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サイショードーキョ(妻妾同居) 〜妻と元カノと三人で暮らしたら、家族が増えていった話〜  作者: カトーSOS


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第23話 朝の役割

挿絵(By みてみん)


第23話 朝の役割


 朝の流れというものは、一度できると、あとは勝手に形を持ち始めるらしい。


 そんなことを、僕は最近になって知った気がする。


 しかも、それは香織との夫婦二人暮らしで覚える種類のものではなかった。


 むしろ二人暮らしのときは、朝は慌ただしかった。


 香織が朝食の準備をしているときに、僕は身支度をして、

 できたご飯をかきこんで、コーヒーを飲むどころか後片付けもせずに慌てて駅に向かっていた。


 千尋が加わった三人で暮らし始めてから、全く変わった。


 数日経っただけなのに、朝の支度は以前より明らかに滑らかになっていた。


 それがなんだか落ち着かなかった。

 

 朝、目が覚める。


 顔を洗う。


 着替える。


 そこまでは別に変わらない。


 変わったのは、その間に家の中で別の流れが同時に動いていることだった。


 キッチンから音がする。


 卵を溶く音。

 菜箸が器の中を打つ軽い音。

 味噌汁の鍋が温まる気配。

 炊飯器の蓋が開く音。


 リビングへ出ると、香織がキッチンに立っていた。


 フライパンの前で、だし巻き卵を巻いている。


 千尋は食卓の方にいて、小皿や箸を並べていた。


「おはよう」


 香織が先に言う。


「……おはよう」


 僕も返す。


 千尋が振り返る。


「おはよう」


「おはよう」


 たったそれだけの挨拶なのに、もう朝の一部として馴染んでいる感じがした。


 そこが思っていたのと全然違っていた。


 妻妾同居、いや別に千尋を妾とか思ってないから、

 あえてカタカナでサイショードーキョと言うべきか。


 もう少しぎこちなかったり、わだかまりができたりするかもと思っていた。


 しかし現実にこの馴染み様、まだ早いだろ、と思う。


 こんなにすぐ“朝の形”なんてできるものなのか。


 香織がだし巻き卵を皿に移しながら言う。


「慎也、ゴミお願い」


「うん」



 お願い、の一言で自然に役割が回ってくる。



 香織は朝食を作っている。

 千尋は配膳している。

 外へ出られるのは僕だ。



 僕はキッチンの脇に置いてあるゴミ袋を見る。


 今日は月曜。

 可燃ごみの日だ。


 生ごみの袋はもうまとまっている。


 横には資源ごみ用に分けられた袋も置いてあった。

 ペットボトル。

 缶。

 ビン。

 紙。


 今日は出さない。

 でも次の火曜に向けて、もう分けてある。


 こういうのは僕が一番気になる。


 可燃は月と木。

 資源は火。

 不燃は月一。


 不燃は特に厄介だ。

 忘れるとそのまま来月に回る。


 だから曜日は僕が把握している。


 誰に言われたわけでもない。

 でも、たぶんそこを一番うるさく気にするのは僕だ。


 ペットボトルはフィルムを剥がす。

 缶は潰す。

 紙は紙でまとめる。


 こういう細かいことを、僕は毎朝のどこかで確認している。


「今日、可燃だよね」


 千尋が配膳しながら言う。


「うん、可燃」

「資源は明日」


 僕が答えると、千尋が少し笑った。


「やっぱり覚えてる」


「覚えちゃうよ。担当だからな」


 言ってから、自分で少し妙な気分になる。


 担当。


 そんな言い方をすると、まるでこの家の運用表に自分の名前が書いてあるみたいだった。


 香織が振り返る。


「不燃、次いつだっけ」


「来週の水曜」

「だから忘れると面倒」


「頼りになる」


 軽くそう言われて、僕は少しだけ眉をひそめる。


 褒められているのか、面倒を押しつけられているのか、よく分からない。


 でも、たしかにそこを気にするのは僕だ。


 食事の準備をしているうちに、

 ゴミ袋を持って玄関を開ける。


 外の空気が少し冷たい。


 集積所へ向かう。


 ゴミを出す。


 その足で郵便受けを開ける。


 チラシ。

 水道料金の封筒。

 香織宛の何か。

 千尋宛の封筒。

 僕宛の明細。


 まとめて持ち帰る。


 家に戻って、玄関で靴を脱ぐ。


 郵便物を立ったまま分ける。


 自分の分。

 香織の分。

 千尋の分。


 それぞれを、各部屋の入口に置いていく。


 自分がこの家の“外との接点担当”になっている気がした。


 嫌ではない。


 まだ少しだけ時間に余裕がある。


 風呂掃除、やっておくか。


 誰に言われたわけでもない。

 でも、やった方がいいのは分かる。


 そういう“やった方がいい”が、この家には少しずつ増えている気がした。


 僕は風呂場へ入って、浴槽をさっと流し、スポンジをかける。

 壁にシャワーを当て、排水口も軽く見る。


 ほんの数分。


 でも、これももう朝の流れの中に入り始めている気がした。


 風呂場を出ると、香織が少し驚いた顔をする。


「やってくれたの?」


「時間あったから」


「助かる」


 その一言が、妙にまっすぐだった。


 僕は何も言わずに頷いた。


 千尋が味噌汁のお椀を並べながら言う。


「コーヒー、お願い」


 僕はコーヒーメーカーの前に立つ。


 うちのコーヒーは豆じゃない。

 挽いた粉を買ってきて、それをコーヒーメーカーで落とす。


 朝は基本、三杯分作る。


 僕は絶対飲む。

 香織はコーヒーの日もあれば、トマトジュースの日もある。

 飲むならコーヒーと牛乳半分のカフェオレだ。

 千尋は基本ミルク。

 たまに香りづけ程度に、少しだけコーヒーを入れる。


 だから三杯分作っても、少し余る日が多い。


 その残りは、僕がペットボトルに入れて冷蔵庫にしまう。

 帰ってきてから、アイスコーヒーとして飲むためだ。


 ペットボトル飲料の大半はトマトジュースだ。

 香織がよく飲む。

 僕も千尋も時々飲む。


 だから資源ごみの日のペットボトルは、だいたいトマトジュースのものになる。


 生活の中身が、少しずつ家の色になっている。


 それもまた、変に現実的だった。


「香織、今日はどっち?」


 僕が聞く。


「トマトジュースにする」


「千尋は?」


「ミルク」

「ちょっとだけもらうかも」


「了解」


 誰も

「今日の担当はこれね」

とは言わない。


 なのに回る。


 決まっているわけじゃなくて、向いている方に流れているだけなんだろう。


 だからこそ戸惑う。


 生活が勝手に最適化されていく感じがする。


 僕はコーヒーのスイッチを入れながら、横目で二人を見た。


 香織は味噌汁の鍋を火から下ろしている。

 千尋は何も言わずに醤油を寄せる。


 呼吸が合いすぎている。


「……なんでそんな自然なんだよ」


 今度は本当に口に出た。


 香織が顔を上げる。


「何が?」


「何が、じゃなくて」

「何でそう、何も相談してないみたいな顔で回るんだよ」


 千尋が少し考える顔をした。


「相談してないわけじゃないけど」


「してるのかよ」


「全部を細かくじゃないよ」

「でも、だいたいこうかな、っていうのはあるでしょ」


 香織があっさり言う。


「あるかなあ……」


「あるよ」


 即答だった。


 僕は少しむっとする。


「慎也が見てないだけで」


 千尋がそう言って、コップを並べる。


 その一言に、僕は何とも言えなくなる。


 たしかに見ていないのかもしれない。


 でも、見ていないだけで、そこまで全部進むのか。


 それにもまだ、僕は追いつけていなかった。


 三人で食卓につく。


 だし巻き卵。

 味噌汁。

 ご飯。

 簡単なおかず。


 ただそれだけなのに、

 僕の家の食卓に三人が座っているという事実だけで、まだ少し妙な気分になる。


「いただきます」


 三人の声が少しずれて重なる。


 食べ始めると、今度は食べる速さまで何となく揃ってくる。


 これにも、まだ慣れなかった。


 そんなところまで合ってくるなよ、と思う。


 千尋がだし巻き卵を一口食べて言う。


「おいしい」


「よかった」


 香織が答える。


 僕はそのやり取りを聞きながら、ご飯を口に運んだ。


 おいしい。


「あれ? 少し味が変わった?」


 僕は香織に言う。


「千尋も手伝ってくれるから、ひと手間加えたの」


 なんだか、食事も少し質が向上したらしい。


 しかし、本質はそこじゃない。


 中身は普通じゃない。


 普通じゃないのに、朝食だけ見ると、充実した家みたいに進む。


 そのズレがずっと腑に落ちない。


 食べ終わる頃には、コーヒーもいい温度になっていた。


 僕は立ち上がる。


 まず自分の食器をシンクへ持っていく。

 軽く水で流して置く。


 千尋も同じように、自分の食器を軽くすすいでシンクに置く。


 僕は後ろを振り返る。


「これでいいのか?」


「うん」


 香織が答える。


「あとで私が食洗機入れるから」

「二人は出勤の支度あるでしょ」


 その言い方も自然だった。


 香織はパートの日もあるが、出勤は僕と千尋より遅い。

 だから最後の片付けは香織が回収する。


 理屈は分かる。


 分かるから、余計に落ち着かなかった。


 生活がうまく組まれすぎている。


 外との接点担当になること自体は、本当に嫌ではなかった。


 やった方がいいことをやっているだけだし、

 誰かに無理やりやらされているわけでもない。


 でも、納得しきれているわけでもない。


 感情ではまだ追いついていないのに、

 生活の流れとしては妙に自然なのだ。


 数日でこうなるのか、と思う。


 三人で住み始めて、

 まだ何もかもが落ち着いたわけじゃない。


 なのに日常の表面だけ見れば、

 朝食を作る人、

 準備する人、

 ゴミを仕分けて出す人、

 郵便を回収して分ける人、

 そういう位置が勝手に整っている。


 変だ。


 僕は鞄を肩に掛けながら、心の中であらためてそう思った。


 絶対、どこかで揉めるはずだ。


 今はたまたま回ってるだけだ。


 こんなに滑らかにいくわけがない


 でも、リビングへ戻れば、

 香織はもう食洗機の前にいて、

 千尋は上着を手に取っている。


 その“もう回っている感じ”を見た瞬間、

 僕はまた少しだけ、置いていかれたような気分になった。


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