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■第3話:満員電車と、数年ぶりの再会

大学を卒業してから三年が経った、2007年の冬。

社会人になった健太は、中堅の住宅設備メーカーで法人営業の波に揉まれていた。朝早くから満員電車に揺られ、取引先で頭を下げ、夜遅くに帰宅してコンビニ弁当と発泡酒を胃に流し込む。そんな、絵に描いたような平々凡々で、けれど確かな疲労が蓄積していく日々を送っていた。

金曜日の夜二十一時過ぎ。帰宅ラッシュのピークは過ぎていたものの、地下鉄の車内は酒の匂いと疲れた大人たちの熱気で淀んでいた。

吊り革に掴まり、ぼんやりと窓ガラスに映る自分のくたびれた顔を眺めていた健太は、ふと背中越しに軽い衝撃を感じた。電車が揺れた拍子に、背後の乗客がぶつかったのだ。

「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ……」

振り返って軽く会釈をした瞬間、健太の動きが止まった。

ベージュのウールコートを着て、少し疲れた顔で小さく頭を下げた女性。綺麗にセットされた髪も、少し大人びたメイクも記憶とは違っていたが、間違いなかった。

「……佐知子?」

「えっ……鈴木、くん?」

数年ぶりの再会は、ドラマのような運命的な交差点でも、お洒落なカフェでもなく、冬の暖房が効きすぎた地下鉄の車内だった。

気まずさと驚きが入り交じる中、二人は偶然にも同じターミナル駅で電車を降りた。別れる理由が見当たらず、かといって居酒屋で飲み直すほどの体力も時間もなく、駅ビルのチェーンのカフェに入ることにした。

「久しぶり。……なんか、ちゃんとした社会人やってるね」

紙コップのブレンドコーヒーを両手で包み込みながら、佐知子が少しだけ笑って言った。

「まあな。毎日怒られてばかりだけど。佐知子も、商社だっけ? 忙しそうだな」

「うん。一般職だけど、月末はバタバタで。今日も残業帰り」

大学時代の、時間が無限にあると錯覚していたあの頃とは違う。目の前にいるのは、現実の厳しさを知り、少しだけ角が取れた大人の女性だった。

就職活動の時に感じていた価値観のズレや、別れ際の冷たい空気は、三年の月日と日々の忙しさが綺麗に洗い流していた。残っていたのは、かつて時間を共有したという「懐かしさ」だけだった。

「なんか、お互い老けたな」と健太が自嘲気味に言うと、佐知子は「まだ二十代半ばなんですけど」と呆れたように笑った。そのやり取りは、かつてファミレスで何時間も無駄話をしていた頃の空気に少しだけ似ていた。

「あのさ、もしよかったら」

三十分ほどで店を出た後、健太は少しだけ躊躇いながら言った。

「また、今度ご飯でも行かないか。その、ただの飲み友達としてでもいいから」

佐知子は少し驚いたように目を丸くしたが、やがて小さく頷いた。

「……うん。たまには、昔の話をして息抜きするのもいいかもね」

お互いの携帯電話を取り出し、新しくなったアドレスを赤外線通信で交換する。

改札で別れ、今度はお互いに一度だけ振り返り、軽く手を振った。

胸を焦がすような再燃はなかった。ただ、冷え切った冬の夜に飲んだ安いブレンドコーヒーのように、ほんの少しだけじんわりと温かいものが胃の腑に落ちたような、そんな再会だった。

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