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義理から始まるお試し交際

清納高校二年A組、そこでは《仮恋人プロジェクト》という企画が毎月、最初の月曜日に行われている。企画によって井藤那柚はかつて振った男の子、三輪柊弥と仮の恋人となりお試しの交際をしていく。これはそんな思春期の男女における白い恋愛の物語。

 今年は猛暑だったせいか、まだ夏の暑さが少し残る十月。それでも開けらた窓から拭いてくる風にあたれば肌寒く、後方窓際の席というベストポジションに座る私、井藤(いとう)那柚(なゆ)は校庭を覗きながら季節の移り変わりを感じていた。


「であるからして、この部分はこう解釈すると⋯⋯」


 大半の生徒はノートに黒板の文字を書き写しながら教壇に立った大西先生の説明を聞いている。幸いにして塾で私はすでにやっていたので復習程度に聞き流し--ていたところ「っ~~~!」という呻き声とクスクスという小さな笑い声が聞こえて教室に視線を戻す。


「まったく亮二(りょうじ)のやつ、また寝てたな」


 教室の真ん中あたりに座ったツンツン頭の大幡(おおはた)亮二(りょうじ)が、先生にバレないようにしばらく不自然な動きでキョロキョロしていた。結局、彼は犯人が誰か見つけられないまま真面目にノートを取り出したわけだが--高校二年生、高校入学直後はぎこちない距離感だったクラスはそれぞれ気の合う人とつるんで日常が出来上がっていた。


 キーンコーンカーンコーン


「はい、今日の授業はここまで。わからないことがあれば後でちゃんと聞きにくるように」

「「「ありがとうございました!」」」


 そうこうしていると授業が終わり国語の教師である大西先生が教室を出ていく。すでに休み時間に入っているが、席を立つ生徒どころか私語すら聞こえない。けれど今日は月初めの月曜日、そして3時間目の授業が終わった休み時間。おまけに十月ときたもんだ。


 教室はソワソワとした空気に包まれていた--ところ、ブーブーっと、机に置いたスマホが震えて振動音に反応したクラスメイトがこちらを見る。それをあんたらには関係ないと一瞥して画面に目を落とす。


[ナユちゃん緊張してきたよ〜! リョウちゃん今週もおっけーしてくれるかな???]


 案の定、何度目かになる心配性な友人からのメッセージが表示されていた。その送り主--右斜め後ろの席に座っているみくちゃんこと古賀(こが)美玖(みく)の方を見ればの不安そうな目と合った。


[きっと大丈夫だと思うよ。心配なら始まるまで大幡くんに視線でも送っておいたら? 授業中に寝るなって(笑)]


 なので、私なんかよりもさっきまで寝てた想い人を見ていろと、すぐに返信を返したところで--ガタッと二人の生徒が立ち上がった。服部(はっとり)純(じゅん)と大和(やまと)愛(あい)、このクラスにおける男女のまとめ役だ。


「よし、お花を摘みに行く人はいないようだね」

「それじゃあ今週の仮カップル発表しちゃうよー! 最初は浅見(あさみ)さんの相手から!」


 その会式から流れるように発表されていくお相手に「おっしゃー!」だの男子が騒がしい。まあ、意中の人とお近づきになるチャンスに燃えるのはわかるし、女子だって内心は叫んでいる。この子供っぽい感じか、ひっそりと盛り上がるかの差がいわゆる男はいつまでも精神年齢が子どもっぽいという世間の認識を作り上げたのだろう。


「はぁ……見世物じゃないっての。那柚(なゆ)もそう思わない?」


 一つ前の席に座る更科(さらしな)絹江(きぬえ)が座ったまま体を半分ひねり、椅子によりかかるような体制でちょいちょいっと、教室の反対側にある出入り口の扉を--正確にはその窓の向こうに見える複数の人影を指さしながら話しかけてきた。


「気持ちはわかる。って、言いたいところだけど……これじゃあ文句も言えなくない?」

「確かに。まあ今月は《お願いチケット》復活だし多少はね? っと、亮二(りょうじ)くんはまた美玖(みく)ちゃんに使ったんだ」

「あいつ一途で本気だねー。古賀(こが)ちゃんも大幡(おおはた)に入れるって聞いたし両想いなんだから無駄遣いだって言ったんだがよ、聞く耳もたなかったわ」

「どうせ捨てるチケットならいいじゃん。優先権で取られないようにしてるんでしょ」

「……誰も取らねーよ、亮二もな。あんな仲良し二人に入り込む余地あんのかよ」


 他人のコイバナというのはみんな好きで私たちの話にどんどん周りが乗っかっていく。休み時間は短くて有限。ということで、私たちが話している間も今週の恋人(仮)が決定していく。


 四月から始まったこの《仮恋人P(プロジェクト)》は気になるなーという人と仮の恋人となってデートできる(かもしれない)企画だ。最初は数人で始まったのだが徐々に参加者が増えていき、《お願いチケット》という拒否されないデート券を半年に一度、四月と十月に貰え、今月はそのチケット配布月ということもありクラス全員が参加していた。


「ちなみにきぬは今回どうなのよ。今月は女子優先月でしょ? チケット使ってまた佐江木(さえき)くん狙い?」

「んー。ちょっと思ってた距離感と違うというか、みんなと一緒にいる時とは違うというかー、仲良くてもやっぱ恋愛としてはちょっと合わないかなーって」

「じゃあ待ちかー。きぬなら毎回申し込みされてるし大丈夫っしょ」


 私たち、清納(せいのう)高校二年A組はデートを通して恋をする。そういうチャンスを作ることにした。普通だったら順番が逆だろう。恋して、告白して、付き合って……愛を育んでいく。けれど相手をよく知らないまま付き合うのは嫌という人もいる。もちろん意中の相手がまだいなくて賑やかしの人もいる。


 けれど相手が本気で大事にしてくれていると感じたなら恋心が芽生えるかもしれない。だからこれはイベントであり遊びであり、本気で相手を恋に落とすための男女の駆け引きなのだ。そうこうしていると絹江の番になった。


「えーっと、更科さんからのお相手の希望はありませんでした」


 今さっき教えてもらった情報が教室に拡散される。これの意味するのは仲の良かった佐江木恋太郎(れんたろう)は恋人候補から一時外れたということで--全員にチャンスが戻ってきたということだ。なので男子どもは湧き立つと同時に、なぜ申し込まなかったのかと後悔で泣き崩れている。


「ですが! 三人からお誘いがあり、今週は川島くんがお相手となりました。ちなみに二人の名は伏せますが、全員が《お願いチケット》を使っていますね!」


 相手も川島(かわしま)夏樹(なつき)くんに決まった。クラス中でどよめきが聞こえてきたが話しやすくて愛嬌もあり、同性からみても可愛い彼女なら当然だと私は思う。当たり前のように「どもー」と手を振りながら「他の選んでくれた人もありがとねー」と言っている姿はまさにクラスの人気者という言葉が相応しい。


「更科さん、W(ダブル)デートはどうします?」

「うーん、川島くんのことよく知らないしー、那柚と三輪(みわ)っち同伴をお願いしようかなー」


 《お願いチケット》はお断りする権利を奪う。けれど、その代わりに他の仮カップルとのWデートという距離感の緩衝材を希望できる。もしろん指名された二人にも拒否権はあり、その場合はこの企画を取り仕切っている服部くんと大和さんが巧いこと調整する。


「てことだけど、三輪と井藤さんはオッケーしてくれるかい?」


 服部くんが私と、同じく窓際の最前列に座っている男子に確認をとる。絹江からのお願いだし断る理由もないので「別に……いいけど」と答えておく。けれど私のパートナーはまだ発表されていない。なのに絹江も服部くんも三輪(みわ)柊弥(しゅうや)とカップリングすると断言しているも同然に話を進めていく。まあ、私もチケットは使わずに三輪くんの名前を書いたのでマッチしていれば自然な流れではあるのだが。


「オレもオッケーっす。川島とは同じ中学だったし、更科さんは井藤と仲いいから問題ないと思います」

「じゃあ、そういうことで決まりだな。頼んだよ、二人とも。っと、順番が前後したけど伊藤さんのお相手は今月も三輪柊弥くんだよ」


 やっぱり。と思う気持ちと、半年のあいだ別の人とデートするチャンスがあっても私だけを選んでくれるのは本気なのかなという期待もよぎる。相手と仮恋人になるかを聞かれない時点で相手も私の名前を書いているのだ。


[今日、たこ焼き食べたい]


 さて、今月も仮の恋人になったので前に教えてもらったLINF(会話アプリ)を使ってデートのお誘いをしておく。好きなたこ焼き屋があるのだが、一人前が10個入りで私には少し多いので自分の分プラス数個食べてくれる彼の存在は非常に助かるのだ。いいように使っているが、恋人というのはそういう持ちつ持たれつの関係だと三輪くんが言っていたので今ではお言葉に甘えている関係だ。


[りょーかい。じゃあ放課後、帰る時に声かけるわ]


 すぐさま彼から返事がきた。一緒の時間を過ごし、三輪くんを知るほど優しいなと思う。けれど、そもそもこの企画は一年生の冬--ホワイトデーの時に、私が彼を振ったのが原因だったりする。


…

……

………


-半年前-


「ごめんなさい。私、三輪くんのことまだそんなに知らないから」


 そう、断ったはずなのに……どうしてこうなったか? それは本当にしょうもない理由だった。愛のない書類上の結婚、いわゆる【白い結婚】の物語が当時、クラスで流行っていたのだ。


「よく知らない相手とでもさ、一緒にいたらもしかしたら愛を感じるんじゃね? しらんけど」


 誰かがそんなこと言い始め、私が断った告白をきっかけに「そんな物語のような恋愛をしてみたい!」という声が噴出。それを周りが盛り立てて生まれたのがこの企画だ。この仮恋人Pが私を発端にしているというわけで、拒否してもいいのだけれど⋯⋯三輪くんに悪いと四月に参加表明し、初めてデートをした。


「なんかごめん。オレ、井藤から嫌われたくはないから防波堤になるし、ずっと選ぶから」


 そのときに心配してくれた三輪柊弥が宣言してくれた。あぁ、こういうのが愛情か、と--その時に少しだけ理解した。


「ルールだから適当に話をしてくれるだけでいい。俺は毎月、仮の恋人に井藤を選ぶ。伊藤は好き人がいるならそいつ選んでもいいからさ」

「いないけど、ありがと。それと--三輪くんのこと、本当にまだ何もしらないから、もしまだ私が好きなら教えて。私も少しは踏み込むから。えっと、さ。仮でも⋯⋯恋人なんだし」


 四月、桜が再び舞う季節。私たちは恋からではなく愛から、お互いのことをもっと知るために--仮の恋人から始めた。

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