第37話 なんか変だ
第37話 なんか変だ
いつも通りの夕飯時だった。
香織が台所に立って、食事の準備をしている。
「あっ、鳥カラじゃん!」
僕の好きな鶏の唐揚げだ。
油で揚がる音も小気味よく、においも香ばしい。
きつね色に揚がった唐揚げを、キッチンペーパーを重ねた大皿に盛り付けていく。
その横で、まな板の上に見慣れないものが出てきた。
レモンが一個、丸ごと。
香織はそれをためらいもなく真っ二つにする。
さらに冷蔵庫から、ピクルスと梅干し。
ピクルスなんて、ずいぶん前に瓶を買って、そのままだったはずだ。
いつの間にか開いていて、半分くらい減っている。
梅干しもパックが開いていた。
「梅干しなんてあったっけ?」
「うん、ちょっと食べたくて。買ったの」
「ふーん」
僕は三人分の食器を食卓に並べる。
ちょうどそのとき、玄関のドアが開いた。
「ただいまー」
千尋だ。
「今日はちょっと遅かったね」
「会議が長引いて……電話するほどでもなかったし、ごめん」
そう言って、額に手刀を当てる。
「いいよ。間に合ったし」
「あー、美味しそう。唐揚げ?」
千尋は香織の手元を覗き込んで確認すると、そのまま自室へ着替えに入っていった。
香織はリーフレタスを冷水から引き上げている。
「ご飯、よそっておくね」
僕は炊飯ジャーの蓋を開ける。
ふわっと炊きたての米の香りが広がる。
三つの茶碗にご飯をよそう。
戻ってきた千尋が言う。
「私、炭酸水がいいな」
「私も」
と香織。
僕はノンアルビール。
三人で席につく。
「いただきます」
「いただきます」
「どうぞ」
その直後だった。
千尋と香織が、それぞれレモンを手に取って、
いきなり唐揚げに絞り始めた。
しっかりと。
一個分、丸ごと。
「ちょっとかけ過ぎじゃないかい?」
思わず声が出る。
二人は気にした様子もなく、そのまま食べる。
横では、ピクルスをポリポリ。
梅干しも普通に口に運んでいる。
なんというか、迷いがない。
僕は茶碗と箸を持ったまま、その様子を見てしまった。
「あのさ、なんかあった?」
おずおずと聞く。
「別に何もないけど、なんで?」
と千尋。
「いや、なんかいつもと様子が違うから」
「そうかな?」
千尋は唐揚げを食べながら言う。
「気のせいじゃない?」
香織もさらっと続ける。
それ以上は広がらない。
普通に会話は続いて、
普通に食事が進む。
ただ、二人の動きが妙に揃っている。
それだけが、少しだけ引っかかった。
食後。
皿を流して、シンクに置く。
いつもの流れだった。
僕がテーブルを拭いていると、
千尋が冷蔵庫を開けた。
小さなパックを二つ持ってくる。
「はい」
と香織に一つ渡す。
「ありがと」
二人とも、そのままヨーグルトを開ける。
「また食べるの?」
「これは別」
と千尋。
「別なんだ」
香織は「なんとなくね」とだけ言った。
二人とも、普通に食べている。
でも、スプーンを入れるタイミングが似ている。
口に運ぶ間も、なんとなく同じだ。
僕はそれを見て、
少しだけ首をかしげた。
説明できるほどのことじゃない。
ただ――
いつもとちょっとだけ、食卓が違う。




