愛で紡がれた政略結婚
その婚約は政略に満ちた物でありながら、愛に満ちた物でもあった。
全ての始まりは、ここから始まり、ここで終わる。
王太子の婚約者は、極めて政治的なやり取りの中で決定される。
それは、王太子の友人たるこの私、ジュード・エル・リクードも、王太子、デーヴィド・リュー・テイグナーも幼き頃より把握している事であった。
王族という立場に生まれたのであれば、自由恋愛などは許されない。
無論、本当の自由恋愛をしている者など世界のどこにも居ないだろうが、それでも真に愛する者と結ばれたいと願う事は彼にとって何よりも大事な事であっただろう。
だが、しかし。
自由恋愛を夢見て、愛する人と結ばれたいと願うデーヴィドは今日、貴族こそが国の未来を担う存在であると考える貴族派の代表であるエルヴギラン侯爵家の長女アデライン・ルキア・エルヴギランと婚姻を結ぶ。
断言しよう。
これは政略結婚だ。
現国王を主とする王権派と貴族派閥の対立が国内を荒らす中、次期国王は、貴族派の娘と結ばれた者とし、二大勢力が争う無意味さを国中に訴えたのだ。
彼は、国が抱える病気のイケニエとなった。
無論、自由恋愛などは許されない。
その様な夢を見た所で、彼は選ばれた誰かと結婚しなくてはいけない。
だから、アデライン嬢と結ばれる事も、一つの決まった流れであった。
まるで氷の様に、彫刻の様に、表情の薄い女性。
どこか恐怖を感じさせる様な雰囲気をいつも纏っており、友人などはおらず、透き通った目は、常に彼女の目に映る者を断罪している様に見える令嬢。
アデライン・ルキア・エルヴギラン。
対して、デーヴィド・リュー・テイグナーは朗らかで、笑顔も多く、彼と接する人は誰もが彼に好印象を抱く。
人が良いと称される事の多い自慢の親友だ。
誰がどう見ても、彼らの婚姻は政略結婚に見えるだろう。
間違いない。
俺は、婚姻と同時に行われる戴冠式で、次期王として決定されるデーヴィドの澄ました顔を見ながら、クッと笑みを浮かべた。
おっと、いけないいけない。
まだ神妙な顔をしなくてはいけないな。
俺は、全ての計画が上手くいった喜びを感じながら、表面だけは平静を……いや、どちらかと言えば、氷の令嬢と評される彼女と結婚する事になってしまった親友の不幸を悲しむ男の顔になって、目を伏せる。
そう。
全ては計画通りであった。
とは言っても、まぁ、そこまで難しい話ではない。
簡単に言えばこうだ。
彼らが婚約者同士となった事も。
エルヴギラン侯爵家が貴族派閥のトップとなった事も。
全ては俺達が計画し、そうなる様に行ってきた事であったのだ。
この事は、俺と、デーヴィドと、アデライン嬢の三人しか知らない。
幼い頃に、半ば偶然出会ったデーヴィドとアデライン嬢の二人が、惹かれ合って、微かな想いを抱え。
それに気づいた俺が、今回の計画を考えた。
ただ、それだけの話だ。
上手く父親を操って、貴族派閥をまとめさせながら、国内にはびこる他国から撒かれたウミを取り除きつつ、国王では出来ない革新的な政策を進めて人心を集めながら一大派閥を作る。
なんて、言葉にしてみれば酷く簡単であったが、アデライン嬢は澄ました顔をしながら、誰にも気づかれる事のないままこんな事をやっていたというのだから驚きだ。
親族の集まる席で、アデライン嬢に操られていた哀れな父親は勝ち誇った顔をしているが、彼がこの国に対して何か出来る事などほとんどない。
何故なら、貴族派閥はアデライン嬢に忠誠を誓っている者が多いし、アデライン嬢自身、夫であるデーヴィドと敵対するつもりは欠片も無いからだ。
そして、デーヴィド。
彼は王の対応を遅らせて、王族派の中で自身の権力をゆっくりと集めて行った。
ニコニコと人の良い笑顔を浮かべながら、その腹の内ではあらゆる手を国内に伸ばして、現国王ではなく、次期国王である彼に従う様に、国王派を絡めとっていった。
その手は、イチイチ思い出したくはないが、正直あまり良い物では無かった事は確かだ。
しかし、デーヴィドが王となれば、ゆっくりとではあるが王が力を付けてゆく世界が始まる。
結果だけ見れば、王権派は目的を果たしたのだから良いのだろう。
なんて……。
色々な理屈をつけていても、おそらく意味はない。
デーヴィドとアデライン嬢を近くで見ていた俺は、彼らが国の為に、とか。派閥の為に。だとか。そういう物の為に動いていた訳では無いのを知っている。
そう。二人は、ただ愛の為に必死になって動いていたのだ。
二人で会うのは危険だからと、俺は彼らの中継役になった。
王権派と貴族派の間を飛ぶコウモリ野郎なんて悪口を言われた事も一度や二度じゃない。
だが、どんな誹りを受けたとしても、俺は二人の本音をよく知っているのだ。
『ジュード。今度、アディの誕生日だろう? 彼女は何が好きだろうか。ジュード。お前は知っているんじゃないか?』
『知りませんけど、ネックレスとか良いんじゃないですか?』
『アクセサリーか。確かにそれも良いか。しかし、何か物質が残る物だとアディも言い訳に困るだろう。ここはお菓子等にしておくか』
『決まってるのなら、初めからそう言って下さいよ……』
『誰かの意見というのも大事だろう? 私は幅広く臣下の意見を取り入れる優秀な王だからな』
『自分で言いますか』
『フッ。私は謙遜が嫌いでな。許せよ』
『ハァ。まぁ良いですけど』
『ところで、だ。ジュード。貴様、アディへの贈り物でネックレスが良いと提案したな。何故だ。まさか、お前もアディに懸想しているのか? 事によっては死罪だぞ。死罪』
『してませんってば、誰が氷の令嬢を好きになるっていうんですか。殿下以外はそんな人は居ませんよ』
『貴様! 愛らしいアディの考えた、婚約者を作らぬ作戦をそんなだと!?』
『ハァー。また始まった』
『ジュード。ジュード。大変よ』
『どうしたんですか? アデラインお嬢様』
『あのね。殿下が、デイヴが今日もすっごくかっこよくてね。可愛いの!』
『そりゃー。ようござんした』
『けど、また、勘違いした豚が、デイヴに近づいてるのよ! ジュード! また殺してきて!』
『また。って周りの人が勘違いする様な事は言わんでください。俺は一度だってそんな事してませんよ。てか、伯爵令嬢なんて害せる訳がないでしょう』
『むー! もう! もう! だわ! 私は、婚約者が決まらない様に頑張ってるのに、デイヴは良い人で格好いいから、すぐ変な虫が来ちゃう』
『殿下はアデラインお嬢様に相応しい人間でありたいと人当たりの良い顔をしているんです。どうかお察し下さい』
『もう! 知ってるわよ! デイヴのバカ。……好き』
『ハァー。さっさと帰って寝てぇ』
『なんか言った?』
『何も言ってませんよ。アデラインお嬢様』
なんか。
ふと感動する話の様に過去の二人を思い出したが、正直良い思い出は何もない。
ここまでよく頑張ったな自分という想いがあるだけだ。
だから、ようやく終わったコトに感謝しつつ俺は、二人の口づけを見て、小さくため息を吐いた。
ようやくコレで全てが終わると。
だが……。
そう思っていたのは俺だけで、全ての物語はここから始まるという事を、未だ俺は知らなかった。
知っていれば、暢気にこんな場所になど参加はしていなかった。
なんて、今更言っても仕方のない事ではあるが……。
まぁ、愚痴を言うくらいは許されるか。





