6 危機
「おう、おはよう!」
校門の前では大きな体のおっさん教師がジャージ姿で生徒たちに挨拶をしていた。
荒垣先生、みんなからはガッキーと呼ばれている存在だ。
あの人はうちの学校の生徒指導係であり、音楽科の先生である。
立場上仕方がないのだろうが、校則にはやたらと厳しい。
おまけにデリカシーがないことでも有名で、一部の生徒からは煙たがれている光景も見たりする。
「おう! 朝倉、月城もおはよう!」
荒垣先生の大きな挨拶に俺と月城の挨拶は掻き消される。
ただ、二人とも頭は下げたので挨拶しているのは伝わっているはずだ。
「ん? なんだ何か見たことのない奇妙な組み合わせだな。お前ら二人とも変わってるからなぁ。その変わってる二人が一緒にいたら、嫌でも目に付くってもんだ」
がっはっはっ! と大声で笑う。
マジでデリカシーがないと思うし、気まずいのでせめてもう少し小さな声で喋ってくれないものか。
あと、月城はともかく俺は普通というか凡人の類なんで一緒にするのはどうかと思う。
「ん? そういえば、お前ら二人は知り合いだったか? 一緒に登校するぐらいの仲だったとは先生も知らなかったぞ! 仲良くなったのはつい最近か?」
すると深掘りしなくていいところをこの先生は聞いてきた。
やはりデリカシーのなさが凄まじい。
俺は苦笑いしながら適当にその場を去ろうとしたが、何故か月城はその場に留まっていた。
そして、きっと先生に聞かれたからだろう。
「はい。昨日初めて挨拶して、そのまま付き合――」
「じゃあ先生! 俺たちそろそろ行きますね!」
俺は思わず月城のカバンを引っ張って、強引に彼女を校舎の方へと連れ去った。
幸いなことに荒垣先生は頭に『?』マークを付けて手を挙げていた。
あの人が鈍感な人で良かったと、心の底から思った。
「あ、危なかったぁ」
俺は額から嫌な汗を滲ませながらも、とりあえず月城を人の出入りが少ない校舎裏へと連れてきた。
心労の元凶である月城はやはり表情一つ変えていない。
「貸してもらった少女漫画だとこういう場所でキスしてました」
「それは漫画での出来事だし、俺にそんな度胸はないから安心して」
「なるほど、そうですか」
そこで月城は納得していた。
それはそれで何か引っかかるものがあるが、まあ今はいいだろう。
「そんなことより月城さん、とりあえず説教があります」
今までは様子を見ていたが、さすがにこれは言っておかねばなるまい。
メッセージの内容とかは別に矯正する必要はないけど、さすがにこれは放っておいたら拙いと思う。
「月城さん、友達とかに俺たちが付き合ってることを言うのは別に構わないけど、それを先生に報告するのはさすがにとち狂ってるよ」
「聞かれたから答えようとしたんですが、もしかして校則違反の類でした? 校則は一度目を通した筈でしたが――」
「どちらかというと常識の欠如が原因だと思う」
「よく友達にも常識が足りないと怒られていますが――私、やらかしました?」
「大いにやらかしてるね」
「実験終了の危機ですか?」
「それは別に無いけど意識の改善は要求します」
「――なるほど」
月城は口元に手を当て何やら考えているしぐさを見せる。
「今回、怒られる要因となるのは、先生に私たちが実験とはいえ付き合っていることを報告しようとしたからですね?」
「そうだね。普通はそんなこと伝えないし。言われたところで先生も困惑するよ。いや、裏だったら恋愛相談ぐらいしてる先生もいるかもしれないけど。それでも大っぴらに報告することではないと思う。それに中には学校は勉強しに来る所なのに何を言ってるんだ、と怒る先生もいるかもしれないから」
俺はとりあえず理由を説明する。
月城は俺なんかより遥かに賢そうではあるので、説明さえきちんとすれば大丈夫だと思う。
何か思案しているであろう月城はぼんやりとした瞳をこちらに向けながらも、少しばかり首を傾ける。
「朝倉君としては、他人に知られても問題ないですか? それとも伏せておくべきですか?」
「俺は自分の友達にはとりあえず伏せておく気でいるけど、月城さんにそれを強制するつもりもないから。そこはお任せするよ」
正直、俺としてはバレてもバレなくてもどちらでもいい。
それは月城の好みでいいと思う。
「なら当面は学校内で秘密にします。もしかしたら、朝倉君が心変わりして明日には実験中止になる可能性もないとは言い切れないですから」
「それはないと思うから、安心して欲しいけど」
月城は常識がちょっと問題ありそうではあるけど、根が正直で気遣いも出来る人なのはもう何となく理解した。
だから、今のところはこちらから実験を中断するつもりはない。
とりあえず、俺たちの関係を学校内では秘密にするという新たなルールを設けたところで、俺たちはそれぞれの教室へと向かった。




