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第33話 遺跡喰らいのファンシーマップ

「へえ、ヴァルガスの爺さんの依頼で『沈黙の炉』へ行ってきたの?だったら当然、あるわよねェ?」


カウンターに新しいグラスを滑らせながら、ローザがブラシのようなつけまつげを揺らして問いかけてきた。

わたしはグラスを受け取り、ニヤリと口角を吊り上げた。


「愚問ね、ローザ。わたしを誰だと思っているの?」


わたしは懐から、帰りの道すがら記憶を頼りに仕上げた羊皮紙の束を取り出し、カウンターに広げた。

インクの匂いが微かに香る、出来たての地図だ。


「『沈黙の炉』最下層までのルート、および古代ドワーフの昇降機構造図よ。罠の制御構造も書き加えておいたわ」


「流石ねェ!仕事が早い!それに……今回も傑作ね!」


ローザが目を輝かせて地図を覗き込む。

その横から、炭酸水をちびちび飲んでいたアズールも身を乗り出した。


「……素晴らしい」


彼は地図をうっとりと眺めながら感嘆の息を漏らした。


「縮尺の正確さはもちろんですが、特筆すべきはこのルーン文字の転写精度だ。魔力回路の微細な欠損まで完璧に記録されている。……以前、ボクが匿名で買い取っていた『陽光の回廊』や『月見の丘』の調査書もそうでしたが、あなたの製図能力と観察眼は、賢者の塔の専門家すら凌駕していますよ、ミリアさん」


「あら、ありがとう。賢者サマに褒められるなんて光栄だわ」


素直に嬉しい。

自分の専門分野を、同レベルの知識を持つ相手に評価されるのは、プロとして何よりの喜びだ。

アズールは熱心に地図を目で追っていたが、ふと、紙の端にある余白部分で視線を止めた。

そして、みるみるうちに眉間に深い皺を刻んでいく。


「……しかし。これはいただけない」


彼は冷ややかな視線を、隣でエールを煽っていたブレイズに向けた。


「兄さん。ミリアさんの完璧な地図に、勝手な落書きをするのはやめていただけますか?」


「ああん?何の話だよ」


「とぼけないでください。ここですよ、ここ」


アズールが指差したのは、地図の余白にわたしがメモしておいた、遺跡内を徘徊する「自動防衛人形ゴーレム」のスケッチだ。


「なんですか、この……歪な四角形を適当に積み上げたような物体は。どう見ても失敗した積み木細工でしょう?あまつさえ、なぜこんなつぶらな瞳を描き加えるのです?古代の殺戮兵器に対する冒涜ですよ。全く、あなたのその幼児以下の絵心は昔から変わりませんね」


「ぶっ……!」


ブレイズがエールを吹き出し、腹を抱えて笑い出した。


「くくっ……『失敗した積み木細工』……!ギャハハハ!違げえねえ!」


彼はバンバンとカウンターを叩く。


「アズール、そいつを描いたのは俺じゃねえぞ」


「はっ、見え透いた嘘を。このような稚拙な物体を描く人間が、この場にあなた以外にいるはずがない」


アズールは勝ち誇ったように鼻を鳴らし、さらに追撃の手を緩めない。


「いいですか兄さん。絵画というものは対象の観察から始まるのです。この四角形からは、対象への理解も、敬意も感じられない。あるのはただ、『下手くそ』という事実だけ……」


「……あ、あの、アズール?」


わたしは小さく手を挙げた。

顔から火が出そうだった。

これ以上、彼の口から飛び出す辛辣すぎる芸術評論を聞いていられなかった。


「それ、描いたの……わたしよ」


「……はい?」


アズールの説教がピタリと止まった。

彼はゆっくりと、錆びついた人形のような動きで首を回し、わたしを見た。

そして、地図上の「つぶらな瞳の積み木」と、わたしの顔を数回往復した。


「……ミリア、さんが?」


「ええ。特徴を捉えて、写実的に描いたつもりなんだけど」


沈黙。

永遠にも思える数秒間の後、アズールの額から滝のような冷や汗が噴き出した。


「……おい、賢者様。さっきなんて言った?『稚拙』?『幼児』?『下手くそ』?」


ブレイズが意地の悪い笑みを浮かべ、ニヤニヤしながらアズールを突く。


「ち、ちが……っ!そ、それはっ!!」


彼は裏返った声で叫び、必死に手を振り回し始めた。


「こ、これは写実的なスケッチなどという陳腐なものではなく……そう!対象の『概念』を記号化した、高度な抽象画なのですね!?」


「は?」


「あえて細部を省略し、四角形の集合体として表現することで、ゴーレムという存在の無機質さと構造美を強調している!さらにこの『つぶらな瞳』は、主を失った兵器の哀愁をメタファーとして……す、素晴らしい!なんて深い洞察力だ!」


「……無理があるぜ、アズール」


ブレイズが涙を拭いながら突っ込む。

わたしはムッとして頬を膨らませた。


「なによ。わたしは見たままを描いたのよ。あのゴーレム、関節部分が球体で、光るコアが目のように見えたじゃない。その威圧感を表現するために、あえて線を太くして……」


「もちろん伝わりますとも!その……独特の、ええと、威圧感……?」


アズールは視線を泳がせながら、必死に言葉を選んでいる。その顔には「どう見てもゆるキャラにしか見えない」と書いてあった。


失礼な人たちね。わたしの絵心は完璧なのに。

わたしが不満げにグラスの中身をかき混ぜていると、それまでニヤニヤと様子を伺っていたローザが、追撃するように爆弾を投下した。


「あらァ、アズールちゃんもまだまだねェ。ミリアちゃんの絵の価値が分からないなんて」


「価値、ですか?」


「そうよォ。ミリアちゃんが描いたイラスト付きの地図……マニアの間じゃ『遺跡喰らいのファンシーマップ』って呼ばれて、高値で取引されてるのよォ?」


「……ファンシー?」


わたしはマドラーを落とした。

聞き捨てならない単語が聞こえた。


「ええ。みんな言ってるわよ。『凶悪な魔物を、こんなモチモチしたマスコットみたいに描くセンスがたまらない』『狂気すら感じる癒やしだ』って。前回の『ふわふわコウモリちゃん』なんて、相場の三倍で売れたわよォ」


「…………」


思考が真っ白になった。

マスコット?癒やし?

わたしは、学術的に正確なスケッチを描いていただけなのに。

世間では、「モチモチしたマスコット」として消費されていたなんて。


「……そ、そんな……」


ガクリ、と項垂れる。

今まで積み上げてきた「孤高のトレジャーハンター」としてのプライドが、音を立てて崩れ去っていく気がした。


「ぶはははは!『ファンシーマップ』!最高だなお前!」


ブレイズがわたしの背中をバンバンと叩く。


「……うるさいわね!ほっといてよ!」


わたしは真っ赤になって彼の手を振り払い、カウンターに突っ伏した。

隣でアズールが「だ、大丈夫ですよミリアさん!その独創性こそが芸術です!」と的外れなフォローを入れているのが、余計に傷口に沁みた。



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