8 図書館デート
「一ヵ月に二回のノルマを設けたデートですが、ルールとしてお互いに計画を立てて誘うようにします。今回は私がデートの内容を決めたので、次回は朝倉君にお願いします」
どうやらデートの行き先や内容は交代制で決めるらしい。
月城らしい提案だと思う。
そんな訳で放課後にやって来たのは学校の近所にある図書館だった。
「図書館なんて久しぶりに来たな。小学生以来じゃないか?」
普段あまり本を読まないからか、学校の図書室とは比べ物にならない程の本が置いてある光景に圧倒される。
そこで不意に俺はある疑問が浮かんできた。
「そういえば図書館でデートって何をすればいいんだ?」
「図書館ですから、本を読めばいいのでは?」
「それは、そうなんだけど」
ここにきて俺はデートとは何なのかという領域に辿り着いた。
例えば二人して本を読みたいと思って図書館に来た場合と、デートとして図書館に来た場合は一体何が変わるのか?
イチャイチャすれば良いのだろうか? それとも単純に意気込みの話なのか?
でも意気込みで変わるのであれば、カップルが一緒にスーパーへ買い物に行っただけでもデートとして成立するということだろうか?
「まあいいや、何でもない」
突っ立っていても仕方がないし、なんとなく月城が本を探したそうに見えたので、それぞれの読みたい本を探すことにした。
ただ俺は普段から本なんて漫画ぐらいしか読まないから、図書館に来ても何をしていいのかわからない。
とりあえず適当に本を選んだら月城に合流して、最悪適当に本を読んでいる振りをして時間を潰せばいいだろう。
そして、それから十五分ほど経過した頃、俺は月城に合流した。
当然だが、既に彼女はテーブル席で本を読んでいた。
「月城さん、ごめん。本を選ぶのに時間が掛かって――」
せっかくデートに来たのに随分長いこと月城のことを放置してしまった。
普通に申し訳ないことをしたと思う。
月城は気を悪くしていないだろうか?
彼女は普段通り無表情。
だが、何か思うところがあるのか、じっとこちらを見つめていた。
「朝倉君は本好きなんですか?」
「そんなことないよ? 普段もたまに漫画を読むくらいだし」
そこでしばらく沈黙が生まれた。
もしかしたら俺は何か失言したか?
よく考えてみれば本が好きな月城に向かって、本に興味なさそうな発言をするのは良くなかったかもしれない。
妹にも、よくデリカシーがないと言われるし。もう少し寄り添った発言をするべきだっただろうか?
「そんなに本を持ってきたので、てっきり本が好きなのかと」
「えっ、もしかしてこれマナー違反だったりする? 普通は一冊なの?」
俺は自分の持っている四冊の本を見て焦った。
『おいしくする料理の下ごしらえ』
『漫画で学ぶ完璧災害マニュアル』
『会議の質は準備で八割決まる』
『滝本咲子の初デート攻略本』
どれもタイトルに惹かれてしまい、どれを読もうか迷ってしまい、そうしたらどんどん時間が過ぎてしまっていたので、苦肉の策で全部持ってきてしまったのだ。
「ごめん。図書館初心者だからここでの細かいルールとかわからないし、選ぶのに時間が掛かってしまったというか、選びきれなかったから全部持ってきてしまったというか」
「別にマナー違反とかではないと思いますが」
そう言いながら、更に月城はじっと見てくる。
ただ、その視線は俺ではなく俺の持っている本に向かっていた。
「何の本を持ってきたのか気になる?」
「気になります。朝倉君がどんな本を選んできたのか。それに選んできた本によって朝倉君の人格を知る参考にもなります」
「そうなんだ」
俺は月城の対面に座ると、タイトルを彼女の方に向けて本を並べた。
「こんなラインナップになるんですが、どうでしょうか?」
「朝倉君らしい気がします。話で聞いていた事前準備の鬼っぽいです」
「月城さん、その呼び方知ってるんだ。いや、別にいいけど」
特に嬉しくもないあだ名。
俺は普通の人間だし、大したことはしていないはずなんだけど。
「じゃあ、月城さんは何を読んでるの?」
「私はこれです」
そう言って月城が読んでいた本のタイトルをこちらに向けた。
『ワニが読んでも十時間で理解できる高難易度心理学入門』
突っ込みどころが多すぎる。
月城と同じように難解そうな本だ。
深くは考えないことにした。
それから三十分程度経過したが、俺たちは黙々と本を読み続けていた。
ずっと無言のまま互いに本と向かい合っているが、これでいいのか?
本を読み始めてから一切会話もないが、デートってこんなんでいいのか?
俺の想像していたデート像と違うことになっている。
段々と不安になってきた俺は、正面に座っている月城の様子を窺った。
だが、月城は集中しているのか本に釘付けだ。
「は、話しかけられない」
思わず小声で俺は心情を漏らす。
あんなに真剣に本を読んでいる月城の邪魔をしたくない。それにまだ月城のことを詳しく知らないので、読書を邪魔されることを快く思わない可能性もある。
よし、決めた!
月城が本から目を離して一区切りついたところを見計らおう。
そこで俺が「その本、随分と熱心に読み続けてるけど、面白い? どんなところが良いのか聞かせて欲しい」と尋ねるのだ。
全く違和感のない完璧な流れだ。
あと、俺から感想を尋ねれば、月城からも読んでいた本の感想を聞かれるかもしれない。
だから俺は、月城の様子を窺いつつも、自分の本も読み進めて、いつでも答えられるようにしておく必要がある。
これは、このときの俺に出せる最善の策だったと思う。
ただ一つ足りなかったのは、俺が月城雫という人間をまだまだ知らなかったことだ。
まさか月城が帰る時間まで一度も休憩を入れずに、機械のように本を読み続けるとは誰が予想できただろうか?




