表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/43

第13話 クリフォード家

しばらく、誰も口を開かなかった。

ただ、燃える炎の揺らめきだけが、三人の複雑な表情を、気まぐれに照らし出しては、また闇に溶かしていく。


「……あなたたちのこと、教えてくれるかしら」


わたしの声は静かだったが、否応なく二人の意識をこちらへと引き寄せるのが分かった。


「ブレイズとアズール……あなたたちは、兄弟なのでしょう?なのに、どうして」


わたしはそこで一度言葉を切った。

二人の気配が次の言葉を促す。


「どうして、それほどまでに憎み合っているの?」


静寂の中、燃えさかる炎だけが、わたしたちの奇妙な距離感を照らし出している。

わたしの問いかけに、ブレイズは忌々しげに舌打ちをすると、ぷいと顔を背けてしまった。その背中は、過去を語ることを頑なに拒絶している。

アズールの顔に張り付いた能面にも、ほんの一瞬、無視できないほどの深い亀裂が走ったのを、わたしは見逃さなかった。


ぱち、と焚き火の薪が爆ぜる音だけが、やけに大きく響く。


沈黙を破ったのは、意外にもアズールだった。

アズールは炎を見つめたまま、独白のように語り始めた。


「ボクたちは、アークライト帝国を影で支配するとまで言われる、クリフォード家の人間です」


その告白に、わたしは驚きを隠せなかった。

クリフォード公爵家。その名は帝国の絶対権力の象徴だ。

まさか、この二人がそんな高貴な血筋だったとは。


「そして、そこにいる男……ブレイズ・クリフォードは、その公爵家の嫡男。生まれながらにして、全てを与えられた男です」


彼の視線が、初めて兄へと向けられる。その瞳に宿っていたのは、憎しみというよりも、もっと複雑な色だった。


「彼は、太陽でした。誰もが、そう信じて疑わなかった」


アズールは、まるで自分の記憶を確かめるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「幼い頃から、彼の剣の才能は人間離れしていました。十代半ばで参加した御前試合では、歴戦の騎士たちを子供扱いした。その圧倒的な才能と、人々を惹きつけてやまないカリスマ性。父も、家臣たちも、そして……ボクでさえも、彼こそがクリフォード家の、いや、帝国そのものの未来を背負って立つ英雄なのだと、信じていました」


その言葉は、弟から兄への、最大限の賛辞のはずだった。

だが、その声は不思議なほど冷え切ってきる。


「彼は、その期待に応え続けました。『獅子心騎士団』に入団すれば、瞬く間に団長の座にまで上り詰めた。史上最年少での快挙です。誰もが彼を『金獅子』と呼び、その武勇を讃えました。……完璧な、英雄でしたよ」


そこまで語ると、アズールは一度、言葉を切った。

その目元が侮蔑と苛立ちで深い皺に包まれる。


「――だというのに。彼は、全てを捨てた」


彼の声には、抑えきれない激情と、暗い絶望が滲んでいた。

兄への憧れと、それが裏切られたことへの失望。


「彼がいなくなった時……ボクは、心から安堵し、同時に……絶望もしました。追いかけるべき光を失ってしまったのだから。残されたのは、クリフォード家次期当主という、あまりにも重い責務だけ。それを継ぐことになったのは、このボクでした」


アズールは顔を上げ、わたしをまっすぐに見つめた。

その、どこか縋るような、痛々しいまでの切実さが宿った視線に、わたしは居心地が悪くなる。


「そんな時です。貴女の噂を耳にしたのは。『遺跡喰らい』。失われた古代の叡智を、本能で解き明かす力」


彼の声が熱を帯びる。


「その力を、ボクが誰よりも先に手に入れることができたなら……。ボクは初めて、あの太陽のような男に、ボクだけのやり方で、勝利できるかもしれないと思ったのです」


それが、彼の本音。

兄に勝ちたい。ただそれだけ。


「へっ……くだらねえ」


ブレイズが吐き捨てるように言った。


「結局てめえは、俺に勝つためだけに、ミリアを利用しようとしたってわけか。どこまでも歪んでやがるな、てめえは」


「歪んでいる?それは心外ですね、兄さん」


アズールの顔から悲壮感が消え、不敵な笑みが浮かぶ。


「もし、ボクが歪んでいるのだとしたら、それは全て、貴方のせいだ。貴方がその太陽のような輝きで、ボクの全てを影にしてきたせいで、ボクはこうならざるを得なかったのですよ」


アズールからの思わぬ反撃に、ブレイズはチッ、と舌打ちをするだけだった。

彼は再びわたしに向き直り、理路整然と申し出る。


「ですが、もう兄さんに勝つためなどとは言いません。ただ、貴女の力の謎を解き明かす手助けがしたい。ボクの願いはそれだけです」


——嘘くさい。


でも、彼の言葉は真実も孕んでいるように聞こえる。

彼の瞳の奥に見え隠れする執着は本物だ。

わたしという「未知」を理解したいという渇望。

それが彼を突き動かしている。


わたしは、隣で黙り込んでいるブレイズを見上げた。

彼の横顔は、炎に照らされて、いつもよりずっと険しく、そして孤独に見えた。


……この兄弟、一筋縄じゃいかなそうね。


「……そう。あなたたちの事情は、分かったわ」


わたしは努めて冷静に切り出した。


「あなたたちが、ただの仲の悪い兄弟ではないことも。その、どうしようもなく拗れてしまった感情の根源もね。一応は、納得してあげる」


わたしはブレイズの手に、自分の手をそっと添える。

その硬い手を愛おしむように撫でる。


「ブレイズ。わたしは、あなたのことは信頼しているわ」


重ねた手が熱を帯びる。


「あなたはわたしを何度も助けてくれた。今日も、その命を懸けてわたしを守ってくれた。……ありがとう」


ブレイズは一瞬、子供のようにきょとんとした顔をしたが、すぐに照れくさそうに顔を背けると、「……当たり前だ」と、ぶっきらぼうに呟いた。


わたしは再び、その視線をアズールへと戻した。

わたしの瞳から温もりは消え失せ、氷のような冷徹な光が宿る。


「でも、アズール。あなたのことは、まだ少しも信用できない」


きっぱりとした、一切の甘えを許さない声。


「あなたは、わたしを『資産』だと言った。兄を超えるための『道具』として、わたしを手に入れようとした。その言葉と、その目を、わたしが忘れたとでも思っているの?」


わたしの指摘に、アズールは動じなかった。

彼は、わたしの絶対的な不信の視線を真っ直ぐに受け止めると、まるでその言葉を待っていたかのように、静かに、そして恭しく、再びわたしの前に膝をついた。


「……ええ。それで、構いません」


その声には、一片の言い訳も、取り繕うような響きもなかった。


「信頼など、すぐに得られるとは思っていません。ボクが貴女にしたことを考えれば、当然のことです」


彼は顔を伏せたまま続けた。


「ボクはただ、貴女の力の謎を解くための『道具』として、その知識を提供するだけです。貴女がボクをそう判断するのなら、喜んでその役割を受け入れましょう。全ては……貴女を守るために」


その言葉は、あまりにも謙虚で、献身的だった。

わたしは、その返答に満足したわけではなかったが、今はそれ以上の追及は不要だと判断した。

ただ、ふん、と鼻を鳴らすだけ。


「覚えておきなさい。あなたの知識は『借りる』だけ。不要になれば遠慮なく切り捨てるわ」


「――御意のままに、我が女王クイーン


アズールは、顔を上げることなく、そう答えた。

その伏せられた顔に、一瞬だけ、獲物が自ら檻のすぐそばまで歩み寄ってきたことを喜ぶ、狼のような冷たい笑みが浮かんだことを、わたしはまだ知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ