バカ金持ちは監禁のスケールがデカい
漫画の世界でしか見ないようなお金持ち。
彼女の監禁は、監禁というには広すぎた……
俺の彼女はヤンデレだ。
ヤンデレ。
相手――この場合は俺への好意が行き過ぎるあまり、病んだような精神状態になってしまった状態。
まあ、相手を好きすぎて、独占欲や嫉妬心がオーバーフローしてしまった、的なニュアンスで捉えてもらえば大丈夫だ。
難しく考えなくても、ヤンデレ系の創作物は無限に存在しているから、適当なものを見てくれば良い。
大体そんな感じだから。
さて、そんなヤンデレ系彼女――綾小路冬雪にはもう一つ属性がある。
それは、とんでもなく金持ちだということだ。
本当にもうとんでもないレベルの大金持ち。
こ◯亀の後輩二人組レベルと言えば、少しは伝わるだろうか。
それこそ、漫画でしか見ないような財力の持ち主なのだ。
と、こんなことを言っても、具体例がないと伝わらないだろう。
だから、俺が今暮らす街の紹介をしたいと思う。
ここは『宏樹町』。
あ、言い忘れていたが、俺の名前は嵐山宏樹だ。
別に、親が異常な郷土愛を持っていて、街の名前を息子に付けたわけじゃない。
どちらかというと、異常なのは街の親だ。
俺の彼女である冬雪は、付き合い始めてすぐに俺を監禁しようと思ったらしい。
理由? なんでだろうね? 付き合って三日だったし、浮気なんか企む暇もなかったと思うんだけども。いや、三ヶ月経っていても浮気する気はなかったが。
ともあれ、そうして俺は無事に監禁された。
最初は彼女の部屋だったのだが、お優しいことに、監禁される姿を見て、狭い場所に閉じ込めるのは可哀想だと思ってくれたそうだ。
ただ、解放してくれるなんてことはなく、彼女は監禁する『場所』を造ることにしたらしい。
それが宏樹町。
この街は、元々単なる田舎だったと聞いている。
しかし今はどうだろう。
流石に首都などには及ばないが、現代日本の都市として、充分に発展した場所と言って差し支えない水準だ。
それもこれも、冬雪が俺に田舎暮らしをさせるわけにはいかないと奮起した結果らしい。
要するに、彼女は俺を監禁するために一つの街、経済圏を造ったわけだ。
家族ともども連れて来られ、そんな説明を受けたが、未だに何を言われたのか理解できていない。わけわからん。
「ふふ、宏樹くんが気にすることじゃないですからね。理解しないといけないことでもありませんし」
「そうかな……」
「そうですよ」
教室の中で、そんな会話を楽しむ。
ヤンデレとは言ったが、俺を監禁……監禁? まあ監禁できている今、彼女の精神は安定している。
「綾小路さん、嵐山くん、おはよー」
「おう、おはよう」
「おはようございます」
こんなふうに女子のクラスメイトに挨拶しても、取り乱すことはないし、殺意のこもった目を向けることもない。
当初はあり得ない出来事すぎて困惑したが、どうやらこの街の女性は会話してもセーフらしい。
何故……? と思っていたら、普通に説明してくれた。
なんでも、この街で暮らすにあたり、住人は老若男女問わず全て俺を恋愛対象として見ない、という誓約書を交わしているそうだ。
もし違反した場合、即座に街の外へ引っ越しを余儀なくされるとかなんとか。
どこのトゥルーマン・ショーだよとは思ったが、あり得ない、とは言い難い。
この街に存在する全ての企業は、冬雪の実家が経営する大企業の系列、子会社だ。
違反者をムラハチにする程度、造作もないことだろう。
実際、クラスメイトや街の人々の中には、怯えたような雰囲気で俺に接する人も少なくない。
あんまり露骨だと、それはそれで冬雪の逆鱗に触れるから、そんな気がするという程度だが。
「そういえば、ふと思ったんだけど」
「なんですか?」
「もし、俺が街の外に出たいとか言ったらどうするの?」
瞬間、教室の温度が下がった気がした。
主な冷気は冬雪からだが、クラスメイトたちの、「コイツマジか」という顔が怖い。
落ち着いて聞いてほしいが、俺は何もおかしなことは言っていない。
「……宏樹くんは、出たいんですか?」
「や、そういうわけじゃないよ」
そう言うと、教室の気温が元に戻った。
クラスメイトたちは、「だったら余計なこと言うんじゃねえよ」という顔をしている。
冬雪にチクってやろうかな。
「でしたら、どうしてそんなことを?」
「んー、例えばテレビの特番で、東京にしか店舗がないお菓子とかあったりするじゃん? ああいうの食べたくなっても、ここだと難しいよなって」
「あぁ、そういうことですか」
冬雪は納得したように手を打った。
「なんというお店ですか? 来月までには建てますよ?」
「あ、ごめん。例え話だから」
流石に店ごとお取り寄せするとは思わなかった。
流行りの店が建つことを期待したらしいクラスメイトたちは「お前にはガッカリだよ」という顔を隠さない。
俺はもし何か食べたいものを見つけても、店ではなく商品を取り寄せるように頼もうと心に誓った。
「えーと、じゃあそうだな。旅行に行きたいとか言ったらどうするの?」
「む、なるほど。旅行ですか」
うーん、と真剣に考える冬雪は、とても可愛く見える。
いや、この街に来てからは大体ずっと可愛いのだけど。
「……確かに、それは考えていませんでしたね。普通、年に一、二度は海外旅行に行くものでした」
急にリアルスケールな貧富の差で殴って来るのはやめていただきたい。
行きませんよ。庶民は普通、年一ですら海外には。
「観光資源は、他所のを真似て建てても意味がありませんからね」
「そらぁね」
「旅行……修学旅行……あ、新婚旅行は絶対行きたい……」
どうやら、欲望の中で葛藤しているらしい。
当然のように結婚する予定なのは……うん、まあ良いか。
そうだね、新婚旅行は行きたいよね。
「決めました」
「お、どうなった?」
「私と一緒ならOKです。旅行中は目の届かない範囲に行くのは禁止で!」
「幼稚園児の遠足とかの話だっけ?」
そんな先生が見えるところにいましょうね、みたいな。
とはいえ、二人で旅行に行く分には、そこまで変な話でもないか?
恋人と旅行なんか行ったことないから分からないけど。
「宏樹くんを子供扱いしてるわけではないですよ? むしろ逆っていうか……」
「わかってる分かってる」
「あ、でも、攫われたら大変ですし、ある意味間違ってないかも?」
「俺を攫うのは冬雪くらいだと思うよ」
「わ、やだもう宏樹くんたら……」
「今の照れポイントあった?」
女心って難しい……。
というか、監禁って実質誘拐もセットだな。
そう考えると、誘拐経験があるから警戒するというのも間違っていない気がしてきた。
問題は、一番警戒しているのが元実行犯なことと、今も誘拐されているようなものなことくらいだ。
「おーう、お前らホームルームだぞー。席につけー」
どうやら、楽しいお話は終わりらしい。
ざわざわと騒がしかった教室が、段々と静かになっていく中、冬雪は相変わらず隣の席から俺を見つめていた。
隣の席だから当然といえば当然なのだが、なんだか照れ臭い。
たまには別の席が良いような気もしたが、何度席替えをしても不思議な力で隣になるから、卒業するまでこのままだろう。
先生の話を耳に入れながら、ふと隣の席を見ると、ずっとこちらを見ていたらしい冬雪と目が合った。
はにかんだ様子を見ると、彼女も案外普通に見える。
外にいた頃に比べると、本当に落ち着いた。
「……宏樹くん?」
きっと、この街の誰にも伝わらない感傷だ。
だって、人から見たら彼女は今も変だから。
「……何でもないよ」
◆
「宏樹くん宏樹くん」
「なになにどしたの」
「デートに行きませんか?」
「良いよ」
五秒で放課後の予定が決まったが、これはいつものことだ。
冬雪に予定がないときは常に誘われるし、俺に予定があるときはついて来る。
ずっと一緒、とまでは言わないが、一人の時間はほとんどない。
「今日はどこに行くの?」
そんなに一緒に過ごしているものだから、この街のデートスポットは行き尽くしている。
俺としてはその辺を歩いているだけでも楽しいのだが、彼女はいわゆるデートらしいデートが好きだった。
だから、何か目的地があるのだろう。
そう考えて質問すると、冬雪はふわりと笑った。
「宏樹くん、新しい服が欲しいと言っていましたよね?」
「……あぁ、言ったね。そろそろ衣替えだから、秋冬用のやつ」
この街、元々住んでいたところとは結構気候が違う。
地元よりいくらか気温が低いそうだから、厚手のものを揃えておこうかと思ったのだ。
「ですよね! なので、買いに行きましょう」
「良いね。冬雪はセンスが良いから、選ぶのを手伝ってくれたら助かるよ」
自分で選ぶと無地の面白みがない服になってしまうから、隣を歩く人に同行してもらえるのは本当に助かる。
変な服を着てバカにされても俺は気にならないが、その人の今後が心配だから、変なものは着れないのだ。
「お店はどこだろ。いつものとこ?」
「ですです。宏樹くん向けのブランドをいくつか増やしたので、良いものが見つかると思いますよ」
増やしたんだ。
確かに言われてみると、最近あの辺りシャッターが目立っていた気がする。
「ほら、行きましょう?」
苦笑しながら、俺は彼女の手を取った。





