?
ええと……。
いろいろと思うことはあるんだけど。
「箝口令はセオドア殿下と金色の髪の女性の件のみですので……。あのアーバン子爵令嬢に、ルナ様が一言申した件については適用されていません。……ルナ様にお茶会の招待が増えている理由は、その件で人気が上がっているからでしょう」
「……」
頭が追い付かない。
なに?
この情報収集能力と、迅速な対処は?
っていうか。
それなら、わたしの件も口止めしておいてほしかったような。
近衛護衛騎士団って、一体……。
「このようなお話をルナ様にお聞かせするかどうかは、迷っていたのですが……」
とりあえず。
とてつもなく優秀な一団らしい。
そして……。
ノア様は優しく、それはそれは麗しく微笑む。
近衛護衛騎士団。
うむむ。
とても、とても……恐るべし。
読んでいただいて、ありがとうございます。
次話から、投稿の間隔が少し空きます。
m(__)m




