第28話 沈黙の炉
『沈黙の炉』と呼ばれるこの場所は、今やその名に反して、鼓膜を劈くような轟音と金属の軋み音に支配されていた。
通路の奥、天井、床下――ありとあらゆる隙間から、錆びついた鉄の塊たちが湧き出してくる。
古代ドワーフが作り上げた自動防衛人形。
「もうッ、数が多すぎるわ!」
「ちっ!害虫駆除の依頼料も請求しとくべきだったぜ!」
先頭を行くブレイズが、大剣を一閃させる。
凄まじい風圧と共に、ゴーレムたちが鉄屑へと変わる。
けれど、破壊したそばから次なる敵が押し寄せてくる。
「強行突破するわよ!昇降機まで走って!」
「了解です!……『氷よ!』」
殿を務めるアズールが杖を振るい、迫りくるゴーレムの足元を凍てつかせて動きを封じる。
わたしたちはその隙を突いて、広大な吹き抜けに設置された巨大な昇降機へと駆けた。
あと少し。あの鉄格子の中にさえ飛び込めば――。
その時だった。
巨大な重装ゴーレムが、死角から突如として姿を現した。
狙いは、魔術に集中していたアズールと、その横を走るわたし。
回避は間に合わない。
「しまっ――」
「させっかよぉぉぉッ!!」
ドォォォンッ!!
視界が黄金の閃光に覆われる。
ブレイズだ。
彼が咄嗟にわたしたちの前へと割り込み、その身を盾にして、重装ゴーレムの巨大な鉄槌を受け止めていた。
「ぐ、ぅッ……!」
「ブレイズ!?」
拮抗したのは一瞬。
ブレイズは咆哮と共に大剣を振り上げ、ゴーレムを真っ二つに粉砕した。
だが、着地した彼の足が、ガクンと崩れ落ちる。
「兄さん!」
アズールの悲鳴に近い声。
ブレイズの太腿から、鮮血が噴き出していた。
鉄槌の衝撃か、あるいは飛び散った破片か。
「……騒ぐな、かすり傷だ!走れッ!」
彼は脂汗を流しながらも立ち上がり、わたしの腰を抱え上げると、強引に昇降機へと放り込んだ。アズールも転がり込む。
ブレイズが操作レバーを叩き折らんばかりの勢いで倒すと、ガコン!と重たい音を立てて、籠が降下を始めた。
「ハッ……ハッ……。ったく、油断も隙もねえな」
ブレイズが床に座り込み、布を裂いて止血を始める。
その傷口を見て、わたしは血の気が引くのを感じた。重傷だ。
わたしたちを庇わなければ、こんな怪我を負うことはなかったのに。
「バカ……!どうしてあんな無茶を」
「へっ、知るか。身体が勝手に動いちまったんだよ」
痛みに顔を歪めながらも、ニカッと笑うその顔。
胸が締め付けられる。
すぐに治療したい。けれど、ここは敵地。
それに、試練はまだ終わっていなかった。
ウゥゥゥン……。
不気味な駆動音が、吹き抜けの空間全体に響き渡る。
昇降機を取り囲む円筒状の壁面。そこに埋め込まれていた無数の装飾が、次々と赤い光を帯びて展開していく。
「……嘘でしょ」
わたしは息を呑んだ。
「迎撃システム……!?全方位から来ます!」
アズールが叫ぶと同時、無数の砲塔から灼熱の光線が一斉に発射された。
ジュッ、ジュワァァァッ!!
「くそッ!『氷の壁よ』!!」
アズールが氷の障壁を展開する。
けれど、熱線の威力は凄まじく、氷の壁は瞬く間に融解し、蒸発していく。
昇降機の籠自体も、直撃を受けるたびにひしゃげ、悲鳴のような金属音を上げている。
「ぐっ……!このままでは蒸し焼きです!」
アズールの額から滝のような汗が流れる。
ブレイズも負傷した足を引きずり、剣で光線を弾こうとするが、数が多すぎる。
このまま最下層に着く前に、わたしたちは籠ごと溶解される。
——考えろ、ミリア。何かあるはずよ。
わたしは恐怖を押し殺し、『遺跡喰らい』としての感覚を研ぎ澄ませる。
熱線、砲塔、魔力の供給ライン。
壁面のさらに奥にある構造体を見透かす。
壁に刻まれたルーンから、魔力の流れを追う。
この無慈悲な防衛システムの心臓部はどこ?
視線が、遥か下方、最下層の床面に吸い寄せられる。
あそこだわ。あの中枢制御ユニットを破壊すれば……!
でも、どうやって?
ここからあそこまでは、まだ数百メートルの距離がある。
昇降機の速度では間に合わない。
砲撃の雨をかいくぐり、一瞬で懐に飛び込む方法は――。
わたしは覚悟を決め、双剣を引き抜いた。
そして、氷の壁を維持するのに必死な背中へと声を張り上げた。
「アズール!!」
「っ、今は手が離せません!」
「いいからわたしを見て!話を聞いて!」
わたしの剣幕に押され、アズールが一瞬だけこちらを振り返る。
その青い瞳を、わたしは真っ直ぐに見つめ返した。
「わたしを飛ばして」
「……は?」
「あなたの風の魔術で、わたしをあそこまで運んで。あれが制御中枢よ。砕けば砲撃は止まるわ!」
わたしの言葉に、アズールが目を見開く。
正気か、と。
この雨のように降り注ぐ熱線の弾幕の中へ、身一つで飛び込むと言っているのだから。
「ふざけんなッ!!」
怒号と共に、わたしの腕が強烈な力で掴まれた。
ブレイズだ。
彼は痛む足を引きずりながら、鬼のような形相でわたしを睨みつけている。
「駄目です、ミリア様!」
アズールもまた、悲痛な叫びを上げる。
「リスクが高すぎます!貴女をみすみす死なせるような作戦など、断じて承服できません!」
わたしは二人の手を振りほどき、その瞳を交互に見据えた。
「聞いて。ブレイズ、あなたの足じゃ間に合わない。アズール、あなたが飛び出せば、誰がここを守るの?」
「だからって、お前を……!」
「あなたたちだから、言ってるのよ!」
わたしの剣幕に、二人が息を呑む。
わたしは一歩踏み出し、ブレイズの胸にある傷跡に手を当てた。
「ブレイズ。あなたはわたしを守ってくれた。だから今度は、わたしがあなたたちを守る番よ」
そして、アズールに向き直り、その震える肩を掴んだ。
「アズール」
「……っ」
「できるわ。あなたなら」
アズールの瞳が揺れる。
リスク計算。成功確率。彼の脳内で、瞬時に無数の計算が行われているのが分かる。
恐怖と、葛藤。
けれど、わたしの瞳にある揺るぎない信頼を見て、彼の中で何かが決まった。
「……信じられない人だ。……ボクに、貴女の命を預けると?」
「ええ。預けるわ。……わたしの全てを」
その言葉に、アズールは大きく息を吸い込み、覚悟を決めたように杖を構え直した。
「……分かりました」
恐怖でも迷いでもない。
わたしへの絶対的な忠誠の色を宿して。
「ボクの風は、貴女を傷つけるもの全てを弾き飛ばし、必ず目的地へと送り届けます。行ってください、我が女王!」
「ええ、行ってくるわ!」
アズールの杖から放たれた爆発的な風が、わたしの身体をふわりと包み込んだ。




