【20】 舞踏会 前日
「ルナが変わってなくて安心した」
「マリエルだって全然変わってないよ」
「そうかな? ちょっと背が伸びたよ?」
「……伸びてないから」
「え~?」
マリエルは笑うと印象が変わる。
きりっとした緑色の瞳が、ふにゃっとした弧を描く。
きりっとしたリスから、ふにゃっとしたリスになるのだ。
クロス男爵領からのお土産を、あの大きな旅行鞄に詰め込んでいた。日持ちがする上に保存がきく品を、いろいろと持ってきてくれた。
それをお茶菓子にして子爵邸でお喋りを楽しんでいる。
午後からは、明日の舞踏会のために準備をしなくてはならない。
今は積もる話を語り合える貴重な時間だ。
樹液のシロップを生地に練り込んだ、ほろほろとした食感のクッキーや、薔薇の花弁のジャム、いろいろな植物の種を混ぜて焼いた硬めのケーキ。クロス男爵領に聳える、イルム連山でしか取れない花の密を混ぜたハチミツ(配合率を聞いたら笑っているだけだった)、変わったところでは、手のひらに乗る小さなモモンガのぬいぐるみなど。
これらは男爵領の特性を活かした商品だった。
マリエルのお父上であるクロス男爵が治める領地には田畑があり、山があり、川があり、森があり、野生動物もたくさん生息している。
いわゆるとても風光明媚。自然が豊かな場所なので、観光地としての人気がとても高い(マリエル曰く『ただサリファ王国のド田舎なだけよ』)。
彼女は学院時代から、兄上のオーギュスト様と一緒に実家の事業に携わっている。
卒業してからは領地に引きこもって、クロス男爵領を訪れた観光客に販売をする、こういった特産品を開発していた。
ちょっとだけピンクっぽいブロンドの髪を耳にかけた、マリエルと同じくぱっちりとした緑色の瞳の可愛らしい顔立ちのオーギュスト様は、自領に観光客を誘致するための旅行事業を仕事としている。そのために王都のタウンハウスを住まいとしていた。
オーギュスト様とマリエルの手腕とで、クロス男爵領は観光事業と物販で利益を上げていた。
うちのお父様も常々、この兄妹には一目を置いている。
いろいろな植物の種が入ったケーキは、ほんのりとした塩味。焼いた種が芳ばしく、ケーキの硬さと種の硬さの両方がいいアクセントになっていてとても美味しい。
ハチミツはうすい黄金色。小さいスプーンに少しだけ掬い取り、紅茶に溶かした。
さっぱりとした甘さで、ほんのりと花の香りが漂う。
うん。紅茶にもケーキにもよく合う。
「ところで、あれからクリスタからはなにも言ってこないの?」
甘いものが大好きなマリエルは、クッキーを頬張っていた。
「うん。今のところはね」
クリスタと取り巻きさんたちは、近衛護衛騎士団から厳重な箝口令と一緒に、厳しい指導を受けたらしい。
いくらクリスタがわたしのことを気に食わなくても、もう、そうそうヘンな因縁を吹っ掛けてはこないだろう。だって自分の首を絞めることになるからね。
「それならいいけど。でも、クリスタのことだから。油断は禁物だよ」
学院時代のマリエルは、クリスタに目を付けられていた。
一緒に地味に過ごしていたのにも関わらずに、なにかとマリエルだけ嫌味を言われていた。
きりっとしたリスが笑うと、ふにゃっとしたリスに変わるギャップと、特徴的なピンクブロンドの髪。それがご令息たちに密かに人気があったのを、面白く思われていなかったことが原因だと思う。
マリエルはそんなときには困ったように微笑んでいるだけだった。
クリスタは言いたいことだけを言うと、ツンとそっぽを向いて取り巻きさんたちと去っていく。
しゅんと、しょげたようにうつむくマリエルは庇護欲をそそり、またもやご令息方の人気が上がる。
ちなみにこれ……マリエルは解ってやってるから。
(マリエル曰く『ルナ、クリスタを止めちゃダメよ。そんなことをしたらルナが標的になっちゃう。それに子爵令嬢の嫌がらせに健気に耐える男爵令嬢……。ふふふ。なんて美味しい設定なの! 好感度アップはすなわち売り上げアップよ!』)
商魂たくましい、のだ。
「ところで、ルナ。婚約おめでとう! きちんと顔を見てお祝いを伝えたかったの!」
マリエルはニコニコとした満面の笑みを浮かべている。
まるで自分のことのように、とても喜んでくれていた。
「ありがとう……」
そう答える。しかない。
すべての責任はわたしにあるとはいえ、マリエルに……テオ殿下とのことを、どう説明したらいい?
もしかしたら、明日の舞踏会で婚約を解消、もしくは破棄されることになるかもしれないなんて。
湖でのことなら話すことができる……かな?
クリスタたちに箝口令が敷かれているのは、金髪碧眼美人さん――テオ殿下の恋人さんのことだけだものね。
こんなに嬉しそうに祝ってくれているのに……なにも伝えずに明日を向かえるのは……。
「……ルナ? どうかした?」
黙ってしまったわたしを、マリエルが心配そうに覗き込む。
「あの、マリエル……実はね」
思い切って打ち明けようとした、そのときに。
「こんにちは。ルナ様。マリエル様」
応接室の扉をノックする音とともに、艶やかな微笑みのノア様が、薔薇の花束を抱えて現れた。




