3 成立
「まず、私が実験として恋人を作ってみたいと思った経緯を話したいと思います」
俺はここで頭を切り替えることにした。
きっとここは重要な部分だ。
実験としてという言葉が気にはなるが、プレゼンしてまで彼氏を作ろうとしているのだからきっと何か大きな心のわだかまりがあるに違いない。
しっかり聞いて月城さんの心情を理解する必要があるだろう。
俺も彼女の恋人になることはできないが、せめて何か助言ぐらいはしたい。
誰とも付き合ったことのない俺が何か言うのもおこがましいかもしれないけれど、そんな俺でも何か助けになればいい。
そんなことを思いつつ、月城から渡された資料に視線を移す。
そこには既に彼女の答えが一行で記されていた。
「私の面倒を見てくれている伯父さんが『恋人が出来ると人生観が変わるし、人間として成長する』と言ったのを聞いて興味を持ったので実行した次第です」
「うん、簡潔」
「私はこれまで、恋愛や結婚にまったく価値を感じていませんでした。むしろ、この世のトラブルの大半が人間関係から発生していることを考えると、人類という種の維持に必要とはいえ、そこまでして恋人を作る意味があるのか疑問でした。血の繋がった家族でさえ、うまくいかないことは多々あります。それなのに、完全な赤の他人とうまく関係を築けるのか。気の合う人がまったく見つからないとは言いませんが、そこに至るまでの時間や労力を考えると、やはりそこまでして恋人を作る必要があるのかと思ってました」
「あっ、思ったよりも簡潔じゃなかった」
「ただ、実際に経験もせず、安易に価値がないと判断するのも公平ではありません」
「だから、自分で試してみようと?」
「はい。自分なりに経験し、試行錯誤した上で判断するつもりです」
別に何か心揺さぶられる大きな出来事があったから、ここまでの行動に至った訳ではなさそうだった。
ただ、恋愛に対して微塵も幻想を抱いていないこと、好奇心と公平性に関しては異様に高そうなのは何となく察することができた。
「とりあえず月城さんの恋人を作ってみたいという動機についてはわかりました。確かに人間として成長しそうなのは――なんとなく、理解できなくはない気がする」
「人生何事も経験です。本を読んで知識を広げることも大事ですが、実際に体験して得た経験というのも替えがたい資産になります」
月城は澄んだ瞳を真っすぐこちらに向けて言った。
というか、物静かそうな雰囲気とは裏腹にアグレッシブな考えをしておられる。
「それでここからが本題です。恋人関係になるメリットデメリットについて、追究していきます。改めて確認しますが、朝倉君も私と同じで恋人がいたことないんですよね?」
「そ、そうですね」
何度も聞かれると、気恥ずかしくもある。
事務仕事をこなすように真顔で進めていく月城はやはり変わっていると思う。
「それならちょうど良いと思います。私も朝倉君も今まで恋人がいない。そして二人とも人生の良き経験になると思っている。相互利益が発生する悪くない条件だと思うんですが、どうですか?」
「それは、そうではあるんだけど」
それよりも恋人になるかどうかの話で、相互利益という言葉が普通出てくるものなのだろうか?
月城雫の思考はやはり俺とは全く別物だ。
「更に今なら、特典があります」
「通販とかでこれも一緒に付いてきます、みたいな? あ、資料にも書いてある」
「実は私こう見えても、意外と勉強ができる方なんです」
「意外となんだ」
「しかも、友人二人に勉強を教えており、点数を上げている実績があります。私と付き合うことによって朝倉君の成績上昇も見込めます。悪い話ではないと思いますが?」
――まずい。
俺は断るつもりでここに来たはずなのに、心が揺らぎ始めていた。
月城の提示する特典が勉学に励む学生にとっては、あまりにも恩恵が大きすぎる。
よく思い返してみると上位のみが張り出されるテストの総合順位で、月城という名前を見たことある気がするのだ。
「ちょっと待ってほしい。そういえば月城さんはメリットだけじゃなくデメリットもあるみたいなこと言ってましたよね? それも聞く必要があると思うんだけど?」
「それは確かにそうですね。朝倉君の言う通りです」
危なかった。
勧誘に大きな魅力を感じてしまったが、なんとか自我を取り戻す。
何事にも長所と短所が存在する。
得する話だけを聞いてハンコを押してしまうのは良くない。
ある程度疑っていかないと、社会に出た時に痛い目を見るのは自分なのだ。
「まず、一番わかりやすいデメリットです。私と付き合うことによって朝倉君は自分の時間が削られることになります。今まで自由に使えていた時間が減るという訳です」
「それってデメリット?」
「えっ、違いますか?」
月城は本当に不思議そうな顔をしていた。
でもこのデメリット、俺からするとマジでどうでもいい。
これって俺が月城と一緒にいる時間が苦痛であるならば、そりゃあデメリットになるだろう。
でも、同じ時間を共有することに苦痛を感じるならば、そもそも付き合う必要もないのでは?
「待ってください。ただ、本当のデメリットはここからです」
月城は俺に念を押す。
デメリットの部分を強調するのは意味がわからないが、とりあえず話を聞く。
「私が実験として付き合いたい、って言ったのを覚えていますか?」
「聞いた時のインパクトが強かったから覚えてはいるけど」
「そうなんです。恋人関係がどういうものなのか、実際に付き合って確かめることが今回の目標です。なので、もし私と付き合うことになった場合、朝倉君にはノルマを課したいと思っています」
「ノルマ? ノルマ、ノルマかぁ」
ノルマって会社でいうなら、今月までにこの商品を何個売れとかそういう目標みたいな認識で合ってたっけ?
恋人関係になるのにノルマが発生する機会は中々ないと思いたい。
それとも俺が知らないだけで、周りの恋人たちは何かしらのノルマをこなしているのだろうか?
「やはりただ付き合うだけだと、なあなあになって結局付き合う意味がなくなってしまう可能性があると考えられます。特に私たちのような初心者同士なら十分に起こりうるかと」
「あー、それは確かに。俺の友達でも付き合ったはいいけど、自然に関係が消滅したみたいなことを言ってた奴もいたな」
「それを防ぐためのノルマです。そこで朝倉君には毎日必ず一回はスマホのメッセージでやり取りする。月に二回はデートをする。月末には互いにどうだったか総評を発表する。これを目標に恋人関係を構築できればと」
月城の提案を聞いていると、恋人になるというのがどういうことなのかわからなくなってくる。
ただ、理解できない訳じゃない。
何も決めないままだと、何も起こらずに終わりそうな気はしないでもない。
それに最初は自分から連絡を取っていいかとか、デートに誘っていいかとか悩みそうであるが、それが月城から課せられたノルマと考えられるなら気兼ねなく行動に移せるだろうし。
あれ、もしかしてこれ――意外と考えられている内容なのか?
「あと、この実験の期間は三ヵ月とします。それと私が無理言ってお願いしていることなので、朝倉君がもう嫌になって止めたいと思ったらその時点で中止します」
「わかった。じゃあ、その実験に付き合うよ。今日から付き合おう」
俺がそう返事をすると、今までほぼ無表情を貫いていた月城がその目を少しばかり見開いていた。
一応、彼女なりに驚いているのだろう。
「一体何故?」
少しばかり眉間にしわを寄せた月城が俺に尋ねる。
なんでそこで逆に疑問になるんだよ!
もしかして、割と断られるつもりで俺に話を持ち掛けていたのか?
どういうつもりだったんだ?
「まあ、プレゼンするほどの熱意と、考えられているなと思った内容と、こちらに配慮してくれてるなぁという意思を感じ取ったからかな」
真面目に月城のプレゼンが効いたことに感心する。
どうも俺は誠実な対応には応えたくなってしまう性分らしい。
それに正直なことを言うと、彼女のことをもっと深く知りたくなったというのもあった。
ただ、さすがにそれを本人に直接言えるだけの精神力の強さは持ち合わせていない。
「今更ですが、たぶん私と付き合ってもあまり面白くないと思うので、そこは考慮しておいてください」
「なんで俺が了承した途端にそんなに弱気になるんだ」
ともあれこれで契約成立。俺は月城雫というよく知らない女子と、実験であるという前提ではあるが付き合うことになったのだ。




