第26.1話 開業という仕事
第26.1話 開業という仕事
面接から三日後。
同じテーブルに、今度は分厚い資料が並んでいる。
「今日は、全体の流れを説明します」
そう言って、ファイルを一冊手前に引く。
高木は少し身を乗り出した。
「よろしくお願いします」
前回よりも声に力がある。
やる気はある。
ただ、それだけで回るほど甘くはない。
「まず、開店日から逆算します」
カレンダーを開く。
「ここがオープン予定日です」
「はい」
「ここから、全部逆に積み上げていきます」
ペンで日付をなぞる。
「この週に商品搬入」
「その前に棚配置確定」
「その前に什器設置」
「その前に内装工事完了」
「その前に契約関係の最終確定」
「……」
高木の視線が、徐々に追いつかなくなる。
当然だ。
順番を知らない人間にとって、これはただの羅列にしか見えない。
「で、この間に」
ページをめくる。
「スタッフ採用」
「研修」
「発注システムの習得」
「各業者との調整」
「役所関係の手続き」
「……」
高木が小さく息を吐く。
まだ言っていないことも山ほどある。
だが、全部並べても意味はない。
潰れるだけだ。
「やること、多すぎませんか」
来たな。
「多いですよ」
即答する。
ごまかさない。
「これ……全部、今やるんですか」
「全部同時じゃないです」
「でも、全部必要ですよね」
「必要です」
間を置く。
「でも、全部を同時に持つと潰れます」
「……」
高木は黙る。
理解しきれていない顔だ。
ただ、否定はしていない。
「今、優先するのはここです」
ペンで一点を叩く。
「契約と、スケジュールの確定」
「これがズレると、全部ズレます」
「……はい」
声が少し小さくなる。
「逆に言えば」
「ここさえ押さえれば、他は後から調整できます」
「そうなんですか」
「そうしないと、回りません」
資料を閉じる。
高木の手元には、まだ整理されていない紙の束がある。
視線がそこに落ちる。
「……正直」
ぽつりと漏れる。
「思ってたより、大変ですね」
「そうですね」
否定しない。
軽くもしない。
「もっとこう……」
言葉を探すように、少しだけ空を見てから、
「夢がある感じかと思ってました」
少し笑う。
苦笑いに近い。
この段階で、その言葉が出るのは悪くない。
まだ逃げていない証拠だ。
「夢はありますよ」
短く返す。
「ただ」
高木が顔を上げる。
「回り始めてからです」
「……」
その言葉を、そのまま受け取る。
まだ完全には分かっていない。
だが、引っかかってはいる。
それでいい。
最初から全部理解する必要はない。
というより、無理だ。
現場を通らないと分からない。
「じゃあ、次いきます」
ページをめくる。
「スタッフ採用の締切はここです」
「ここを過ぎると、研修が間に合いません」
「はい」
高木は、さっきより少しだけ真剣な顔で頷く。
さっきまでの“店を持つ”顔ではない。
“やらなきゃいけないことに向き合う顔”だ。
変化としては、十分だ。
まだ始まったばかりだが。
この先、何度も崩れる。
そのたびに、拾って、直して、また崩れて。
そうやって、ようやく回る形になる。
店は、説明では回らない。
回しながら覚えるしかない。
その最初の一歩としては――
悪くない。




