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サイショードーキョ(妻妾同居) 〜妻と元カノと三人で暮らしたら、家族が増えていった話〜  作者: カトーSOS


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第26.3話 商品と動線

挿絵(By みてみん)


第26.3話 商品と動線


 商品が入ってくると、店は急に“店らしく”なる。


 空だった棚に色がつく。

 飲料のラベルが並ぶ。

 菓子のパッケージが揃う。

 雑誌棚に誌面が立つ。


 見た目だけなら、この瞬間が一番それっぽい。


 だから、ここで人はまた勘違いする。


 高木さんも、その勘違いをしかけていた。


「やっぱり、商品入ると違いますね」


 台車で運び込まれた段ボールを前にして、高木さんが言う。


「やっと“店”っぽくなってきた」


「っぽく、ですね」


 俺がそう返すと、高木さんは苦笑いした。


「まだ言いますか」


「まだ言います」


 商品搬入の日は忙しい。


 段ボールが次々入ってくる。

 飲料、菓子、カップ麺、雑貨、レジ横商材。

 全部、置く場所があるようで、実際にはまだ決まりきっていない。


 ここで感覚で並べ始めると、あとで全部死ぬ。


 高木さんは飲料の箱を開けながら、一本の新商品を手に取った。


「これ、前に出したいんですよね」


 ラベルの派手な炭酸飲料だった。


「目立つし、売れそうでしょ」


「売れるかもしれません」


「じゃあ、ここかな」


 高木さんは冷蔵ケースの中央付近を指差した。


 視線は集まる。

 たしかに“見栄え”はいい。


 でも、俺はすぐに首を振った。


「それだと補充できないです」


「え?」


「その位置、定番が抜けると面倒です」


 高木さんが怪訝そうな顔をする。


「いや、でも目立った方がよくないですか」


「見た目だけなら」


「見た目だけって……」


 俺は冷蔵ケースの前に立った。


「この位置、よく売れる定番が入る場所です」

「補充頻度が高い」

「つまり、店の人間が一番触る場所でもある」


 指で棚の位置をなぞる。


「そこに変な商品を置くと、前は派手でも、裏で死にます」


「裏で死ぬ?」


「補充の流れが悪くなるってことです」


 高木さんはまだ少し納得していない顔だった。


 見た目は大事だ。

 それは間違っていない。

 だが、見た目だけで決めると、店はすぐ詰まる。


「売るって、前に出せばいいって話じゃないです」

「取りやすい」

「戻しやすい」

「補充しやすい」

「その全部で決まります」


「そこまで考えるんですか」


「全部そこです」


 高木さんは飲料を手にしたまま黙った。


 少し反発もある顔だ。

 自分の店なのに、自由に置けないことへの小さな不満もあるのだろう。


 それは普通だ。


 だが、普通だからといって認めるわけにはいかない。


「じゃあ、どこがいいんですか」


 ようやく聞いてきた。


 そこで初めて、話が前に進む。


「それは“何を売りたいか”じゃなくて、“どう回すか”で決めます」


 俺は冷蔵ケース全体を見せる。


「定番は手前」

「売れ筋は視線の高さ」

「新商品は見せたいけど、補充の邪魔にならない位置」

「動く人間の手を止めない」


「……」


「目立つ場所は、客のためだけじゃないです」

「店の人間にとっても、触りやすい場所じゃないと困る」


 高木さんは小さく息を吐いた。


「見た目だけで置くと、裏で死ぬ、か……」


「そうです」


 その一言は少し残ったらしい。


 飲料の並びを少し変える。

 菓子の棚も触る。

 レジ横のフックも位置をずらす。


「これもですか?」


 高木さんが小袋の菓子を見ながら聞く。


「それもです」


「レジ横って、好きに置いていい場所じゃないんですね」


「むしろ一番理由がいる場所です」


 レジ横は何となく並べると悲惨になる。

 売れない。

 邪魔。

 補充しにくい。

 三拍子揃う。


「そこは“置ける”じゃなく、“動かせる”で見てください」


「……難しいですね」


「難しいです」


 だが、高木さんはもうさっきほど反発していなかった。


 言われた通りに並べ替えてみる。

 ケースの中が整理される。

 棚の通りが少しすっきりする。

 バックヤードから出てきたときの動きも、確かに想像しやすくなる。


 そういう変化は、現場を見れば分かる。


 理屈だけではない。


 雑誌棚の前でも同じことが起きた。


「これ、表紙が見えるようにしたいんですよ」


「いいです」

「でも、通路幅は削らないでください」


「少しくらいなら……」


「少し削ると、台車が止まります」


「……」


「人一人が通れる、じゃ足りないです」

「補充する人間が通る」

「商品を持ったまま曲がる」

「それで初めて幅です」


 高木さんが通路を見た。


 さっきまで“客が歩く場所”としてしか見ていなかった目が、

 少しだけ“店が動く場所”を見る目に変わる。


 その変化は、小さいけれど確かだった。


 昼を回る頃には、店内はかなりコンビニらしくなっていた。


 飲料が並び、

 菓子が整い、

 雑誌棚も立ち、

 レジ横もそれっぽい。


 だが、俺が見ているのは見栄えではない。


 歩けるか。

 取れるか。

 戻せるか。

 詰まらないか。


 そこだ。


 高木さんは少し離れた場所から棚全体を見ていた。


「なんか……」


「何ですか」


「さっきより地味になった気がするんです」


「そうですね」


「でも、動きやすい感じはします」


「そうです」


「それって、両立しないんですか」


 いい質問だった。


「両立します」

「でも順番があります」


「順番?」


「先に回る形を作る」

「見せ方はその中でやる」


 高木さんは、そこでようやく静かに頷いた。


 最初に見栄えを取ると、運用が死ぬ。

 先に運用を通せば、見せ方は後から整えられる。


 それだけのことなのだが、

 初めて店を持つ人間には、その順番が分からない。


 だから現場で覚えるしかない。


 高木さんは、飲料棚の前に立ってしばらく黙っていた。


 それから、小さく言った。


「きれいに見えるかどうかじゃなくて、回るかどうかなんですね」


「そうです」


 俺は短く返した。


 その一言で、今日は十分だった。


 全部分かったわけじゃない。

 まだ実際に客も来ていない。

 補充も始まっていない。


 でも少なくとも、

 “きれいに見える店”と“回る店”が同じではないと知った。


 それは大きい。


 高木さんはもう一度、棚を見回した。


 今度の目は少し違った。


 飾りを見る目じゃない。

 流れを探す目だった。


 その変化を確認して、俺は次の段ボールを開けた。


 店は、こうやって少しずつ現実になる。

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