第94話 アラクネ と ヘカテー
「大森林を平定する勢いだな。」
下級デーモンからの報告を聞きほくそ笑む。
「ガレオラ様いかが致しましょうか?」
「イブリースとアガレスには伝えたのだな?」
「はい」
「なら暫くは様子見と言った所か、我が元まで届けば好し、届かなければそれまでだったと言う事。
それに最近は獣が煩いからな、倒しても良いが余り均衡を崩しても楽しみが減るというもの。」
ガレオラと呼ばれた大きな悪魔は笑みを浮かべながら横の机に盛られた果物を無造作に取る。
「カーマ様が使者を送った件についてはいかが致しましょう?」
「カーマ・マーラか・・・」
ガレオラが手の中で果物を弄ぶ。
「放っておけ。」
「ハッ!」
下級デーモンは跪いたまま頭を下げる。
「フンッ・・・使者か、しかしどっちが・・・?」
ガレオラは呟きながら掻き消える。
手に持っていた果物は地面へと落ちるとグジャリと飛散した。
腐りドロドロに溶けた果物だけがその場に残される。
◆
木々は腐り少しの風でもパラパラと塵になっていく。
「私はこんな所で負けてられないのよ!」
女が魔物と戦っている。
その女はモンスターだった。
体は人だが顔には8つの目があり背中から通常とは異なる爪のついた腕が伸びている。
アラクネと呼ばれる蜘蛛女だ。
背中から伸びる爪が糸を飛ばす。
が、魔物の両腕についている鎌を1当てすると糸がパラパラと砕け塵になる。
その魔物は通常では考えられないほど巨大だった。
両腕についている鎌は全ての生命を刈り取る。
三叉に分かれた尻尾は鋼の鱗に守られ変幻自在に襲い来る。
上半身は人型だが顔は布で覆われている。
一般民からはこう呼ばれている。
神獣ヘカテー
神の名を持つ魔獣、モンスターを狩るための獣。
その神獣と1対1で向き合い逃げようとはしない。
普通のモンスターならば見た瞬間逃げるだろう。
いや、抵抗できずに殺されるだろう。
「チッ・・・これもダメなの・・・」
パラパラと散っていく糸を見送りながら次の手を考える。
ヘカテーが鎌を振るう。
8つの目を駆使して行動を先読みし避ける。
鎌が木に当たる、が木を傷つけず通り抜ける。
素通りしたはずの木が一瞬で枯れる。
「厄介な鎌ね!」
息を吸い込み鎌に向かって強酸液を飛ばす。
ヘカテーは強酸液を鎌に浴びるが気にした様子は無い。
「嘘・・・」
次の瞬間女は吹き飛んだ。
岩にぶつかり岩が砕ける、その瞬間自分が何をされたかを悟った。
女の居た場所には尻尾の鱗が光を反射し鈍く光っていたのだ。
「グッ・・・ガハッ」
ヘカテーは止めを刺す為にゆっくりと近づく。
そんな余裕の態度をみて女が激高する。
「私は!・・・私は魔王になる器なのよ!
こんな蛇に負けてられないのよ!」
笑う膝と痛む脇腹に手を置きながら立ち上がる。
誰が見ても女がこの後どうなるかは明白だった。
「こ・・・こんなの認められない!
認めないわよ!」
ヘカテーが鎌を振り上げ狙い済ます。
女は目を見開き、腰に刺している短剣に手を伸ばす。
「トコトン・・・やってやるわよ!」
「ツミビトヨ、ジョウカヲ、ウケイレヨ」
初めてヘカテーの隠れた顔から声が発せられる。
「あっそ、でもね、私は自分を罪人なんて思った事ないのよ!」
「アワレ・・・ナリ」
鎌が振り下ろされる。
鎌が迫り来る瞬間、反射的に顔を背けてしまう。
ガギャッ
という音が聞こえ、自分は死んでいない事を自覚して前を振り向く。
そこには遠い昔映画で見たニンジャスーツに身を包んだ者が鎌を爪で受け止め庇ってくれていた。
その人は獣族だった、尻尾が生えていたのですぐに判った。
その尻尾は茶色に黒の斑点があり先っぽは黒だった、記憶で一番近いのはチーターというネコ科の動物だろう。
「・・・」
その獣族は何も言わず懐から何かを取り出し魔力を注いで後ろに放り投げた。
放り投げた物からは淡い紫の光が出ているだけだった。
前を向くと獣族の人は爪を巧みに使い攻撃をしている。
その全てが弾かれているにも拘らず顔色1つ変えてない。
けれどそれよりも助けられた事が腹立たしそうに呟く。
「助けて・・・なんて誰が言ったのよ・・・」
自分に活を入れるように呟き足に力を入れ踏ん張ろうとする。
するとその獣族は信じられ無い事をした。
「寝てろ。」
と女の鳩尾に蹴りを放ったのである。
不意を突かれた攻撃に倒れこみ吐瀉物を撒き散らす。
足手纏いだと決め付けられた事が悔しかったのか、今も戦い続ける獣族を睨みつける為に顔だけ起こす。
獣族はヘカテーの攻撃を全て避けていた。
決してヘカテーの攻撃が遅いわけじゃない、獣族が早いのだ。
女はその舞うような戦いに見とれていた。
文字通り蝶のように舞い、蜂のように刺すを体現していた。
だが、その攻撃もヘカテーには通用していない。
よく見ると弾かれているというより当たる寸前に何かに阻まれているようだ。
攻撃が当たっているのなら同じ場所を幾度も狙えば通じる可能性があるが、当たっていない。
絶望的な状況である、その絶望的な状況の中、獣族はただひたすら攻撃を繰り返していた。
いつまでも続くかと思われていた攻防が突如止まるり、ヘカテーが獣族に言い放つ。
「ツミビトデハナイモノヨ、サレ」
獣族は距離を置き戦闘体勢を維持したままヘカテーを見ている。
睨み合いがどれほど続いたのだろうか、10分?いや1分すら経っていないかもしれない。
獣族は何も言葉を発さずヘカテーを見つめている。
ヘカテーは突如、獣族へと突進する。
獣族はその突進をまともに受け飛ばされるが空中で体勢を整えて着地する。
ワザと飛んで受け流したのだ。
着地と同時にヘカテーへ駆ける、爪を発光させながら。
爪に魔力を流したのだ。
爪は先ほどと違い鱗を傷つける。
女は驚愕する、自分が敵わなかった、しかも神獣とよばれる獣を切り裂いたからだ。
獣族は再び女の前に立つ。
そしてヘカテーに対し短く告げた。
「去れ。」
「ソノツミビトヲワタセ、ソウスレバ、サル」
ヘカテーがそう告げると同時に獣族が地を蹴り爪を振るう。
ヘカテーは片方の鎌でその爪を受け止めもう片方で攻撃する。
先の避ける戦いが嘘のように金属音が響く。
しかし、そう長くは続かなかった。
ヘカテーが突如、卵を吐き出す。
吐き出された卵はすぐに亀裂が入り中から人ほどもあるラミアが誕生した。
そのラミアは獣族を攻撃し始める。
1対1だったのが2対1になり3対1になり・・・どんどん数を増やす。
流石の獣族も数に圧倒され次第に押され始めた。
生み出されたラミアが20を越えた頃には獣族は既に肩で息をするほど消耗していた。
そこにヘカテーも参戦する。
獣族は鎌だけはしっかり避けていたが尻尾の攻撃が直撃して吹き飛ぶ。
「おいおい、いきなり修羅場だなぁ~」
突如後ろから声が聞こえ女が振り返るとそこには玉から触手と羽が生えたモンスターが浮いていた。




