貴き純愛の道しるべ
霊猫騎士。霊猫術士。
家柄によって定められた、護国のための騎士候補者および術士候補者から選びだされる護国の騎士及び術士である。基準は純愛。霊猫は純愛者同士を好んで契約者とする。
幼い頃、いっとう素敵な霊猫騎士になるのだと語った少年トール。
それから、それを傍で聞いていた少女シャル。
だから、シャルはトールに、素敵な純愛婚約者を見つけてあげたいと思っている。
「できたっ!!」
シャルロット=ベルマは楽しく飛び跳ねた。金の長髪は跳ね回り、目の下にはうっすらとしたクマが見え隠れしている。その疲労なんてすべて吹き飛んだかのように、シャルは駆けまわった。
「ねえねえ聞いて、ようやくできたの!」
ばーん、とドアを蹴り開けながらシャルは目当ての部屋に駆け込んだ。時のほどはすでに日も落ち、もはや寝る以外にすることもない頃合い。所のほどは、騎士と術士の訓練校――その貴族寮。
ましてや、異性の部屋にである。まともであれば訪ねるのは翌日にするところ。ましてや、訪ねる相手が高位の騎士の家系であればなおのこと。
「……びっくりした……」
部屋の主はトール=セスタス。黒く艶やかな髪に、うっすら輝く茶色い目。人を魅了するような、綺麗な目には、まだ多少の眠気が残っているようだった。
「ごめん、トール。でも、急いで伝えたくて!! ついにできたの!!」
「……?」
「純愛発見魔法陣が!!」
「え……!?」
「何でぼうっとしているの、早く試しましょ!!」
理解が追いつかないトールの手をシャルはがっしり握りこみ、来た道を軽快に駆け抜ける。
「ど、どこに行くんだい、シャル?」
「決まっているでしょ、私の部屋よ!!」
トールの顔に赤みが指す。
「その、いきなり、深夜レディの部屋には……」
「でも、もう時間がないじゃない?」
「時間?」
「明日になれば、トールの16の誕生日じゃない」
「……だから、今日はちゃんと寝た方がいいだろう? 前もちゃんと伝えたと思うけれど、明日が婚約のお披露目で」
お披露目のパーティがあるのだ。それに向けて、体調は万全にした方がいい。
それに、そのパーティでは先だっての約束の通り……トールの婚約が発表される。
「約束したからよ。覚えてない?」
「え?」
「トールが16になるまでに、私はトールにふさわしい人を見つけてみせるって」
「あ、ああ」
ずっと前。幼いころに交わした約束。
霊猫騎士候補の家系のトールに、シャルはふさわしいひとになると言ってくれたのだ。
トールは照れたように笑う。
「その、僕としては、君が今までにしてくれたことだけで、もう十分で……」
トールの言葉が耳に入っていないかのように、シャルは自信満々に口を開く。
「だから、見つけられるようにしたの!!」
「ん?」
遂にたどり着いた自分の部屋の扉を、シャルはばーんと殴り開けた。
「この魔法陣があれば、貴方への完璧な純愛を向けるひとを見つけられるわ」
「これは……すごいな」
トールは話のかみ合わなさ……前提の掛け違いのようなものを感じながらも、シャルの作り上げた精巧な魔法陣を、それから自信満々のシャルを微笑まし気に見つめていた。
「聞いて。愛って本当に難しいの」
話しながらシャルは、最後の工程に取り掛かる。
中央に、綺麗な綺麗な赤い宝石を置く。赤い赤い、シャルの目と同じ色をした、大きな宝石。
「それは……」
「トールが私にくれたもの。これがあったから何とか仕上がったわ。ありがとう」
素敵すぎる満面の笑みで言われてしまって、トールは直視ができなかった。
――用法はともあれ、喜んでもらえたならこれに勝る喜びはない。
トールが勘定を噛み締めているうちにも、シャルは話し続ける。
「例えば愛情があったとして、それってとっても不安定じゃない?」
「そう、だろうね。安定していたら、簡単に霊猫騎士らが代替わりするはずもない」
――霊猫騎士。霊猫に選ばれて、国を守るべく戦う……護国騎士のこと。
「もっとも純粋で、相互不変の愛情の環境にて、霊猫は育つ」
シャルの言葉を継いで、トールが続ける。
「霊猫は当代でいっとう素敵な純愛夫婦と契約し、一方を霊猫騎士とし、一方を霊猫術士とすべく力を貸す。代わりに、その純愛が失われたとき……両者は力を失う」
シャルは満足げにその言葉を聞いた。
「代替わりをするということは、もっとも素敵な純愛を続けられなかった……つまるところ、配偶者の選定に少しだけの……」
瑕疵があった、とまでは踏み込まなかった。口にしては誰の否定にだってなりかねないから、二人は黙ったままその意図を共有していた。
「だから、小さなころからの関係をはぐくんだ、僕たちが婚」
シャルは集中して、独り言のように呟き続ける。
「何が好きなのかって分解しないといけないもの。お金もだめ、家柄もだめ、顔も、体格も、努力するところも。それから、性格だって不変のものじゃあないわ。きっとかわってしまうもの」
ぽう、と魔法陣の一角一角にシャルは魔力を流し込む。
「純愛って、すべての愛せそうな要素を取り除いてもなおある、核みたいなものでしょう?」
「そうだね」
トールは術に集中するシャルの横顔は、見とれて、相槌を打つ。
「それでも、それらすべてを差し引いたとしても、愛が残るとするなら。その核の部分こそ、純愛だと思うの」
「そうかもしれないね。でも頑張って分別しすぎると僕から何もかもなくなってしまいそうだ」
トールは薄く微笑んだ。自嘲というよりは、少しばかりおどけたような言葉。愛情の総量を測定し、その要素要素に向けられるだけの愛情を案分してしまったとき、どれほどのものが核として残るのか?
「なくならないわよ」
シャルは力強く告げた。
「そう?」
「例えばなくなりそうになったとしても、問題ないわ」
トールの問いに、シャルはなお、単純に、真理のように告げる。
「だって、私が見つけるもの。いつまでだって探すわ。だからそんな自信のないことばっかり言わないで、結果を待ってなさい?」
シャルは中央の魔法陣にとびきりの魔力を流し込む。
霊猫王国ラグマニャン中の感情を少しずつ吸い取る大規模魔術。
ひとつひとつ、小さな魔法陣に、うがった穴に閉じ込めて。
「よし、これで、ひととおりっ!! 始めるわ!!」
王国中を、劇大な魔力が震撼させた。それは、国土防衛に用いる結界術式にもどこか似ている。国中の要所要所に埋め込まれたの結界魔術の力を借りるように、国中へと術式が響き渡る。
そうして、各所から様々なふわふわとした魔力が、無数にすいあげられて、うがった穴に閉じ込められていく。
「これは……?」
穴の中に閉じ込められたふわふわとした魔力の塊を
「トールへ向けられる、この国ひとりひとりの愛情を少しだけ取り出したものよ。触らないでね」
「そんなことが……!? いったいどうやって?」
「ベルマ家秘伝の結界魔術に、少しだけ工夫をさせてもらったの」
「……!!」
そんなことができるなど、トールは聞いたこともなかった。ただ、それがどれほどの難易度なのかは察して余りある。そして、少しばかり
「ずっと難航していたけれど、最近ようやく、何とかなったわ」
疲れたように、シャルは微笑んでいた。
「次が、本命。分別魔術よ。見ててね、トール」
魔法陣が姿を変えて輝き続ける。
「お金」
魔法陣は金色の輝きを放つ。それと共に、無数に穿たれた穴の3割の魔力が薄れた。
「血筋」
魔法陣が、朱色の輝きを放つ。ともに、残ったうちの4割が薄れる。
「整った顔立ち」「体格」魔法陣は表情を変えながら、少しずつ各種の光を浴びせ、穴の中の魔力を削いでいく。
「性格」
さらに2割ほどの減少。
繰り返す。繰り返す。シャルが決めた工程を、ひたすらに繰り返して――
そうして残ったのは、強く光り輝くひと塊の魔力。
「これは……おかしいわね」
「その、魔力は……?」
「私の。何度も試したもの。私でこうなのに、何で他の人のが残らないのかしら?」
シャルはなおも考察を続ける。
「私になるはずがないのよね。みんなトールのことが好きだもの。魔法陣からの距離が原因かしら。結界術からの距離?それとも何か除くべき要素がおかしい? 顔の魅力を測定するためのマドリアの薬草の量が多すぎたかしら。体格によるものという判定が厳しすぎる? 少しずつ切り替えないといけない……?」
ぱっと、トールがいたことに気づき、シャルは口にする。
「ごめんね、トール。もうちょっとだけ時間を頂戴……!!」
「それは、うまく見つけられていて、シャルが本当に一番、っていうことじゃないのかい?」
「私になるはずがないわ! もっと自信をもって」
「いや、自信を持つのは……」
「とにかく。もう少しだけ待って頂戴ね」
言ったきり、シャルは魔法陣の書き直しに没頭してしまっていた。
こうなってしまったら、シャルは誰の言葉だって聞き届けない。耳に入ることなど、全くありはしないと、トールは経験則上知っていた。
「ふああ」
トールの肩のあたりに、温和な魔力がともる。
「おや、起こしてしまいましたか、霊猫ミア様」
「おはよう、トール。またなんとも素敵な空気ね?」
「そのつもりではあるのですが……伝わっているかは……」
素敵な毛並みの霊猫ミアは、純愛を好む。
相思相愛の純愛を好む。そのミアが言っている以上、そこにはまぎれもなく純愛があると言えるのだが。
「そう、ね、契約者トール……いい加減、ちゃんと告げてあげたらどう? もう時間もないでしょう?」
「ひどいですよ、ミア。事前に明言はしてはならないお決まりでしょうに」
「そうね。でも、伝わっているかは微妙なのでしょう? それはそれでおいしくないわ?」
「それは……こまります」
「困らずもっとちゃんとなさい。その時になってびっくりさせるんじゃないわよ。お披露目まで、そう時間もないのでしょう? 素敵なお披露目にして頂戴ね?」
「頑張ります、ミア」
優しく笑うミアに、苦笑するトール。
数時間後に迫るお披露目の式。
霊猫との契約を対外的に知らしめ、霊猫と契約する夫婦……霊猫騎士と霊猫術士の存在と純愛が知れ渡る式。
そこには、トール=セスタスとシャルロット=ベルマの婚約が予定されていた。





