Side Change
目が覚めた。
また夢を見ていた気がする。
意識は冴えている。むしろ敏感な程だ。
そして、俺の指が…ない。あの女、どこだ?
鬼灯は敵だ。美咲を殺せと言ってきた。
敵ならどうする?俺はどうすればいい?
鬼灯はなんだ?
あの女は敵だ。
敵ならどうする?
「…殺ってやる。」
ゆっくりと、起き上がる。
指の血は止まったが、ぶよぶよと赤いゼリー状のものが覆っていてしていて不思議だ。
「人間らしくは…ないな。」
どうだっていい。とりあえず今はあの女に借りを返そう。…殺してやる。
どこだ…?
俺は病室を出た。
「ふむ。ヲノマエ君、ね。」
私はまだ鬼になってから、二世紀ちょいになるひよっこだけど、ヲノマエみたいな…うん、あんなタイプの鬼は初めてみた。
正直にいうと、怖い。
完全な鬼になる前に、今すぐにでも殺したい。
「でも…。」お父さんがそれを許さない。
まあ、でも初めて会った時の状態のヲノマエは中々面白そうな奴だったかな。
私はヲノマエに、「普通は、ある程度の殺意とストレスで精神が絶えられなくなる。それで倒れて、気絶。その後目覚めたら鬼になってます…」みたいなことヲノマエに言ったけど、あれは嘘だ。
鬼になるには条件が幾つかあって、その殆どが先天的なものだ。
なるべくして人は鬼になるのだ。
その過程で、ヲノマエみたいに倒れるなんてことはないんだよ。
ヲノマエを余計に混乱させるだけだから、その体で話していたけどさ。
「鬼になる過程で口調が変わることもさ、まずありえないんだけどなぁ。」
最終条件の人を殺せば鬼として完成。
殺さなくても鬼の力は得るんだけど、それじゃあ安定しないだのどうのってお父さんが言ってた。
そして、ヲノマエはその手順を踏んでいない。
そもそも、いくつの先天的な条件をクリアしてるか分からない。
そんなめちゃくちゃな存在が辿り着く先は何をしでかすかわからない。
だから、最終条件だけでも成功させなきゃならない。
だから、美咲だ。より安定させるために身近な人物を殺させる。と、思うんだけど正直なんで美咲なのか私でもわからない。
お父さんは何を思って美咲を選んだんだろう。
「はぁー。こんなことやってないで早く帰りたい。」
私は、確かに感じた。
ヲノマエの病室を去る時に何か、暗い夜道を歩いてるときにいきなり冷水をかけられるような、心臓を鷲掴みにされるような感覚だ。
「はぁ…。」
出るのはため息ばかりだ。
私だって鬼の中ではけっこう強い方の部類にいる。
「そこそこ強いんだけどなぁ。」
むしろ最強クラスだ。
でも、鬼の身体能力は人間とそこまで違うか?と問われればいや、そんなでもなくね?と言わざるを得ない。
まあ、私が今から五輪の陸上大会に出たとしても、全ての競技で金メダルを取れるくらいの身体能力は持っている、といえばいいの?
例えがよーわからん。余計分かりづらくなったかな?
まあでも、そのくらいは出来るってことさ。
でも…「まさか、私があんな生まれたてなんかにおびえるなんてね…」
少なくともヲノマエは危険だと思う。
病室をどんどん離れているのに消えない不快感が私にそう訴える。
不安定なもの程、危なっかしいものはない。
触らぬ神に祟りなしっていうけど、これからもどんどんあの生まれたてに接触して、安定させていかなきゃならないのが憂鬱になる。
「あとは鬼引、かぁ。」
正直、さっきのヲノマエのままじゃ無理ってことくらいは目に見えている。人間の価値観を持ったままじゃ絶対に無理なんだ。
けど…今の彼はどうなんだろう?
あの殺気、すぐにでも人を殺しそうだ。
少なくとも病室には戻りたくない。
明日の朝にもう一回訪れよう。
夜は鬼の時間だ。
迂闊な行動は出来ない。
少し私の昔話をしよう。
簡単に、ささっとね?
私が鬼になったとき、今のヲノマエと同じように先輩の鬼に人を一人殺してこいと言われた。
ていうか、小さい頃から海外で働いていると聞いていた父が鬼の長なんて知って少し驚いた。
特に違いがあるなら、殺す人物の指定が私にはなかったことくらいだ。
私はすぐに行動に移した。
死なせてやりたい奴がいた。
鬼に共通して言えることはあまり自分の名前を好まない。むしろ嫌悪感を覚える程に。
かつて私にはその嫌いな名前を呼ばれても不快に思わない人が1人だけいた。
不思議なものだけど、その人にだけは良かった。
自分で名前を口に出すのも嫌なくらいなのに…。
その人の命が終わりかけている。
病気で彼は苦しんでいる。
治る見込みも皆無だ。一日でもほっとけば絶命するだろう。
でも、家族の意向で無理矢理寿命を伸ばされている。
きっと、大切な家族の人たちは、少しでも可能性をもって治療法が見つかるまでは生きていて欲しい。そんなところかな。
けど、当時人だった私はそんなこと思わなかった。
苦しんでいるのに無理にこっちに縛りつけて何をしたい?
早く彼を楽にしてあげたい。
出来れば…私の手で。
そう思っていた。
だから、鬼になるという話は半信半疑だったけど喜んで受け入れた。
私が彼を看取れる、と。
そして私が渡されたのは、のこぎりだった。
手入れが行き届いていない、錆びつき刃こぼれの酷い、薄汚いのこぎりだ。
指定の人はいないが、指定の凶器はあった。
もっと、彼を傷つけないように鋭い刃物が良かった。
先輩の鬼に訴えるが、凶器の変更は認められないらしい。
仕方ない。彼を少しでも綺麗な姿で送りたかった。
こんなのこぎりでも彼の息の根を止めるには充分でしょう。
頸動脈を…少しでも傷つければいい。
私は今夜鬼になる。
彼のために私は人間をやめる。
彼のために私は彼を殺す。
彼のために私は全てを失う。
彼と一緒に生きてきた、それだけで充分だった。
部屋に着く。
すぐにでも彼を苦しみから解放してあげたい。
私はすぐに彼のベッドの上に登り、首にのこぎりを当てる。
不思議なことにここまで誰とも接触していない。色々な想いが脳裏をよぎる。
彼はもう目を覚ますことはない。
なら…することは一つしかない。
「すぐに…すぐに楽にしてあげる。」
長ったらしい別れの言葉はいらない。
早く助けてあげたい。
一言、私は言う。
「…愛してた。」
さようなら。
力を込めて一気に引き抜く。
刃が悪い分、肉を抉りながら頸動脈を断ち切る。
彼の血圧が病気で低い分あまり血は飛び散らない。それでも顔や服に付着した。
ピッピッと規則的になっていた電子音が異常な音を立てたかと思うと、弱々しくなり…止まった。
ガタッ…
ドアが開く。
「あ、あなた…。ひぃっ‼︎」
あれは…彼の母親だ。
彼を苦しめた第一要因。
今の音を聞いて起きたんだろう。廊下のベンチでさっき寝てたし。
「む、息子を…あなた、よくも‼︎」
こいつの言ってることなんて何も聞こえない。でも、私の体が勝手に動く。
このぶたを殺せ、と。
「あ……ひぃ。ち、近寄んないで‼︎」
ぶた語なんてわかりません。
人間みたいに喚かないでよ。
私はのこぎりでぶたの顔を殴る。
「いぎぃ…ッ‼︎」
おー、ぶたっぽい。
頬の肉がのこぎりの刃に絡まる。
あなたのわがままのせいで彼を苦しませて、
あなたのわがままのせいで私は人をやめた。
「顔がッ…あぁ、ぁあぁぁあッ…」
ぶたが叫ぶ。
違うでしょう?ぶたはそんな風に鳴かない?
また殴る。血が飛ぶ。
また殴る。肉片が舞い散る。
暴行の渦中にいるぶたさんからは「うぁ…」とか「ぐぅ…」とか変な呻き声みたいのがきこえる。
でもさ、でもさ?
違うでしょ?
何が言いたいって?
ほら、アレだよ。
だーかーらぁ、ぶたはそんなふうになかないでしょ?
殴る。ん?耳?飛んだ。
殴る。赤い。
殴る。ごりっと何か硬い、白いものが邪魔する。
殴る。びちゃあと水音がする。
よく見てみると、このぶたは指先をピクピクさせてはいるが動かない。
あ…、止まった。
彼を苦しめた奴は一人残らず殺してやる。
「…残りは家か。」
それにしても、なんでだろう?
身体が軽い。
いつになく清々しい。
そして、帰りに私は彼の家に火を放った。
彼のいない家なんて必要ない。
一度殺人に手を染めた奴は、ずっと狂い続ける。正しい道になんて戻れない。
私は、鬼として生まれてから2世紀の間沢山の人間を手にかけた。
仕方ない。人を殺らなければ私だって消えるんだ。存在意義を失ったものは消える。
それは鬼であっても例外ではなかった。
ブラウン管のテレビがこの現代に必要とされないように。新しいものが出れば古いものは必要性がなくなり消える。
逆に寺や神社のような古いものだって人が必要性を感じれば残り続ける。この場合は信仰心だけど。
私たち鬼は人間の意識の外にあり、人から直接必要とされないけど、地球の概念が私たちを必要としてる。
私にだって怖いものはある。それを絶対に表には出さないし、そんな心を相手に見せるつもりもないけど。
私は人を殺す。
理由は自分の為に、だ。
殺さなきゃ消える。彼の命と引き換えに得た新たな人生だ。
無駄になんか出来ない。
はい、昔話しゅーりょー。
私も生まれたての頃ははっちゃけてたなぁ…。
おー恥ずかしい恥ずかすぃ。
でも…ヲノマエに私の持ってる狂気と同じものを感じることはない。
彼のはもっとこう…不快で、ドロっとしているというか、気持ち悪い。
眠ってた何かを起こしちゃったかな?
どっちにしろ、収まるまで警戒しないと。
この指を父さんに届けなきゃ。
新しく出来た鬼には洗礼があって、指を一本どこでもいいから鬼の長つまり私の父さんに捧げなきゃいけない。
特に意味はなかったらしく、昔からやっているから続けている、らしい。身近なもので言えば、いただきますと同じ感覚だ。
まあ、ある時から人間たちでいう住民票みたいなものとして使われるようになって多少必要性は出てきた。
私が2本切り落としたのは、もしも失くした時のスペアと、単に私の趣味だ。
あ、あんまり詮索しないでね?
深い意味はないから。
などと考えていると、前方に人影が見える。
まだ、8時頃だしそんなに不思議でもないけど。
「ん…?あれは。」
美咲だ。こっちに戻ってくる。
帰ったはずじゃなかったのか?
「まあいいや。無視無視ーっと。」
どうせ美咲には私の姿は見えな…、
「…ねぇ。さっきヲノマエ君の叫び声が聞こえたの……。」
「…ッ!?。」
慌てて飛び退く。距離を取る。
見えている?私のことが?
なんで?人から見えないという効果は継続してるはず。
「あんた、見えてるの!?」
苛立ちを含み、美咲に問う。
「あなた…なの?ヲノマエ君をいじめたの…。」
なんで?どうして?
今の私は人間から見えないはず。
いや、そもそも正常に機能しているのか?
「あなたからヲノマエ君の匂いがするよ?」
これか…ッ。指だ。ヲノマエの指が私の力を弱めてるんだ。
私が気付かないレベルでこの指は私の力を吸っている。それに、美咲が私を視認出来ている。
「それにしても…。」なんだ?こいつ。
先程の美咲とは思えない異質な何かを感じる。
私の力がどこまで弱まってるか知らないけど、逃げなきゃやばい。全身がそう叫んでる。
それに「まずいなぁ。」
こいつの鬼引はヲノマエがする。
いつもならサクッと殺してそれで終わりだ。
いつもなら余裕のはず。
「あー、もうちくしょう‼︎」
ヲノマエの鬼引が他の奴ならこんな奴、私が今ごろ殺しているのに。
それに、ヲノマエの病室から出た時から空気がおかしい。
常に何かの視線を浴びてるような。
嫌な汗が背中を流れる。そんな、不快感だ。
これも指のせいか?
「くッ…。」
走って逃げる。もちろんヲノマエの病室とは逆方向だ。あそこは今は行きたくない。
だから、美咲の横を走り抜けるしかない。
「待ってよ…。」
美咲が手を伸ばしてくる。
私は身体を捻ってかわす…かわ、せない⁉︎
途中からいきなりグイっとありえない速度で私をつかみ床に叩きつける。
「ぐぅ‼︎…ッはぁ。」
何が起きたかわからなかった。
こんな人間初めてだ。
美咲を見る。
私は知らないものと出会ったとき、とにかく観察する。
知らないものは怖いからだ。
怖いものは敵だからだ。
じーっと見る。相手の動きを予測する。
「あなたが…ヲノマエ君をッ‼︎」
あの刃、ナイフ⁉︎いや包丁か‼︎
なんで美咲がこんなものを持っている。
さっきのスピードを警戒して、すぐ様相手の拘束を解く。
「死んじゃえ‼︎」
「ゔッ…‼︎」
ヲノマエ…こいつなんなんだ?
私がどんだけ長く生きていると思ってるんだ?
私は脇を深めに削がれたが、なんとか逃げ出すことには成功した。
「フッ‼︎フーーッ‼︎」
猫のような呼吸になる。
未知との遭遇を果たし身体がパニックになっている。
でも、なんとか逃げ切れたみたいだ。
「あともう数cm深かったら脱腸してたな…。」
もし、あの後美咲に原型をとどめないほどめった刺しにされるとする。
鬼だってそこまでされれば死ぬ。
「ここは…まだ4階か。」
普段なら飛び降りればいいんだが、今は傷が深すぎる。
それにどこまで身体能力が低くなってるかわからないし。
無理に身体を酷使し続ければ、消滅する。
かと言って止まってるわけにも行かない。
「帰りたい…。」
一つ分かったことは、今日中に美咲を殺さないと。
この後絶対に2人は接触する。
どう引き剥がせばいいのか、今の私があの2人に敵うのか…。
傷が塞がってきた。回復能力はいつも通りだったみたいだ。
ただ、私の障害は多いらしい。
「また…か。」
下の階から1人登ってくる。
手には果物ナイフ。
前途は多難らしい。




