廃病院体験
今、何時だ?
ゆっくりと起き上がる。
9時だ。ほとんど眠れていない。
病室を見渡す。
「……‼︎」
ナイフを手にした美咲がいた。
そのナイフから血が滴り落ちている。
「ヲノマエ君おはよ、ずっと待ってたよ?」
いつもの俺なら卒倒していただろう。
しかし全く恐怖を感じない。
自分が自分じゃないみたいだ。
「美咲、それ誰のだ?」
もちろんナイフの血の持ち主のことである。
「うーん、わかんない。1時間くらい前にヲノマエ君の悲鳴が聞こえてきたから、怪しい奴切っちゃった。」
美咲の声が弾む。
「そいつの特徴はどうだった?」
多分鬼灯だ。
「真っ黒だったよ。」
決まった。病室から出ようと歩き出す。
「どこ行くの?私も行くよ。」
美咲がくっついてくる。
「一緒に来てくれ美咲。殺さなきゃいけない奴がいる。」
「うん、いいよ。」
まず、病室を出てから気になったことは、荒れている。
文字通り荒れている。
いろいろなところで人が倒れている。
ほとんどが気絶しているようだ。
ほとんどといったのは、たまに死体も混じっているからだ。
「美咲。俺が寝ている間に、何があったか分かるか?」
この状況は一体なんだ?ほぼ廃病院である。
「わかんないよ。あ、でもヲノマエ君が寝てる間に音がしてチラッと病室の外を見たんだけど、ゾンビ映画みたいになっててビックリした。」
ゾンビ映画?
「それはつまり、どういうことなんだ。」
少し考えたような素振りをとった後で美咲が答える。
「気にね?色んな場所からドアが開く音がしてね、見てみたら患者さん達が本物のゾンビみたいにウロウロしたり、暴れてたの。」
まるっきり頂上現象だな…と少し前の俺なら思っていたかもしれない。
でも、こうして鬼の力を目の当たりにした後じゃこんな現象もきっと裏があるんだろう、とそう思ってしまう。
「だとすると、なんで俺の病室だけ荒らされてないんだ?そもそもゾンビ?も入ってきてないし。」
俺を襲うことが目的なら真っ先に大量の患者達が押し寄せるはずだ。
それに気絶している患者達を見ると、どうも見境なく襲いあっていたようだ。
でないとここまではならなかっただろう。
今の病院は廃病院に近いところまで荒廃している。院長さん涙目だろ。
などと考えていると、廊下の奥の方に影が見える。
「あれは…。」
間違いない。ゾンビだな。生きてる人をゾンビと言ってもいいのかわからないけど、手を前にしてゆらゆら歩くところがゾンビそっくりなのでゾンビでいこうと思う。
俺は病室にあったあのデカいはさみを構える。ジリジリとゾンビとの距離が近づく。
息を飲む。もう手を伸ばせば届く距離にいる。
「…美咲?」
襲われるかもしれないのにボーッとゾンビの顔を見つめている。
ゾンビはというと、そのままただ真っ直ぐに何事もなくフラフラと廊下の逆側へ消えていった。
「なんだ…?俺らは襲われない…のか?」
ただでさえ鬼灯を殺すことでいっぱいの頭がさらに未知なるものとの遭遇でいっぱいになる。頭痛が痛いとはこのことだ。
程なくして階段に辿り着き、降りようとする。そこでいきなり身体から力が抜ける。
「……ッ!?」
膝が抜けたときと同じようにスッと床に平伏す。何かが俺の中から抜けて行った。そんな感覚があった。
「ヲノマエ君?どうしたの?」
美咲がのっぺりとした口調で聞いてくる。
何かが俺から抜けると同時に意識がどんどんはっきりと鮮明になっていく。
そうだ…そうだった。美咲はこんな口調じゃなかった。もう少し活発的であり、そもそももっと目が今より爛々と輝いていたはずだ。
今はの美咲は目が虚ろで、生きている感じがしない。生気を感じないんだ。
俺から何が抜けた?
鬼灯への殺意はもうない。
さっきまでの勢いが嘘のようだ。
そしてわかるこの異常な空気。病院全体に立ち込める嫌な瘴気。
鬼になったせいかそういうのがはっきりとわかってしまう。
あ、でもやっぱり鬼になったっていうの認めたくないなぁ。
「どうしたの?大丈夫、ヲノマエ君。」
美咲が手を伸ばしてくるが咄嗟に振り払い下の階へ降りる。
俺が病院内で見た中で一番濃く、ドス黒い瘴気を放っていたのが美咲だったからだ。
待ってよ、という声が後ろの方から聞こえた気がする。
それを無視して必死で階段を降りた。でも、3階で止まっていることに気付く。
確かこの病院は造りが複雑で、直通のエレベーターはあるんだけど階段は1〜3階、3階〜6階、7階で別の場所にあるらしい。
看護師に聞いた話だが、目覚めた時既に病室にいた俺にとっては迷路でしかない。
ふたたびパニックに俺は陥る。
それに、さっきまでの俺は一体なんだ?
美咲に同調していた?
そもそもあれは美咲か?
なんだ?どうなっているんだ?
なんだなんなんだなんだよなんだなんだなんだなんだなんだこれはなんだなんだなんだなんだなんだなんだ一体なんだなんだなんだなんだなんだなんでなんだなんだなんだ??
俺は何と戦っている?誰が味方で、誰が敵だ?そもそもここ3階のどこだよ!!
暗い。人影が奥で揺らめく。ゾンビか?
なら無視だ。走ってゾンビを横切る。
「…がッ!?」
思いきり身体をひねったかと思うと、ゾンビはそのままラリアットのような殴り方で腕で振る。
とっさの攻撃に為す術もなく、そのまま吹っ飛ばされ壁に叩きつけられる。
「ゲホッ。ッぐぅ、うぅぅ。」
背中を打ち付け痛みに唸ることしかできない。
とにかく今は鬼灯だ。あいつに会うしかない。きっと手がかりはあいつが持っている。なにか打開策を考えてくれる。
まだ病院内にいるかな?
ゴスッ、とゾンビみたいな患者に殴られる。
俺の邪魔をすんなよ。
「クッソがぁぁあ!!」
持っていたはさみを横になぎ払う。
いくら大きいとはいえ、長さは肘から指先程度しかない。
持つ部分を合わせればリーチがあるとは余りいえないはさみではある。
でも、ここまで密着していれば当てることなんて造作もない。
そして、俺ははさみを相手の側頭部に叩きつけ…叩きつけ…え?振り抜けた!?
豆腐のように柔らかく感じた。はさみも普通のはさみと同様に刃以外の場所に切れるような場所はない。つまり打撃ダメージのはずであってこんな、相手の頭部を真っ二つに切り裂けるはずなんてない。
「ということは…。」
俺の力が異常に上がっている、だ。
頭部を半分失った後、2、3歩あるいたかと思えばドシャぁと音を立ててその場に崩れて行った。
……え?死んだ、のか?
嘘だろ?おい。
なあ、おい……。
「っひ、ひひ…人を、殺し…た?」
そんな…嘘だ。俺はただ逃げようとして…。殺そうなんて思ってなかった。
しかしゾンビはぴくりともしない。
俺はしばらく何も考える事が出来なかった。
だって、殺人を犯すのなんて誰だって初めてだろ?
階段の下、美咲と同じ薄気味悪い雰囲気を纏う影が近づいてくる。
私は愛用しているカッターナイフを取り出す。
これもヲノマエに渡したはさみ同様、大きい。刃を出せば包丁ぐらいはある。
観察する。動きはまだのろい。ゆらゆらと階段を登ってくる。
服装から、このゾンビみたいな奴はここに入院している患者だとわかる。
そのまま患者と呼ぼう。
また、美咲のような強敵と仮定して一切油断しない。
患者が私と同じ踊り場に足をかける。
その直後私は動いた。
かけた足を蹴り払い、伸ばしている手を掴み横にぶん回す。患者はドサっと音を立てて床に倒れる。
しかし私はまだ気を緩めない。瞬間首を蹴り抜く。普通の人間ならこれで昏睡状況になる。まぁ最悪命を落とすが。
弱っているとはいえ今の私にも人間を気絶させるには余裕の力を持っている。
離れて観察する。動かない。
私は手早く患者服を切り取り手と足を拘束する。
「……ふぅ。」
どうやら美咲が異常なだけだったらしい。
「でも、」何が起こってるんだろう。
きっとこのようや患者はまだまだいる。
いくら私でもこんなのが20体もいれば分が悪い。
「そん時はこれの出番だね。」
カッターをまじまじと見つめる。
斬れ味は申し分ないほど綺麗に研いである。
そう、鬼と戦って死んだら、死んだ人間が悪いんだ。
こんな薄気味悪い雰囲気じゃなかったらどんなに良かったか。
ガシャン…ッ
上の階で音がする。今の音を皮切れに上から唸り声や物が壊れる音がどんどん聞こえてきた。
「まずいかも。」
もしかしたらこれは感染症みたいに広がるんじゃないかな?
きっとヲノマエか美咲どっちかが原因だ。
そうとしか考えられない。
「だぁーーーーーッ!!もうッ!!」
どうしよう、私は何をすればいい?
何が最善策で何が解決策だ?
どうしよう、わからない。どうしよう、わからない。
わからないわからないどうしようわからないどうしようどうしようわからないどうしようどうしようどうしようどうしようわからないどうしようどうしようわからないわからないわからないどうしようあ…わかった。簡単なことだった。
逃げちゃえばいいんだ。隠れちゃえばいいんだ。
「ふふ…ふふふふ。こんな屈辱初めてだよ。」
私は強者だった。いつもやるべきことはこそこそせず、堂々と正面から全て行っていた。
なぜなら私は、強いから。
「いいよ、わかったやってやる。私が弱いんじゃない。弱いフリをして欺いてやる。」
久々に殺る気スイッチが全開になった。
でも、まぁあの様子だとヲノマエは絶対に降りてくる。私を殺しにくる。きっとくる。それに美咲も一緒だろう。今回は仕方ないけど美咲を私が鬼引いてやる。
きっとお父さんに怒られるだろうな。
でも仕方ない。生き残るためだ。
3階からも物音がし始める。
「はぁ…こんな時にかよぉ。」
以前私の力はこの2本の指に吸われ続けている。
まずはこれをどうにかしないと。
ヲノマエと別れてからまだ30分程しか経ってない。
「どこに隠れる?」
多分、一階に着く頃には普通の人間並みの力まで落ちているだろう。そうしたらここの患者たちに敵いっこない。
もうチラホラと奥に人影が見え出してきた。
仕方なくすぐ近くにあった手術棟へ逃げ込む。私は辺りを見回して一番手前にあった手術室へ入る。
が、「迂闊だった…。」
いつも通りの調子なら中になにがいたかくらいわかっただろう。
部屋の中にはきっとオペを行っていたであろう医師が1人と助手2人が蠢いていた。あと手術を受けていたであろう患者が1人。
一心不乱に部屋の中央にあるものを弄っている。
「うわぁ…。」
もはや見慣れていることだが、手術を受けていた女性を食らっていた。
でも、私はそれを逆にチャンスだと思い行動する。
まず、一番近くにいる女性の頭部に噛り付いてる患者の首に向かってカッターを振り抜く。
首だけが綺麗にポトッと落ちる。
その勢いを利用して一回転して左にいる患者の首も切り落とす。
しばらく首が落ちても動いていた患者たちがズシャっと音を立てて床に伏す。
これで一対一だ。
まあ、私が一対一でこんなゾンビみたいな奴に負けるはずがなくすぐに片付ける。
「ふぅ…。これであと入り口に鍵をかけてってっと。」
私は手術台に背を向け入り口に向かって歩いて行く。
「ッぐあ…。」
それがいけなかった。
首になにか、管状のものを巻きつけられる。
「うぐっ…。」
ものすごい力で締め付けられる。
手で掴もうにもヌルヌルしていて滑る。
それに生暖かい。
が、すぐに私は持っているカッターでそれを切り裂く。
そして振り返りギョッとした。
死んだと勝手に勘違いしていた女性患者がそこにいた。
手術中ということもあってか腹が開かれている。
そこを無理に動いたりしたから幾つか内蔵が飛び出ている。
「うえぇ…。」
私は舌を出してあからさまに嫌そうな顔とため息をつく。私の首を締めていたのは腹からでろんと垂れる腸だった。
……キモっ。
正直な感想はそれだ。早く洗い流したい。
ただ私が驚きギョッとしたのは、腹をかっ裁かれても立ち歩き、攻撃出来るという事実にびっくりした。
「さて、と。」
こいつは今までの奴らと違って少しだけ知能があるみたいだ。それが常識的か非常識かは別としてね?
でなきゃ内蔵を武器にしようなんて思わない。
となると私が取るべき行動「はッと!!」
散らばっていたメスを頭部に向けて投擲する。頭部へ正確に叩き込む。
この患者共は人間としてのリミッターが外れていて普段の数倍の力を出すみたいだ。
もうすぐ私はこいつらより弱くなる。
なら今は距離をとり出来るだけダメージを与える。
「あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”!!」
始めて聞く患者の唸り声。
「いよいよ本格的にゾンビだよ。」
メスはあまり効いてないみたいだ。
じわりと嫌な汗が出る。
カッターを構える。
「ぶるぁぁッ!!」
腕をぶん回してくる。もちろん当たる距離ではない。でも、念には念を入れて一歩下がる。
が、恐ろしいことにこいつは肩、肘、手首、指全ての関節を外してきやがった。
回避も虚しく一歩だけじゃ足りなかった。
「グハッ!!」
側頭部に衝撃が走る。意識が危うくなる。
「ぷるるァァァア!!」
馬乗りの容量でまたがり殴ってくる。
あぁ、くそ。さっきまでの威勢はどうした。
たかぶれよ。美咲を鬼引するんじゃなかったのか?
こんな雑魚いつもなら負けないのに。
「こんな…とこでぇ。」
終わってたまるか。
「あ”ぁ…あ”ぁあ、ぁ”ぁ”!!!」
一瞬、周りの瘴気が薄くなったのを感じた。
それに合わせてこのゾンビ野郎の動きが一瞬とまる。
「あ、はは。あははははッ!!」
瞬間私は最後の力を振り絞りこいつを引き剥がす。
「じゃあね。ばいばい。」
頭部を踏み、砕く。
ぐしゃぁと血が四方に散る。
あぁ、気持ちいい。
「ふふ、ふふふ。」
久々に命がけの戦いをした。
その場に崩れ、私は意識を手放した。




