初恋を逃がさない怪物は恋に踊る
大学生になった俺の恋は連戦連敗もいいとこだ。
相手から告られて付き合っても、短期間でフラれる。
元カノたちはこぞって俺の幼馴染に心を奪われるんだ。
ある日、そんなNTR上等の状況が、幼馴染の策略だという噂を聞いて……?
「オレはユキちゃんだけしか好きじゃないし、ユキちゃんだけしかいらないよ? ずっとずーっと昔から……ずーっとずーっとこれからも。だからお願い。ユキちゃんもぜぇんぶオレだけにして?」
俺のことが好きすぎて拗らせて俺に近づく女性を誘惑してポイ捨てしてた男から、果たして俺は逃げ切ることができるのか?!
「……また、フラれたんやが……」
ざわざわとたくさんの人の気配に溢れる大学の食堂。
たくさん人はいるけど、大概の人はお互いに無関心だ。
だからこんなに人がいたって仲間内でプライベートな会話をすることに抵抗はない。
だからこそ、一緒に飯を食ってた友人たちに話を切り出したんだが……。
俺の向かいに座る友人たちは、片方はラーメンをすすりながら、もう一人はから揚げに齧り付きながら俺の方を見る。
ただし食事の手を止める気配はない。
大学生らしい健啖で、あっという間に目の前の食事を食べ切っていく。
俺の目の前に置かれたうどんは手つかずのまま冷えていくだけだ。
「……フラれたんやけど……」
「聞こえた聞こえた」
「聞いてる聞いてる」
とてもそうは思えない雑な相槌が返ってきた。
でもそれも仕方のないことかもしれない。
何せ入学式で同じ学部だということで仲良くなった友人たちに俺の失恋話をするのはこれが初めてってわけじゃない。
それどころか……。
「それにしても相変わらずだなぁ。今回は何日持った……? えっと、あのゼミのレポート提出日に告られたって言ってたから……二週間か?」
「いや、その途中にゼミの研修旅行挟まってたから、付き合い自体は一週間ないんじゃね? それにしてもなぁ……」
ブスブスと言葉の槍が突き刺さる。
そうだよ!
どうせ俺は向こうから告られたのに一週間かからず捨てられる男だよ!
つか、相変わらずいうな!
悲しくなるだろうが!
「四月から通算してこれで……五度目か? 今十月だから……だいたい月一でフラれてんのか……」
「うぐぅ……」
「いや待て逆に考えろ。コイツは月に一回は誰か知らに告られるほどモテてるってことだぞ? なんだ羨ましいなコラ」
オレなんか夏前に別れて以来なんもねぇぞ! なんて宣う友人。だから一週間経たずにフラれてんだって。
うどんを押しのけて食堂のテーブルに突っ伏した俺の後頭部に、遠慮なく友人の指が突き刺さる。
「それにしてもまぁ……。それに関しては例の噂もあっからなぁ……。あんなのに目ぇつけられて可哀想なヤツ……」
俺の頭を突いてた友人とは別の友人がため息交じりにそんなことを言う。つか、噂って……?
「噂って……なんだよ?」
顔を上げた俺に、何故か憐れみのこもった視線が向けられる。……んだよ。
「あー……。ところでお前、今回の相手とはキスぐれぇまでは進んだのか?」
唐突に変わった話題に首を傾げた後、質問の意味を咀嚼して再びテーブルへと逆戻りする。
「……その様子だと、今回もダメだったかぁ……。フツーは一週間くらいでキスはするもんだろうになぁ」
俺の後頭部を突く指が二本に増えた。
だけどそんなことを気にしてる場合じゃない。
「だよなぁ……。んとに俺、何がダメなんだろ……? ……俺、このまま一生童貞なのかなぁ……」
じめじめし過ぎて頭からキノコが生えそうだ。
だけどオトシゴロってヤツの俺たちにとって、オトナの階段を登ったかどうかは結構重要なんだよなぁ。
中学高校ではそう言った関係に全然縁が無くて、大学生になって今度こそ……! と思ってたのに結果は芳しくない。
それもこれも……。
だいたいアイツのせいだ……。
「……さいってぇ!!」
八つ当たり気味に脳裏にとある人物を思い浮かべていると、にわかに周囲が騒がしくなった。
どこか聞き覚えのある女性の声と、響く打擲音。
修羅場の気配に、俺を含めた食堂にいた人間の視線が一点に集まった。
「……アイツ……」
視線の先にいたのは……見覚えのある二人だった。
そう、二人。
向かい合って立っている様はとても絵になる美男美女だが、漂う空気はどこまでも不穏だ。
女性のいかにも今ビンタしてきましたって形になってる手は、いったいどこを叩いてきたのか……。
そんなん、見ればわかる。
向かい合う男のつるりとした頬がみるみると赤みを帯びていく。
「……アイツ、また修羅場ってやんの」
俺の呟きに、友人二人が顔を見合わせる。
「……ていうか、女の方、お前の元カノじゃね?」
友人の指摘にコクリと頷きを返す。
そう。男のほうも見覚えがあるが、女の方も見覚えがあって。
それはつい最近、他に好きな人が出来たからと別れを告げられた元カノだった。
「あー、つーことは別れた理由もいつものヤツか……」
もう一人の友人が気まずげに頭をかく。
友人が気まずくなることなんて何一つないけどな。
「そーゆーこと。俺の元カノは俺が好きだと告ってきたのに、一週間で俺の幼馴染に心変わりしましたとさ」
投げやりに告げると、友人たちから憐れみの視線が向けられる。
だけどもう……その展開に胸を痛めるような感傷は持ち合わせてない。
何度も何度も同じことがあれば、いやでも理解ってしまう。
「あー……なんだ……」
「……やっぱあの噂、本当なんかねぇ」
未だ続いてる男女の痴話ゲンカを無視するようにして、俺たちは自分たちの会話に戻る。
つか、噂って何だよだから。
「噂って……?」
改めて訊ねれば、友人たちは気まずげに顔を見合わせた。……なんだよ。
「あー……なんだ……。お前の幼馴染ってさ、モテるじゃん?」
そう言われて、修羅場の渦中にいる男に視線を投げる。
相変わらずムカつくほど整った顔と、腹立つほど高い身長をしてる。
そしてモテる。めちゃくちゃモテる。
何せ……俺に告ってきた元カノたちの次の相手は、百パーアイツだ。
心変わりしたと離れていく彼女たちの心に、俺を押しのけて座り込んだのがアイツって訳。
……別に心変わりは仕方ない。人間少しでも良い物、良い人になびくのは当然だ。
だからアイツは……何一つ悪くない……はずだ。
だけど、同じようなことがこれだけ続くと……少しだけ疑念が湧いてしまうのも仕方ないもので……。
「まぁ、アイツがモテるのは昔っからだけど……。んで? アイツと噂となんの関係があるんだ?」
大学に入るまではそれなりにアイツと仲が良かった。何せ幼稚園からの仲だ。
現に高校の途中まで、俺たちは何かにつけて一緒に行動するほどに仲が良かったんだ。
それなのに……。
「……いうかどうか迷ってたんだけど、さすがに俺たちもお前がいいように使われるのは納得いかないからな……」
重苦しい切り出しに、思わず俺も姿勢を正す。
つか、そんな深刻な噂……なのか?
「……あのな、これは女子たちに出回ってる噂らしいが……。アイツと付き合うにはまずはお前と付き合えばいいって噂が流れてんだ……」
「……はぁ?」
思わず素っ頓狂な声が上がる。
さすがの大声に、食堂の視線が修羅場からそれて俺に集まる。
何も知りませんよ~って顔でしらっとしてたら、直ぐに視線は外れていったが。
……今、幼馴染と目が合ったのは気のせいか?
それはともかく……。
「なんでアイツと付き合うのに、俺を経由する必要があるわけ?」
声を落として吐き出した質問に、やっぱり気まずげな表情をする友人たち。
だからなんで……?
「いや、マジなんだって。お前と付き合うと向こうから声をかけてくるって評判らしい。だから、アイツと付き合いたい奴は、まずはお前に告って……って話らしいぞ」
友人の言葉に、ポカンと口を開く。
何言ってんだマジで。
「え……? どういうこと……?」
俺、そんなにアイツに嫌われたの……?
確かに大学に入ってから少し距離が出来たと思って……。
いや、大学に入った頃じゃないな……? いつだ? いつからアイツは俺を避け始めた……? アレは確か……。
「バカにしてんじゃないわよっ!」
パチーンと再びの打擲音が食堂に響いた。
そしてガツガツと苛立たし気な足音が去っていく。
その音に、俺の思考は霧散した。
どこかぼんやりとしながら騒ぎのほうへ視線を向けると、頬を押さえたイケメンと目があった。
「……げ」
にやりと笑うその顔にイヤな予感しかしない。
そそくさと立ち去りたいとこだが、まだ食べかけどころか一口も箸をつけてないうどんの存在が、俺を躊躇させた。
だから……逃げ遅れた。
「よっ! ユキちゃん! 元気ぃ?」
「元気かどうかと言われたら身体は元気だが、メンタルはボコボコだな。主にお前のせいで。あと勝手に同席すんなどっか行け」
勝手に俺の横に腰を下ろしたイケメンを、虫でも追い払うように手で払うけど、相手はどこ吹く風だ。
図々しく座り込んで、何が嬉しいのか機嫌よさげに俺の顔を覗き込んでいる。
「……食堂で派手に修羅場ってた割には機嫌良さそうだな」
「まぁねぇ? ユキちゃんに会えたしぃ?」
ふんふんと鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さで微笑むコイツを、通りすがりの女子がどこかうっとりと頬を染めて見つめていく。
……顔は……いいもんな、顔は……。
「なぁに? そんなにオレのこと見つめてどうしたの? ……オレのこと、好きになった?」
ぐっと整った顔が視界一杯に広がる。
だから俺は……。
ペチンと相手のデコを叩いた。
「ちけぇ。んでもって、お前を好きなんてならねぇよ。今ちょうどお前に関する不穏な噂を聞いて、どうしようかと考えてたところだ」
「え? オレのこと考えてくれたの? 嬉しいなぁ」
「……くそがっ! 突発的難聴かよっ!」
相手のどこか俺を小馬鹿にした態度に、なんだか腹が立ってくる。
腹が立つと同時に、何故か食欲も戻ってきた。
伸びきって冷めたうどんに箸を伸ばす。
隣に座るヤツを無視して、俺は一息にうどんを啜り始めた。
だから……耳に入らなかった。
向かいに座る友人たちが、どんな会話をしていたかなんて……。
「なぁ……あれってさぁ……」
「あぁ……ぜってぇそういうことだろうよ……」
「……拗らせてんな」
「な」
憐れみを込めた視線を友人たちから向けられていたなんて気付く事無く、俺はうどんの汁まで飲み干したのだった。





