第18話 抜け駆けデート(1)
「おい、こっちだ。早くしろよ」
『Rosa's Nest』の重厚な木の扉をくぐり抜けた瞬間、ブレイズがわたしの手首を掴み、強引に反対方向へと歩き出した。
「ちょっと、ブレイズ!そっちは逆方向よ。アズールが待って……」
「だから急いでんだよ。あのインテリ野郎に見つかる前にずらかるぞ」
わたしの手を引きながら、彼はずんずんと裏通りを進んでいく。
「あいつを撒く。今日は俺とお前だけの仕事だ」
ブレイズは悪戯に成功した子供のような顔でニカッと笑うと、迷路のような路地裏を、再び我が物顔で歩きはじめる。
わたしは呆れつつも、彼の大股についていくために足を速めた。
◇
迷路のような裏路地を抜け、帝都の城壁を出てしばらく歩いた森の中。
ようやく足を止めたブレイズは、腹を抱えて笑い出した。
「上手くいったな!今ごろあのすました顔を歪めて、地団駄を踏んでるぜ!」
「……最低ね、あなた」
わたしは呆れた声を出しながらも、口元が緩むのを止められなかった。
あのアズールを出し抜くなんて。
完璧主義の彼のことだ。わたしたちがいつまで経っても現れないことに気づいた時、どんな顔をするのか。……少し、見てみたかった気もする。
「……で?どういうことか説明してもらえるかしら。アズールを出し抜いてまで、何を企んでいるの?」
ブレイズは腰のポーチから一枚の羊皮紙を取り出し、わたしの目の前でひらつかせた。
「これを見ろよ。ローザの店で、お前が席を外している間にこっそり受け取った『極上』の依頼だ」
「極上?」
ひったくるように受け取り、中身を確認する。
依頼内容は『西の岩石地帯における未発見遺跡の調査』。
報酬は、金貨50枚。
相場の倍以上だ。
「……報酬が高すぎるわ。それに、この場所……地殻変動なんて報告されてない場所よ。未発見の遺跡がいきなり露出するなんて不自然だわ」
「ローザも言ってたぜ。『きな臭い匂いがプンプンするわよォ』ってな」
「だったら尚更、アズールの分析力が必要じゃない!なんで置いてきたのよ」
わたしが詰め寄ると、ブレイズはバツが悪そうに、けれど真っ直ぐにわたしを見た。
「……あいつがいると、調子が狂うんだよ」
彼は大きな手で自分の後頭部をガシガシとかいた。
「『効率』だの『リスク回避』だの、ごちゃごちゃ煩ぇだろ。俺はもっとこう、お前の直感と俺の腕っぷしだけで突き進む、あの感じが好きなんだよ」
ブレイズが一歩、わたしに近づく。
その瞳が、熱っぽくわたしを捉える。
「それに……久しぶりに、お前と二人きりになりたかったんだよ。文句あるか?」
「……っ」
あまりに直球すぎる言葉に、用意していた文句が喉に詰まる。
この男は、どうしてこうも恥ずかしげもなく本音を口にできるのかしら。
頬が熱くなるのをごまかすように、わたしは依頼書を彼に押し返した。
「……呆れた。ただの独占欲じゃない」
「おうよ。悪いか」
「悪くはないけど……報酬分は働いてもらうわよ」
「ハッ、望むところだ!」
ブレイズが大剣を担ぎ直し、上機嫌で歩き出す。
その足取りは、いつになく軽やかだ。
「まあ、たまにはこういうのも悪くないわね。」
アズールがいると、確かに効率は良い。
でも、常に論理と効率を説く声が隣にあるのは、時として息が詰まることもある。
それに比べて、ブレイズとの旅はシンプルだ。
あるのは、土の匂いと、森のざわめき。
そして、隣を歩く圧倒的な熱量(体温)だけ。
「へへっ、そうだろ?やっぱり俺とお前は相性がいいんだよ」
気を良くしたブレイズが、自然な動作でわたしの腰に手を回そうとする。
その太い腕が触れるか触れないかの距離で――。
パシッ。
わたしは歩調を崩さず、その手を軽くはたき落とした。
「……ってぇな」
「距離が近すぎるわ、ライオンさん」
わたしは涼しい顔で前を向く。
「二人きりだからって、気が緩みすぎじゃない?」
「ケチくせえなぁ。減るもんじゃねえだろ」
「減りはしないけど、安売りもしないわ。わたしの隣を歩く権利は認めてあげるけど、触れる権利までは譲渡していないもの」
ブレイズは叩かれた手をさすりながら、それでも嬉しそうに喉を鳴らした。
「ハッ、相変わらずガードが堅い女王様だぜ。……ま、そこがそそるんだけどな」
以前のような、ヒリヒリするような緊張感はない。
あるのは、心地よい駆け引きの空気。
彼がわたしを襲うことはないという信頼と、それでも隙あらば距離を詰めようとする雄としての本能。
そのギリギリのバランスの上を歩くのが、今のわたしには心地よかった。
「ほら、置いていくわよ」
「へいへい」
木漏れ日の中、わたしたちは並んで歩く。
効率的なルート計算も、完璧な生態分析もない、行き当たりばったりの道中。
でも、不思議と足取りは軽かった。
……ごめんあそばせ、賢者サマ。今日だけは、この自由を満喫させてもらうわ。
帝都の方角を振り返り、わたしは心の中で小さく舌を出した。
たまには、こんな「非効率」な時間も必要なのだ。




