子供を育てている小説家はお好きですか?
湯浅澄香は、三十代のミステリー作家。亡き妹の子供である陽葵を自分の子供のように可愛がって過ごしている。
よく陽葵を連れて行く公園で知り合ったのは、大学生の草野恭吾。
彼との交流が始まって二か月が経った頃、澄香は恭吾に告白され……。
「澄香おばちゃーん、見て見てー! 砂のお城―!!」
公園の砂場で遊ぶ陽葵が無邪気に言う。ベンチに座っていた私は、フッと笑って彼女を見つめた。
一年くらい前、私の妹夫婦が飛行機事故で亡くなった。妹夫婦の一人娘である陽葵は当時私が預かっていたので無事だったけれど、彼女は四歳にして天涯孤独になってしまった。
そして私が陽葵を引き取ったわけだけれど、マジで可愛い。ギャンかわ。
私が微笑みながら陽葵を眺めていると、不意に背後から声を掛けられた。
「おはようございます、湯浅さん」
振り向くと、私の背後にはニコニコと笑う一人の青年……と、彼が散歩させている柴犬。彼の名は草野恭吾。大学二年生で、約二か月前にこの公園で知り合った。ちなみに、柴犬の名前はワタアメ。
「おはよう、草野君。今日も早いね」
「はい。今日は大学のサークルで朝から集まりがあるので」
私は、チラリとスマホに目を遣る。現在八時十分。成程、土曜日と言えど、大学生は忙しいんだ。
「あー、草野さんだー! ワタアメもいるー、あそぼ―!!」
草野君に気付いた陽葵が駆け寄って来る。草野君は、陽葵と視線を合わせるようにしてしゃがみ込むと、陽葵の頭を撫でて言った。
「今日も元気そうだね、陽葵ちゃん。あまり長い時間は遊べないけど、ワタアメとボール遊びでもしようか」
「うん!!」
私に許可を取った後、草野君は広いスペースのある場所に行き、陽葵やワタアメとボール遊びを始めた。ボールは、いつも草野君が持ち歩いてくれている。
しばらくすると、草野君が残念そうにこちらに戻って来た。そろそろサークル活動に行く時間なのだろう。
「じゃあ、俺はそろそろ……」
「ああ、そうだね……。陽葵、私達も帰ろっか」
陽葵は、残念そうな顔をしながらも、黙って頷いた。聞き分けの良い子だ。シャベルを忘れたのに気付き、陽葵は一旦砂場に戻る。その姿を眺めながら、私は言った。
「……草野君、いつもありがとね。私ひとりじゃ、陽葵の相手をするにも限界があるから、草野君やワタアメがいてくれて助かるよ」
すると、草野君は何事か考え込んだ後、こんな風に答える。
「……いえ、下心があっての事ですから……」
「え?」
草野君は、私の方に向き直ると、真剣な顔で告げた。
「俺、湯浅さんの事が好きです! 陽葵ちゃんは湯浅さんの本当の子じゃないって聞きましたけど、湯浅さん、本当に優しい目で陽葵ちゃんを見ていました。優しい湯浅さんに、きちんと陽葵ちゃんと向き合う湯浅さんに、惹かれたんです!
……今すぐ返事しなくてもいいですけど、俺との事、真剣に考えて下さい!!」
私は、ポカンとした顔で草野君を見る事しか出来なかった。真っ赤になった草野君の顔。緊張で固く結ばれた口。そのどれもが、彼の真剣さを物語っていた。
沈黙に耐え切れなくなったのか、草野君は「それじゃあ、また」と言ってその場を走り去ってしまう。ワタアメは、そんな草野君につられるように駆けていた。
◆ ◆ ◆
その日の夜、私は自宅マンションのリビングで鏡と向かい合っていた。木製のテーブルに置いた小さな鏡には、風呂上がりで化粧水と乳液しかつけていないスッピンの私が映っている。
特に美人でも無く、ただダークブラウンの髪をショートカットにしただけの地味な女。それが私だ。草野君は、私が陽葵の面倒を見ているのを見て惚れたと言っていたけれど、ただ新鮮に感じただけじゃ無いだろうか。
私は三十二歳で、草野君は二十歳。年齢も離れている。やっぱり、若くて黒髪イケメンで優しい草野君とは釣り合わない。
「……もう少し私が若かったら……」
そんな風に呟いて、私はハッとなる。
駄目だ駄目だ。色恋にうつつを抜かしている場合じゃない。妹の忘れ形見である陽葵を責任もって育てないと。幸い私は専業で食べて行けているミステリ作家。陽葵を育てる余裕はある。
私は、陽葵が寝ている隣の寝室に視線を向けて、彼女を幸せにする決意を新たにした。
◆ ◆ ◆
翌日の昼下がり。私はまた陽葵を連れて公園を訪れていた。ブランコで遊ぶ陽葵をベンチで見つめながら、私の脳裏には草野君の顔が浮かんでいた。
……今度草野君と会ったら、どういう顔をすればいいんだろう? 何と言って交際を断ればいい? 出来れば、草野君とはこれまで通り笑顔で話す関係でいたい。草野君、草野君、草野君……。
私は、ハッとして目を覚ました。目に映る空は、もう夕焼け色。……私、どれくらい居眠りしていた? 陽葵は?
私はキョロキョロと公園を見渡したけれど、陽葵の姿は見えない。ブランコにも、滑り台にも、砂場にもいない。
私の顔から、サアーっと血の気が引いた。どうしよう、陽葵に何かあったら、妹に顔向けできない。大切にするって決めたのに!
「陽葵―、陽葵―?」
公園中を駆け回って陽葵を探す私。でも、まだあの子を見つけられない。一旦立ち止まって、荒い息を整える。
……どこにいるの、陽葵……。
私の目に涙が浮かんだ時、背後から声を掛けられた。
「湯浅さん? どうしました?」
振り向くと、そこには心配そうな顔をした草野君。緊張の糸がプツンと切れた私は、涙を零しながら声を絞り出した。
「草野君……陽葵が……陽葵が……!!」
話を聞いた草野君は、一緒に陽葵を探してくれた。お願い、無事でいて、陽葵! 私がそう願いながら公園の側にある四阿に向かった時、大きな声が聞こえた。
「湯浅さん! いたよ! 陽葵ちゃん、いた!!」
草野君の声だ。私は、急いで彼の声がする方に向かう。草野君は、しゃがみ込んだまま公園の隅にある茂みを見つめていた。
私がそっと覗くと、茂みの中で陽葵が気持ち良さそうに寝ている。草野君は、結構大きな声を出していたと思うんだけど、よくまあ寝られるもんだ。
「こんな所にいたんだ……」
私が呟くと、不意に陽葵が目を開ける。私は、思わず叫んでいた。
「陽葵! どうして黙って私の目が届かない所に行っちゃったの!?……いや、目を離した私が悪いんだけど……」
すると、陽葵は一瞬ビクリと身体を震わせた後、一輪の花を差し出した。そして、気まずそうに言う。
「あのね……明日、澄香おばちゃんの誕生日でしょ? だから、お花をあげたかったの……」
よく見ると、その花は小さいピンク色の花びらで、いかにも私が好きそうな花だ。これを摘んで、ついでに他の花を見ている内に寝てしまったのか……。
私は、陽葵に怒鳴った事を反省しながら笑顔で言った。
「……ありがとう、陽葵。このお花、大切にするね」
それを聞いた陽葵は、満面の笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
翌日の朝。私と陽葵が再び公園に行くと、そこには既に草野君がいた。
「あれ? 草野君、いつもよりワタアメの散歩の時間早くない?」
私が首を傾げると、草野君はワタアメを繋いでいた紐を四阿の柱に結び付け、カバンから何かを取り出した。そして、それを私に差し出しながら言う。
「お誕生日おめでとうございます、湯浅さん。良かったらこれ、受け取って下さい!」
差し出されたのは、白くて小さな紙製の箱。受け取ってそれを開けると、出て来たのは一本のブレスレット。ピンク色のビーズが連なっていて、とても可愛い。
草野君は、頭を掻きながら言葉を続けた。
「……昨日、湯浅さんの誕生日が今日だと知って、あの後慌てて雑貨屋に駆け込んだんです。安いおもちゃのブレスレットですけど、湯浅さんはピンク色が好きだって聞いてたので……」
覚えていてくれたんだ。……なんだか、すごく嬉しい。私は、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「……ありがとう、草野君」
このブレスレットをずっと大切にしよう。そう思った時、第三者の声が聞こえた。
「あれ? 草野君?」
私と草野君は同時に振り向く。そこにいたのは、草野君と同年代の可愛い女の子だった。





