第34話 新しい力
「約束通り、仕上げてやったぞ。……俺の、生涯最高の仕事をな」
ヴァルガスが顎でしゃくり、作業台の布が解かれる。
そこにあったのは、美術品に近い輝きを放つ三つの『命』。
「……こいつは……」
ブレイズが手を伸ばしたのは、背丈ほどある黒鉄の大剣。赤熱した溶岩のようなルーンが脈打つ。
彼が片手で振り回し、空を切る。
ブォンッ!!
空気が悲鳴を上げた。
「……すげえ。振るう瞬間までは軽いが、インパクトの瞬間、岩みてえに重くなりやがる」
「重力制御のルーンだ」
ヴァルガスがニヤリと笑う。
「遠心力を破壊力に変換する回路を組んだ。てめえの馬鹿力に耐え、威力を倍増させる破壊の化身だ。『大地割り(ガイア・ブレイカー)』それがこいつの名前だ」
「ハッ!最高だぜ、親父!」
ブレイズは目を輝かせ、剣の腹を愛おしげに撫でた。
次いでアズールが優雅に杖を手にする。白銀のボディ、青い宝石。
魔力を通すと宝石が発光し、あたりが冷気を帯びた。
「……信じられない。魔力の伝導率がほぼ理論値通りだ」
「そいつは『蒼天詠み(スカイゲイザー)』だ。ノイズを排除し、純粋な『意図』だけを現象にするよう調整してやった」
「……非の打ち所がない。これならボクの計算速度に現実が追いつけます」
アズールはうっとりと杖を眺め、恭しく一礼した。
わたしの前には一対の双剣。
右は長く重心があり、左は短く軽い。
震える手で柄を握る。
ドクン。
心臓が跳ね、全身の神経が剣先まで拡張された感覚。
重さも異物感もなく、最初から身体の一部だったかのように馴染む。
「……すごい」
手首を返すだけで描かれる銀色の軌跡。どんな装甲も障壁も切り裂ける確信。
「『流星刃』と『星屑』。……お前さんの剣には特別に『共鳴』のルーンを仕込んだ」
ヴァルガスが照れくさそうに頬をかく。
「お前の中に眠るデカすぎる魔力を剣が吸い上げ、刃に変える。感情が高まるほど切れ味は増すはずだ」
暴走のリスクを抱える私への安全装置であり、最強の牙。
「……ありがとう、ヴァルガス」
双剣を抱きしめる。
金属は冷たいはずなのに、彼の親心のような温もりを感じる。
「へっ、湿っぽいのは性に合わねえよ」
ヴァルガスはそっぽを向いた。
「いいか、そいつらは俺の魂だ。……簡単にくたばって、安売りするんじゃねえぞ」
「ええ、約束するわ」
◇
工房を出て、帝都の石畳を歩きながら、わたしは隣を歩くアズールの持つ杖、『蒼天詠み』に視線を釘付けにしていた。
「……やっぱり」
わたしはアズールの手元に顔を近づけ、興奮気味に杖の柄に刻まれた文字を指先でなぞった。
「これ、接続詞を極限まで省略して、魔力の伝達速度を上げているのね」
「ご明察です、ミリアさん」
アズールが嬉しそうに目を細め、同意する。
「ヴァルガス氏は、魔術理論など知らないはずなのに……経験則だけでこの『圧縮言語』に辿り着いたというのですから、恐ろしい」
「本当ね。私の短剣も、魔力の逃げ道を作って暴走を防ぐ安全弁にする発想なんて、鳥肌が立つわ……!」
「実に合理的かつ芸術的だ。ボクたちの理論が陳腐に見えるほどの完成度ですね」
わたしたちは顔を見合わせ、感嘆のため息を漏らした。
楽しい。
この知的な興奮を共有できる相手がいることが、こんなにも心地いいなんて。
二人だけの世界に入り込み、熱っぽく語り合っていた、その時だった。
グイッ。
不意に、腰に回された太い腕に、強引に身体を引き寄せられた。
「……っ、きゃ!?」
世界が反転する。
目の前に現れたのは、不機嫌そうに目を細めた黄金のライオンだった。
「おい。俺を置いてけぼりにして、二人で盛り上がってんじゃねえよ」
「ちょっと、ブレイズ!いきなり何を……んっ!?」
抗議の言葉は、強引に重ねられた唇によって塞がれた。
路上だというのに、彼は躊躇わない。
熱い。
彼の唇が、舌が、わたしの思考を乱暴に侵略してくる。
アズールとの知的な会話で冴え渡っていた脳が、一瞬で彼の熱に溶かされ、甘く痺れていく。
「ん……ぁ……」
抵抗すべきなのに。
腰に回された太い腕の力強さと、鼻腔をくすぐる雄の匂いに、わたしの身体は嘘をつけない。
足から力が抜け、無意識に彼の胸板に刻まれた傷に指を這わせてしまう。
ああ、悔しいけれど……この強引さが、たまらなく好きだ。
とろりとした銀の糸を引いて唇が離れた時、わたしはすっかり骨抜きにされ、彼の胸に寄りかかっていた。
「……はぁ……、馬鹿、みんな見てるじゃない」
わたしが潤んだ瞳で睨むと、ブレイズはニカッと勝ち誇ったように笑った。
「見せときゃいいんだよ。お前が誰の女か、よく分かるようにな」
彼は悪びれもせず、わたしの腰を抱き寄せる力を強めた。
挑発的な視線を、わたしの背後にいるアズールへと向けている。
アズールは無表情のまま、冷ややかにこちらを見ている。
「……野蛮ですね、兄さん。往来での発情行為など、品位を疑いますよ」
声は平坦だ。
けれど、杖を握るその指の関節が白く浮き上がっているのを、わたしは見逃さなかった。
その瞳の奥で、静かな、けれど激しい嫉妬の炎が揺らめいている。
……ふふ。二人とも、可愛いんだから。
わたしは二人の間に入り、それぞれの背中をバンッ!と叩いた。
「はいはい、そこまで!」
わたしは新しい双剣『流星刃』と『星屑』の柄に手をかけ、不敵に微笑んだ。
「それより、せっかくの新しい『牙』よ?試し斬りしなきゃ嘘でしょう?」
わたしは二人の顔を交互に見つめ、悪戯っぽく提案した。
「行きましょう、ローザのところへ。この子たちの切れ味を試すのに丁度いい、手頃で骨のある依頼を見繕いにね!」




