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サイショードーキョ(妻妾同居) 〜妻と元カノと三人で暮らしたら、家族が増えていった話〜  作者: カトーSOS


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第35話 一度だけ三人で

挿絵(By みてみん)



第35話 一度だけ三人で


 夕食のあとだった。


 食器を流して、シンクに置いて、

 いつもの流れで夜が始まろうとしていた。


 香織がふと振り返る。


「今日はどっちの部屋に来る?」


 いつも通りの聞き方だった。


 軽くて、

 確認みたいな言い方。


 慎也は答えようとして、

 少しだけ口ごもった。


 香織と千尋が、同時にこちらを見る。


「どうしたの?」

と千尋が聞く。


「体調悪い?」

と香織が続く。

「ちょっと顔赤いよ」


 慎也は一瞬だけ目をそらして、

 それから観念したみたいに口を開いた。


「あ……あのさ」


 一拍置く。


「三人って、ダメかな」


 二人の表情が止まった。


 何を言われたのか分からない顔。


 そのまま数秒。


 やっと意味が伝わったのか、

 千尋が小さく息を吸った。


「三人って……」


 香織が言葉をなぞる。


 そのあと、千尋が一気に反応した。


「やだっ! 慎也、何言ってるの?」


 でも、その声は半分笑っていた。


 慎也は、あぁ、言うんじゃなかった、と思った。


 今さら取り消せる雰囲気でもない。


 そのときだった。


 香織が、少しだけ真面目な顔で言った。


「……試してみる?」


 慎也は思わず顔を上げた。


 千尋が「えー」と声を上げる。


「やめようよ、普通に」


 そう言いながらも、口元は少し緩んでいる。


 香織はそのまま続けた。


「じゃあ、今日は慎也の部屋に行こうか」


「え、ほんとに?」


「言い出したのそっちでしょ」


 千尋がため息みたいに笑う。


「もう、知らないからね」


「大げさだな」

と慎也が言う。


「大げさでしょ普通」


 三人で、少しだけ笑った。


 そのまま流れで動く。


 慎也の部屋はリビングのすぐ横にある。


 いつもなら、

 ここは“戻る場所”であって、

 “集まる場所”ではない。


 そこに三人で入る。


 ドアを閉めた瞬間、

 空気が変わった。


 狭い。


 いつもは気にならない広さなのに、

 三人になると途端に距離が近くなる。


 どこに座るか、

 どこに立つか、

 それだけで少し迷う。


 結局、

 慎也はベッドの端に座って、

 香織がその隣、

 千尋が少し離れて床に腰を下ろした。


えっと……どうすればいい?


 慎也は正直にそう思った。


 いつもと全然、勝手が違う。


 なのに心臓の音だけは、やけに大きかった。


 慎也はとりあえず香織の髪に手を伸ばした。


「香織、キスしよ」


 香織が少しだけ笑って、

 そのまま慎也にもたれかかる。


 唇が触れる。

甘いキスだった。


でも


 それだけのことなのに、

 隣から見られていると思うと妙に落ち着かない。


 慎也はキスを切って、横目で千尋を見た。


「あの……千尋さん、あんまりじろじろ見ないでくれる?」


「えっ」

と千尋が目を丸くする。

「だって、私、何すればいいの?」


 その言い方があまりにそのままで、

 慎也も香織も、一瞬黙った。


 それから、香織が吹き出した。


「たしかに」


「たしかに、じゃないだろ」

と慎也が言う。


「いや、でもそうだよ」

と千尋は困ったように笑う。

「見ちゃだめって言われても、じゃあ私はどこ見ればいいの?」


「壁とか」


「無理でしょ、それは」


 また少し笑いが起きる。


 気を取り直して、慎也は今度は千尋の方へ手を伸ばした。


「千尋……」


「んっ……」


 やさしく引き寄せて、キスをする。


 今度は千尋の肩が小さく震えた。


 その反応に慎也の胸も少し熱くなる。


 けれど、次の瞬間には別のことが気になった。


 香織だ。


 横を見ると、香織が少し困ったような顔でこっちを見ている。


 何もしないで座っているしかなくて、

 その手が、所在なさげに膝の上に置かれていた。


 慎也は混乱した。


 えっ、これどうやるの?


 香織に行けば千尋が余る。

 千尋に行けば香織が余る。


 三人で同じ部屋にいるのに、

 どう動いても一人が“見ている側”になってしまう。


 それでも、三人とも途中で投げ出したわけではなかった。


 慎也は、正直かなり頑張ったと思う。


 香織も千尋も協力的だった。

 誰かが嫌がったわけでもない。

 誰かが傷ついたわけでもない。


 ただ、合わなかった。


 香織といると千尋が気になり、

 千尋といると香織が気になる。


 二人きりのときのようには、どうしても集中できない。


 慎也はとにかく忙しかった。


 誰かに触れれば、

 もう一人が気になる。


 誰かを見れば、

 もう一人が視界に入る。


 三人で同じ部屋にいるのに、

 三人が一つになる感じはしなかった。


 むしろ、

 それぞれの距離が分からなくなる。


 終わったあと、

 三人とも妙に黙っていた。


 いつものような充実感ではなく、

 疲労と恥ずかしさだけが残っている。


「……なんか、思ってたのと違う」


 慎也がうなだれるように言った。


 香織が少し笑って、慰めるように言う。


「たぶん、私たちには合わなかったんだよ」


 千尋も頷いた。


「なんかにあったよ」

「失敗したんじゃない、経験しただけだって」


「それ、今言うやつか?」


「今だから言うやつでしょ」


 千尋が少し笑う。


 香織も頷いた。


「うん。試してよかったんだよ」

「合わないって分かったんだから」


 慎也は小さく息を吐いた。


「ごめん。ありがとう」

「わがままに付き合ってくれて」


「私は、まあ……楽しかったよ」

と千尋が少しだけ口元を緩める。

「香織って、あんな顔するんだって知れたし」


「千尋!」


 香織の顔が一気に赤くなる。


 慎也は思わず笑ってしまった。


 それで、ようやく少し空気が軽くなった。


「じゃあ、私たちは部屋に戻るね」

と香織が言う。


「うん」

と千尋も立ち上がる。


「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

「おやすみ」


 二人が部屋を出ていく。


 ドアが閉まる音が、静かに響いた。


 慎也は一人になった自分の部屋で、

 しばらく天井を見上げていた。


 三人で暮らすことと、

 三人で全部を一緒にすることは違う。


 それは、もう理屈ではなく分かった。


 あの夜は失敗ではない。


 ただ、この家に合う距離を知るための、

 一度だけの確認だった。


 その日以来、

 三人で同じ部屋に入ることはなくなった。


 でも、それで何かが減ったわけではない。


 むしろ、

 今の距離の方が自然だった。


 近すぎず、

 離れすぎず。


 ちょうどいいところまで一緒にいる。


 この家に合っていたのは、

 たぶんそのくらいの距離だった。

あとがき


慎也のひとりごと



 思っていたのと全然違っていた。


 正直、それが一番近い。


 千尋が言っていた。


「失敗したんじゃない、経験しただけだって」


 あれ、どこかで聞いたことがあると思った。


 あとで思い出した。


 無職転生だ。


 ……なんで千尋が、あのセリフを知っているんだろう。


 香織はたぶん知らない。


 千尋も、そういうのを見るタイプには見えない。


 でも、知っていた。


 もしかして千尋、隠れアニオタなのか。


 いや、まさか。


 でも、少しありそうで怖い。


 それにしても、ルーデウスはすごい。


 嫁三人を相手にして、普通に成立させている。


 僕には無理だ。


 少なくとも、同じ部屋で三人は無理だった。


 あれはたぶん、才能とか体力とか以前に、

 人間としての向き不向きがある。


 僕たちには、今くらいがちょうどいい。


 失敗したんじゃない。


 経験しただけだ。


 そういうことにしておく。

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