第38話 誠実さと執着と
震える声で誓いを立てると、アズールは壊れ物を扱うような手つきで、わたしを抱き寄せた。
重なる唇。
ブレイズの嵐のようなキスとは違う。
震えていて、恐る恐るで、けれどどうしようもなく渇いた口づけ。
彼の唇が、わたしの輪郭を確かめるように、何度も、何度も角度を変えて押し当てられる。
まるで、正解を探す迷い子のよう。
「ん……」
唇が名残惜しげに離れると、至近距離で彼の青い瞳が揺れているのが見えた。
そこには、隠しようのない焦燥と、怯えにも似た色が滲んでいる。
「……ミリア、さん。……正直に、言います」
耳元で、彼の吐息がくすぐったい。
「ボクには……経験が、ありません」
「……え?」
彼は恥ずかしさに耐えるように、わたしの肩に顔を埋めた。
彼の体温が、服越しにじわりと伝わってくる。
「だから……兄さんのように、上手く喜ばせることは、できないかもしれない」
彼は悔しそうに唇を噛み、それから、縋るようにわたしを見つめた。
「でも……ボクなりに、精一杯、あなたを愛します。ボクの持てる全ての熱で、あなたの恐怖を塗りつぶしてみせる。……それでも、いいですか?」
その不器用で、痛いほど誠実な告白が、凍えていたわたしの胸の奥をじわりと温める。
わたしは彼の首に腕を回し、その頬に額を押し付けた。
「……いいわ」
今のわたしに必要なのは、巧みな手管じゃない。
わたしという存在を繋ぎ止めてくれる、確かな「質量」と「想い」だ。
「お願い、アズール。わたしを……壊れるくらいに愛して」
許可を与えた瞬間、彼の手が動いた。
震える指先が、わたしの形を確かめるように表面を滑り落ちていく。
もどかしいほどゆっくりと。けれど、決して途中で止まることはなく。
「……ミリアさん」
溜め息のような、手繰り寄せるような呼びかけ。
彼はわたしの左手を取り、その指先――小指の爪先に、恭しく口づけた。
——!
予想外の刺激に、背筋が跳ねる。
彼は、薬指、中指と、一本ずつ丁寧に、祈りを捧げるように口づけていく。
指先から伝わる彼の唇の熱さが、痺れとなって腕を駆け上ってくる。
「アズール、そこは……」
「……指先は、感覚神経が集中している部位です。ここから、あなたの感覚をボクで上書きしていきます」
彼は真面目な顔でそう解説しながら、今度は手首の内側、脈打つ薄い皮膚に唇を押し当てた。
くすぐったさと、湿った熱気が、血管を通って全身に広がる。
わたしの反応が良い場所を見つけると、彼は執拗に、徹底的にそこに熱を注ぐ。
理屈っぽい彼らしい、けれど驚くほど執着心に満ちた接触。
二の腕の内側、鎖骨のくぼみ。
彼が見つけ出した「弱点」に、唇を押し当て、肌を吸い上げる。
ちゅ、ちゅぅ……。
肌に吸い付かれる感覚。
痛み。けれど、それ以上に甘い痺れが脳髄を駆け上がる。
彼はわたしの肌に、自分の所有の証を刻み込もうとしている。
ブレイズにも、誰にも渡さないと主張するように。
ドクドクと。
強く抱きしめられ、彼の心音が直接わたしの胸に響いてくる。
その鼓動の早さと熱さが、わたしの中に残っていた「虚ろな恐怖」を、鮮烈な「愛の質量」へと塗り替えていく。
「ミリアさんッ……!」
ああ……熱い……。
身体が、熱で浮かされるようだ。
「アズールッ……」
「ごめんなさい……でも、止まれませんッ……」
冷徹で理知的な賢者様が。
計算も効率もかなぐり捨てて、ただ本能のままにわたしを求めてくる。
強く抱き締められるたびに、わたしの内側に巣食っていた冷たい恐怖が、彼の体温で上書きされていく。
鈴の音も、闇の記憶も、すべてが彼の鼓動にかき消されていく。
「いかないで……どこにも、行かないでください……!」
泣きそうな声で、彼はわたしの耳元で懇願する。
その言葉が、わたしの魂を縫い止める。
「……ええ。わたしは、ここよッ!」
冷たい闇の底から、彼の熱がわたしを引きずり上げてくれる。
わたしも彼にしがみつき、その背中に爪を立てた。
もっと。もっと強く。わたしを繋ぎ止めて。
世界から音が消え、ただ彼とわたしの鼓動だけが重なり合う。
わたしたちの意識は、甘く蕩けるような微睡みの中へと、一つに溶け合っていった。




