■第6話:産声と、変化していく季節
2015年の冬、佐知子の妊娠が判明した。
三十代半ばという年齢もあり、夫婦の間に「そろそろ」という無言の了解があった中での出来事だった。陽性を示す検査薬を見た時の二人の反応は、手を取り合って涙を流して喜ぶというよりは、「ああ、これで無事に親になれる」という、どこか安堵に近い静かなものだった。
2016年の夏、うだるような暑さの日。長男の「大樹」は誕生した。
分娩室での劇的なドラマはなかった。ただ、陣痛が始まってから十八時間というひたすらに長くて苦しい時間が続いた。健太は仕事の休みを取り、助産師に言われるがまま佐知子の腰をテニスボールで押し続けた。無力感と疲労で意識が朦朧とする中、ようやく聞こえた甲高い産声。
「お疲れ様。元気な男の子ですよ」
分娩台の上で汗だくになり、疲れ果てた佐知子に気の利いた言葉をかける余裕すら、健太にはなかった。ただ、「終わった」という強烈な安堵感で頭がいっぱいだった。
退院後、二人の生活は根底から覆された。
「ちょっと! またオムツのゴミ箱、蓋開けっぱなし!」
「ごめん、すぐ閉める」
「ミルクのお湯、沸かしておいてって言ったよね?」
「あ、忘れてた」
深夜二時。響き渡る赤ん坊の泣き声。
細切れの睡眠で目の下に濃いクマを作った佐知子の声には、常に苛立ちが混じるようになった。健太も日中の仕事の疲れが抜けず、休日は泥のように眠りたかったが、そうもいかない。抱っこ紐の使い方もろくに分からず、見よう見まねで大樹を揺らしながら、ただ時間が過ぎるのを待つ日々。
家の中は常に散らかり、洗濯物はソファの上に山積みになり、テレビの音量は大樹を起こさないように常に最小に設定された。
かつては「健太」「佐知子」と呼び合っていた二人の呼称は、いつの間にか「パパ」「ママ」へと変わっていた。
「ママ、ちょっと大樹見てて。俺、ゴミ捨て行ってくる」
「パパ、帰りにドラッグストアでおしりふき買ってきて」
そこに、かつて「男と女」であった頃の甘い空気や、恋人としてのときめきは微塵も残っていない。二人は「大樹を無事に生かす」というミッションを遂行するための、ただの共同作業者になっていた。
それでも。
休日の午後、リビングのベビーベッドで口を半開きにして眠る大樹の顔を、二人でぼんやりと眺める時間があった。
「……なんか、健太に似て眉毛が太くなりそうね」
「なんだよそれ。目は完全に佐知子だろ」
淹れたてのコーヒーを飲む余裕などなく、冷めた麦茶を入れたグラスを手に、二人はぽつりとつぶやき合う。
圧倒的な疲労感と、自分たちの人生が自分たちだけのものではなくなったという喪失感。それと同時に、この小さな命を何があっても守り抜かなければならないという、重くて静かな責任感。
それは、決して輝かしいだけの感情ではなかったが、二人の生活を確実に前へと進める、太くて強靭な楔となっていた。




